発端

「あ~、平穏も今日で終わりか~」


 クリス様達との会話を終えた俺はすぐにベッドに横になった。明日に備えて早めに休もうと考えての事だ。


「しっかし、どうすっかな~。ドラゴンに効かないんじゃあ、ただの荷物だよな」


 武器で膨らんだリュックを眺める。通用しないのであれば持っていく意味がない。余計な重みを抱える事になるだけだ。


「でも、せっかく用意したし、何が起こるか分からないしな。一応持っていくか」


 通用しないと知りながらも、やはり武器無しでは心許ない。俺は今回で異世界転生三回目と経験はあるのだが、それでも全く不安がないわけではないのだ。これから起こるのは命のやり取り。一瞬の戸惑いや判断ミスが危険な目に遭う。それは過去二回の転生で学んだことだった。


「そういや、あいつら。元気にやってるのかな……」


 ふと、口からため息のようにそんな言葉が吐き出される。


 天井を見上げながら二人の人物を思い出していた。それぞれの世界で守り守られながら俺と共に戦い、世界を救ったパートナー。久し振りに顔を見てみたいとも思うが、それは叶わない。なぜなら、どちらもこの世界の住人ではなく、別世界の住人なのだから。もう遭うことがないだけあって、いくらか気になってしまう。


「大丈夫だよな? あいつらなら一人でもやっていけるよな」


 少し寂しい気持ちもあるがきっと問題なく、明るく楽しく生きているに違いない、という気持ちの方が強かった。


 そう納得した俺は目を瞑り、明日はどうするかと計画を立てている内に眠りの底に沈んでいた。


****


「アテテテ」

「う~、お尻痛い~」


 お尻を擦りながらリズとルズが白い回廊を歩いている。


「クリス様、ほんま手加減というものを知らんな~」

「うん。普通お尻叩くの手だよね? 杖をバット変わりに、しかも腰を入れて振るとか見たことないよ」


 佑真との会話の後、リズとルズはクリス様からを受けられたようだ。


「あれ、絶対ウチらのお勉強だけでなく、自分のストレス解消も含まれておらへん?」

「あっ、それ私も思った。だって叩く時小声で『何で無いのよ最新作……っ!』とか聞こえたもん」

「やっぱりそうか。クリス様って立派な女神に違いないんやけど、性格がちょっと歪んどるよな」

「そうそう。この前もさ――」


 それから二人は次々とクリス様の愚痴を言い合う。共通の不満をぶちまける事で、今日のお勉強を忘れようとしているのだろう。


「まったく、クリス様ももう少し大人しゅうしてればええのにな」

「他の女神様に比べたら一番厳しいかもね。ところでさあ、最新作って何の事だろ?」

「さあな~……ん?」


 自室に戻ろうとしていたが、途中リズが足を止めて立ち止まった。


「リズ? どうしたの?」


 少し先に行っていたルズが引き返し、リズの元へと向かう。


「この部屋ってたしか……」

「星産みの部屋、だね」


 星産みの部屋。それは文字通り星を産み出すための部屋である。この部屋では女神が道具を駆使して新しい世界を創る。佑真のいる世界もここで創られたのだ。


「ちょっと、入ってみいひん?」

「えっ? それはまずいよ。ここは女神様しか入れないんだよ?」


 ルズの言う通り、この星産みの部屋は女神だけが入ることができる、云わば禁断の部屋なのだ。二人はまだ見習い。この部屋に入ることすら許されない。


「分かっとるがな。でも、ルズだってちょっと見てみたい気持ちもあるやろ?」

「そりゃあまあ、そうだけど……。でも、誰かに見られたら?」

「大丈夫や。今は周りに誰もおらへんし、ウチらも女神見習いになってだいぶ経つやろ? 後学のためにも見といて損はないはずや」

「でも、もしクリス様にバレたら……」

「なんやルズ。ビビっとるんか?」

「ビ、ビビってなんかないもん!」

「ほなら、決まりや」


 話し合い(?)の結果、二人は星産みの部屋へ入ることを決意する。


 ドアノブに手を掛け、一度少し開けて中を除き見る。それから左右にも目を走らせ誰もいないことを確認した後、二人は素早く部屋の中へと入っていった。


 これが、これから起こる物語の始まりであった……。

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