修羅場

「え~と、まずはお互いの紹介からした方がいいかな?」


 場所は移り、少し離れた小さな公園のベンチに俺達四人は向かい合っていた。三人とも少しは落ち着いた様だが、いまだに怒りは治まっていないらしく、眉間に皺が寄っている。


「じ、じゃあ、アリシアからいこうか」


 不機嫌のままでありタイミングではないかもしれないが、かといって落ち着きそうにもないので、俺の正面に座るアリシアに手のひらを向けながら各人の紹介を始めた。


「彼女はブリューレルグ・アリシア。五大貴族の内の一家、ブリューレルグ家の娘だ」

「……」


 だが、自分の名前を言われたにも関わらず、アリシアは黙ったまま二人を見返していた。ピシッ、と背筋を伸ばして姿勢よく座っているが、表情は無愛想で凛々しさが欠けている。


 ……アリシアさん、挨拶は? どんな相手にも礼儀正しく挨拶を交わすのは貴族のたしなみでは? 俺に出会った頃そう言ってたよね?


 アリシアの態度に不満を持ちながらも、気持ちを切り替え次に移る。


「え~、じゃあ次はユーナ。見て分かると思うが、彼女は獣人族だ。猫科の獣人族で、動きが俊敏なんだ」

「……」


 しかし、アリシア同様ユーナも何も言葉にしない。肘を突き明後日の方向に目を向けている。


 あ~、なんか重いな~。空気が重いな~。まだ昼の時間帯なのに、ここだけずいぶん暗いな~。


 女の子はお喋り好きで他愛もない話に華が咲く明るいイメージがあるのだが、逆に一言も喋らないとこうまで真逆の雰囲気になるのだろうか。『負』という言葉は正に今この場面を言うのでは? と思えるぐらいだ。


「んじゃあ、最後は千尋だな。彼女は鬼塚千尋。俺の幼馴染みで……」

「……」


 そして、当然の流れのように千尋も冷たい目で二人を眺めていた。いや、よく見ると焦点が合っていない。その瞳は別の何かを見ているかのようだ。


 無理ぃぃぃ、もう無理ぃぃぃ! 誰かヘェェルプ! 耐えられません! お願いだから何か喋ってくれよ三人とも!?


 今すぐ泣き出し逃げ出したい衝動に駆られるが、その場の重い空気が身体に巻き付いているみたいに身体が動かなかった。


 抗うように、雰囲気に負けじとなるべく明るく振る舞って俺は声を上げた。


「ま、まあ各自の名前はこれで把握したよな? じゃあ、三人からそれぞれに何か質問とかどうかな? 色々聞きたいことがあるだろうから、質問タイムといこうじゃないか。な? な?」

「このお二人は誰ですか?」

「この二人は誰、ユウマっち?」

「一体誰なの、この二人は?」

「今紹介したばっかだろ! 聞いてた!?」


 しかし、ようやく三人の口から発せられたのは今俺が話した内容をガン無視したものだった。質問タイムとは言ったが、俺の苦労を無にするのは勘弁して欲しい。


「そういうことじゃないわよ。名前じゃなくて、彼女達が佑真とどういう関係なのかを聞いてるの」

「そ、それは……」

「恋人ですわ」

「違うよ。恋人はボクだよ」


 恋人、という言葉が出るや否や三人の目付きが鋭くなり、激しくぶつかり合う。


「これよこれ! 恋人ってどういうこと!?」

「いや、だから……」

「佑真の恋人は私でしょ? そうよね?」

「何を言っているのですか? 恋人はわたくしと今言ったばかりでしょ? 耳が遠いのですか?」

「ご心配どうも。ちゃんと聞こえてます~」

「さすがにその若さでお婆ちゃんみたいな人はいないと思うよ、アリババさん?」

「誰がアリババですか! わたくしはアリシアです! 耳の中の毛玉が詰まっているのではないですか? 取りなさい獣娘」


 ようやく口を開いたと思ったらこの有り様。頼むから喧嘩はしないでくれ。


「あのさ、少し落ち着いて――」

「だいたい、あなた方のその態度は何ですの? わたくしは名だたるブリューレルグ家の人間ですよ。無礼と思わないのですか?」

「いや、そんな家系の名前聞いたことないし」

「僕もないな~」

「はっ。とんだ無知ですわね。恥ずかしい限りですわ」

「いやいや、そんなコスプレしてまで貴族とか、中二病全開の女に恥ずかしいとか言われたくないわ。そっちの方が恥ずかしい」

「ちゅーにびょう? こすぷれ?」

「にゃはは! コスプレコスプレ!」

「笑ってるけど、あなたもコスプレしてるでしょ」

「ち、違うよ! 僕のは本物の耳と尻尾だよ!」

「そもそも――」


 ダメだ……このままじゃあ埒が明かない。一旦止めないと。ここは男らしくビシッ、と渇をいれた方がいいな。そうすれば三人とも大人しくなるはず。よ~し、ここは一丁格好良く……。


「いい加減にしろ! いつまで喧嘩してるつもりだ! 人の話を――」

「誰のせいだと思ってるのよ!」

「誰のせいだとお思いですか!」

「誰のせいだと思ってるのかな!」

「……すいません」


 ぐうの音も出ず、男の威厳もへったくれもない。俺は逆にみるみる縮まってしまった。


「ああ、もう面倒くさい! 佑真に聞いた方が早いわ。佑真、ちゃんと答えなさい」


 千尋の一声で喧騒が治まり、三人が俺の方に目線を向ける。


「はい、何でございましょう?」

「このアリシアって子は佑真の恋人?」

「……はい、そうです」

「ほらごらんなさい」

「くっ……じ、じゃあこのユーナって子は?」

「……恋人でございます」

「ほ~らね」

「ううっ……じ、じゃあ、私は?」

「……恋人、です」

「そ、そうよね……ん?」

「あっれ~? 恋人が三人?」

「これはつまり?」


「「「浮気」」」


 シャキンッ。

 バキバキッ。

 ゴトッ。


 アリシアは剣を、ユーナは拳を、千尋は石を携えこちらに迫ってきた。


「わあぁぁ、止めて止めて! 説明します! 説明させていただきます! だから武器を下ろしてくださいお願いします!」


 

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