三つが一つに
「……うわぁ」
「……すごい」
部屋に侵入したリズとルズは目の前の光景に感嘆の息を漏らした。
四方の壁の内、三つは隙間なく埋められた本棚。背表紙の文字は難しい単語が並び、それだけで中身が難解なのは一目瞭然だ。一方には植物やクリスタルといった何かの材料の様な品々が箱に詰められている。そして、作業用と思われる木製の机に椅子、机上には開かれた本に羽ペン。
どこかの研究室のような風景だが、視線を上に上げればそれは一変する。
そこにあったのは天井ではなく、無数の球体が浮かび上がっていた。赤や青、緑と様々な色をした球体で、それぞれが発する光が暗い部屋を彩り、まるでイルミネーションのような光景を作り上げている。そして、耳を済ませば微かに鼓動のようなものが聞こえ、そこで二人はこの球体が女神様によって産み出された星々であると理解できた。
「これって全部、クリス様が造り上げた星だよね?」
「せやな。それにしても、なんちゅう数や」
頭上を見上げるリズとルズ。
リズの言う通り、本来あるはずの天井は存在せず、星々は暗い空間の遥か上空にまで転々としている。その先など肉眼では見えず、まさに宇宙とも言える広大な空間がそこにあった。
「すごいねクリス様。こんな数の星を造り上げて、管理までしているなんて」
「ただのドS女神やなかったんやな」
二人は圧倒されながらも、しばらくしたら部屋を散策し始めた。美しいという言葉すら足りないほどの輝きを放つクリスタルに魅了されたり、箱を漁り、本棚の一冊を手に取り開いてみたりする。
「なあ、ルズ。ちょっとこっち来てみい」
本に夢中になっていたルズは手招きをするリズの元へと向かう。
「どうしたの?」
「これ見てみい」
リズが指差した先には一つの星が浮かんでいた。
「あれ? これって……」
「やっぱルズにも分かるか。この星、佑真にぃちゃんのいる星や」
リズの言う通り、その星は現在佑真が転生している星であった。海と大地が広がり、緑も豊かな綺麗な星。平和を具現化したような鮮やかさだった。しかし、その一部の上空に黒子のようなものが見える。
「これって、時空の穴だよね」
「せやな。ここからドラゴンがうじゃうじゃ出てくるみたいやな」
「まだちっちゃいね」
「明日になったらでかくなるんやろ」
「そっか~……ってリズ、何しようてしてんのよ!」
黒子、もとい時空の穴に触れようとしたリズをルズが慌てて止めに入る。
「いや、これくらいやったらこう、プチッと指で摘まんだら消えるんやないかと」
「ダメダメ。出来上がった星に干渉するのはいけないことだってクリア様も言ってたじゃん」
女神は自由自在に星を造ることが出来るが、だからといって何をしてもよいというわけではない。星を造り上げた後手を加えることは禁止されているのだ。例えば、一つの星が崩壊すると分かっていたとしても、女神はその星を救うことは出来ない。ただその一途を眺めることしか許されないのだ。
「な、何を焦ってんねん。冗談や冗談」
「……」
笑って手を振るリズをルズは胡散臭そうに眺めている。
「あ、でも手に持つことは出来たはずや。そやろ?」
「たしかにそうだけど、大丈夫なの? ボールを持つのとは勝手が違うんだよ?」
「平気や。そっと優しく……やろ? それに、ルズも星に触れてみたないのか?」
「そりゃあ、私だって……」
女神のみが産み出し触れることが許される。一人前の女神を目指す二人にとって、星に触れるということは憧れの行為だ。ルズも当然目の前の星を見て何も思わないわけがなく、リズの行動を止めることはしなかった。
リズは佑真のいる星をゆっくり、そしてそっと両手で手にした。それを見たルズは期待の眼差しで尋ねる。
「どう?」
「いや、凄いわ」
「どう凄いの?」
「なんやろ……こう……ホワァ~、というか……グオン! というか」
「抽象的すぎて分からないよ。もっと明確に」
「そない言うても、そう表現するしかないねん。ほら、ルズも持ってみ」
差し出された星を、今度はルズがそっと優しく受け止めた。
「……うわあ」
「どうや?」
「なんかこう……ホワ~、というか……グオン! というか」
「ウチと同じやないか」
上手い表現が見つからないのだろう。その後も互いに交換しながら手にするが、その度にホニャ~、とかズン、とか擬音で感想を言い合っていた。
「なあルズ。そろそろ戻らへん? あまり長居すると見つかるかもしれへんし」
「そ、そうだね」
リズとルズが来てからおよそ一時間。たしかに頃合いかもしれない。
「よし。その星、元の位置に戻したら退散や」
「うん」
星を持っていたルズが定位置に近付いてそっと手を離そうとした。すると……。
「……ふぇ」
「ふぇ?」
「……ふぇくちっ!」
ビュン!
手を離す直前、ルズがくしゃみをしてしまう。そして、その影響を受けた星が飛んでいってしまった。
「ああっ! ルズ、なにしてんねん!」
「ご、ごめん。急に鼻がむずむずして」
「はよ止めな。他の星にぶつかったりしたら洒落にならんで」
慌てた声を上げながらリズが星を目で追うと、スーパーボールのように星はあらゆる方向に跳ね返りながら飛び回っていた。リズの言う様に、早く止めないと無数の星々が部屋中を暴れまわってしまう。
「やっ! えいっ!」
「こなくそ! ああ、今捕まえられたのに!」
「リズ、そっち行ったよ!」
「おっしゃ――って、ああ! 逃げられた!」
必死に捕まえようとする二人だが、星の移動速度が速く中々上手くいかない。
だが、ここで好機が訪れる。星の速度が遅くなり、しかもルズにまっすぐ向かっているのだ。
「おっ、チャンスや! ルズ、そこの壁立て掛けてある網で捕まえたり!」
「うん、まかせて!」
そう答えるとルズは、星を見据えたまま後ろ手で網の柄を握り、そして振りかぶった。
「ていっ!」
カッキーン!
心地良いバットの会心音が響き渡る。
「あれ?」
「ルズ、打ち返してどないすんねん! 網言うたやろ! 何でバット持ってんねん、ドアホ!」
打ち返されたせいで星の速度がさらに速くなり、もう二人の手に負えそうにない。二人はただただ星を眺めていた。
しかし、ここで幸運が起きた。偶然であるが、跳ね返りの先に大きな壺があり、その中へと入っていったのだ。
「おっ、ラッキーや」
壺の上に浮いていた二つの星も巻き込んでしまったが、角度がちょうどよかったのか弾き返さず共に収まり、ようやくこのトラブルから解放された……かのように見えた。
「いや、ちょー待て……」
「あの壺、まさか……」
冷や汗が二人の頬を伝う。間違いであってほしいと頭に浮かんでいる事実を否定しながら、壺に近付き中を覗いてみた。すると……。
三つの星が溶け始めていた。
「ぎゃああ!」
「やっぱり、『星産みの壺』だ!」
『星産みの壺』。文字通り星を造り出すための壺で、ここに星の元となるあらゆる物を入れて溶かし、合成させることで新たな星が誕生する。
「ヤバイでヤバイで! 一つは佑真にぃちゃんがいる世界や。早よせんと星もろとも消えてまう!」
「どどど、どうしよう! このままだと星が溶けて無くなっちゃうよ!」
焦る二人。その間も星は徐々に溶け続けている。
「なんか入れるんや! 星が消えないよう」
「それって、星を造り直すってこと? でも
なんかって、何を? 私達、まだ星を造る材料とか教わってないんだよ?」
「何でもええ! そこら辺のあるもん手当たり次第入れるんや!」
壺から離れた二人は部屋を駆け回った。リズは識別することなくクリスタルをどんどん入れている。
「リズ、トカゲの干物があったよ!」
「よし、入れや!」
「育毛剤が!」
「全部入れたれ!」
「あと、本棚と壁の隙間に薄い本があったよ! 絵がすごく綺麗なんだけど……何で男の子同士が裸で抱き合ってるんだろ?」
「読んでないでさっさと入れや! あと、それはお子ちゃまのルズにはまだ早い!」
「何よ。双子なんだからリズも一緒でしょ」
ぶつぶつ言いながら、ルズも壺へ無選別に放り込んでいく。
すると、壺がぐらぐらと揺れ始めた。それを見た二人は慌てて離れると、次に壺の口から眩い光が発せられる。
「やった! 成功や!」
「うん、壺から光が発せられるのは成功の証だって教わったよね!」
初の星の産み出し、しかも女神見習いにも関わらず成功した喜びに二人はハイタッチを交わす。そして、壺から星が姿を現し始めた。
「……」
「……」
だが、二人は星を見て固まってしまった。
「……なあ、ルズ」
「……何?」
「たしか、壺に入った星って……」
「三つ」
「……やな」
そう。壺に入った星の数は三つ。しかし、今壺から出てきたのは一つだけだった。
「どういうことや?」
「もしかしてだけど……」
「なんや?」
「合成された、とか?」
「それって、三つの星が一つにくっついた、ちゅうことか?」
「たぶん……」
「……ヤバイんとちゃう?」
「……ヤバイと思う」
そう言ってお互いの青ざめた顔を確認した次の瞬間、二人は部屋を飛び出す。
残された新しい星は、感謝の意味なのか一度輝きを放つと、その後は静かに浮かんでいた。
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