女神見習いのリズとルズ
「さて、存分に笑ったところで……ふふっ」
「おいこら、まだ笑いそびれが出てるぞ。いい加減にやめろ。いくら女神様でも怒るぞ」
「ふぅ~。失礼しました。では、本題に入りましょうか」
佇まいを正し、クリス様がこちらを見据えた。
「再確認します。あなたはこれから、時空の穴から現れるドラゴン達と戦いながら、その王であるジャバウォックを倒す。それがあなたがその世界で成すべき課題です。よろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
「そして、そのための道具も与えました。以前にあなたが要求した物です。すべて揃っていると思いますが、間違いないですか?」
「はい、揃ってます」
ポンポン、とリュックを叩く。今リュックに入っている武器諸々は、俺がクリス様にお願いして用意してもらったのだ。さすがにこの世界で、しかもただの高校生がこんな物騒な物は手に入れられない。
ただ、一つだけ不安が残っていた。というか、一番肝心なことだ。しかし、聞いていいのか迷う。
「どうしました、佑真? 何か聞きたそうですね?」
俺の態度から察したのか、クリス様が俺に尋ねてきた。
「え~と、もしよければ教えて欲しいんですが……」
「構いませんよ。私は心優しい女神。何でも答えて差し上げましょう」
「じゃあ、スリーサイズは?」
「上からボン! キュッ! ボン! です」
「いや、そんな表現ではなくて数字で答えてくださいよ」
しかも、何気に力入れて答えてるし。たしかに豊満な胸に引き締まった腰、そして魅力的なお尻。間違ってはいない。
「女性にスリーサイズを聞くのは失礼ですよ。冗談はさておき、聞きたいということは?」
クリス様の言う通り、冗談はここまで。本題に入らなくては。
「その、色々用意してもらってから言うのもあれなんですが……」
「はい」
「これらの武器って、ドラゴンに通用するんですか?」
たしかドラゴンの身体は鱗で覆われている。手榴弾や拳銃が効くのか今になって不安になったのだ。
「決まってるじゃないですか」
「そ、そうですか。よか――」
「通用しません」
「やっぱりか!」
安心も束の間、俺は頭を抱えて叫ぶ。
不安が的中してしまった。これらの武器は一切ドラゴンには効果がない。
「当たり前じゃないですか。固い鱗で覆われている身体ですよ? そんな武器では歯が立ちません」
「知っていたならこれらを要求したときに教えてくださいよ! 何で黙ってたんですか?」
「何でって、佑真のその困った顔を見るために決まっているでしょう?」
「女神失格だなあんた! どこが心優しい女神だよ! 心ドス黒い女神じゃねぇか!」
近くの漫画をクリス様目掛けて投げつける。だが、当然届かない。クリス様の姿は映像であって実際にいるわけではない。バサ、という壁に当たる音がしたのち、漫画は床に落ちた。
「女神に向かって物を投げるとはいい度胸ですね」
「女神のくせに人の困った姿見たさで遊ぶとかいい度胸ですね」
二人の間でしばらく睨み合いが続く。
「あっ、やっぱり佑真にぃーちゃんや!」
「ホントだ! 佑真おにいちゃ~ん!」
すると、今度は別の可愛らしい声が聞こえてきた。目線を下に向けると、クリス様の両足の横から二人の女の子が顔を出し手を振っている。
「おっ、リズとルズじゃないか。久し振り」
「うん、久し振り!」
「こらリズ、ルズ。割って入るんじゃありません」
突然の二人の登場に、少し困ったようなクリス様。
彼女達はリズとルズという双子の女神見習いだ。関西弁の方がリズで、標準語の方がルズ。お互い薄い青のドレスを身に付け、髪は二つの団子にして結っている。異世界に転生するまで時間に猶予があった時、リズとルズに出会い仲良くなったのだ。
「なんや佑真にいちゃん、少し老けたんちゃうか?」
「老けてねぇよ。俺はまだ高校生だ。老けるというにはまだ早い」
「ホンマか? 白髪が見えるで?」
「嘘!? マジで!?」
俺は慌てて鏡を取り出し、自分の髪を確認する。
「嘘や嘘。あははは、相変わらず反応がおもろいな佑真にいちゃんは」
「このやろリズ……!」
「ダメだよリズ。佑真おにいちゃんをいじめちゃ」
そう言ってリズを止めるのはルズだ。腰に手を当ててリズに向き合っている。
「なんやルズ。ウチに楯突く気か?」
「楯突くとかじゃないでしょ。私達はこれから頑張る佑真おにいちゃんを応援するためにここに来たんでしょ?」
「そらそうやけど、久し振りに顔を見たらなんや弄りたくなったんやから仕方ないやん」
「ダ~メ。ごめんね、佑真おにいちゃん。リズが変なこと言って」
こちらに振り向き、手を合わせて謝るルズ。その仕草が何とも可愛い。
全く変わっていない。イタズラ好きなリズに、それを止めようとするルズ。その姿に思わず頬が緩んでしまう。
「こらルズ。自分だけ良い子ぶる気か? それは卑怯とちゃうん?」
「ルズが悪いんでしょ。佑真おにいちゃんをからかったんだから」
「こらリズ、ルズ。お止めなさい。見習いとはいえ、あなた達は女神ですよ。争いは――」
クリス様が注意するも、二人は聞こえていないのか止まる事なく言い合っている。
「なんやそれ。自分は何もしてない言うんか?」
「当然よ。私は佑真おにいちゃんをからかったりしないもん」
「そう言うけど、前の世界で佑真にいちゃんが『ミィィィ!』って叫んでた時、一番笑っとったやないか。腹抱えて床転げ回ってたやん」
「ちょ、リズ! それは言わない約束でしょ!?」
そっか~。ルズはあの時を笑ってたのか~。しかも、床を転げ回るぐらいに。
「ああ! 佑真おにいちゃんが泣いてる! リズ、どうするのよ!」
「ウチのせいか? ルズが笑ってたんはホンマの事やないか」
「言わない約束したでしょ! ひどいよリズ! リズのアンポンタン!」
「んな! なんやと!?」
二人の取っ組み合いが始まる。そう思ったが……。
「リズ~、ルズ~」
お互いが触れ合う直前、リズとルズの頭がガシッ、と鷲掴みされた。その手の持ち主は……。
「ク……」
「クリス様……」
怯えた表情で二人が頭上を見上げる。視線の先には満面の笑顔をしたクリス様がいた。
「争いは止めなさいと言ったわよね? ちょっと、こっちに来ようか」
「ヒィッ!」
「ご、ごめんなさい!」
蒼白になりながらリズとルズがクリス様に向かって謝り始めた。それも無理はない。なぜなら……。
クリス様、丁寧語が抜けてる。ということは、かなり怒ってるな。二人が言うことを聞かないことに腹を立てたのだろう。
「それじゃあ佑真。ドラゴン退治、頑張ってね」
「は、はい!」
後ろ姿のままクリス様が声を掛けてくる。クリス様の怒りは俺に向けられたものではない。しかし、過去にクリス様の本気の怒りを見たせいか、自然と身体が萎縮してしまう。いつの間にか正座にまでなっている。まだ他にも聞きたいことがあったが、この様子ではとても無理だ。
「ゆ、佑真おにいちゃん!」
「佑真にいちゃん、助けてや! 世界の前にウチらを助けてや! 頼むわ!」
必死の救援の声を俺に向けるリズとルズ。助けたくても俺はそっちに行けない。これは映像で繋がっているだけだ。せめて出来ることと言えば……。
ガンバ!
親指を立てて見送るだけである。そして、次の瞬間映像は途切れ、元の壁へと戻った。
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