転生歴三回
「さあ~て、明日の準備をするかな」
日時は土曜日の夜。俺は自分の部屋で明日の千尋とのデートの準備をしていた。目の前に用意した数々の品を大きめのリュックに入れていく。
「え~と、まずはハンカチにティッシュ。財布、と」
まずは最低限の必需品を確認しながら中に仕舞っていく。それから……。
「非常食に懐中電灯、煙幕弾に手榴弾、あと閃光弾。効くか分かんないけどスタンガンも入れとくか。あと防弾チョッキにナイフ三本、拳銃に弾、と」
明らかにデートに相応しくない持ち物を次々と入れていく。デートは戦いだ、なんて言う人もいるが、それはあくまで比喩であって、本当に戦闘が行われるわけではない。俺も重々理解している。しかし、用意せずにはいられない。なぜなら……。
「とうとうこの日が来たか~。ドラゴン襲来の日が」
そう。明日はドラゴンが日本を襲うという危機が訪れるのだ。
時間までは分からないが、突如空に黒い時空の穴のようなものが出現し、そこから夥しい数のドラゴンが現れる。ファンタジーに出てくるような翼を持った首の長い姿をしており、身体は固い鱗で覆われている。その爪は万物を切り裂き、口からは火や猛毒の息を吐き出す。そして、各地の街や人を襲い始めるのだ。
「鱗のあるドラゴンに拳銃なんか通じるかな? まあ、無いよりはマシだけどさ」
くるくると指で回しながら拳銃を持て遊ぶ俺。それからマガジンに弾が装填されているのを確認してからリュックに入れる。
さあ、ここで問題です。俺はなぜこんな物騒な物を揃えており、そして明日ドラゴン襲来という非現実的な未来を知っているのでしょう。あっ、別にイタイ頭の持ち主とかじゃないですよ? ドラゴン襲来は間違いなく起きます。その理由は……。
「準備はできているようですね」
すると俺の部屋に女性の声が響き渡った。キョロキョロと辺りを見渡すと、壁に丸い靄が出現する。それはどんどん濃さを増し、光を放つ。眩しさに一瞬目を瞑るが、次に目を開けるとそこには一人の女性が写し出されていた。金色の長髪に翠のドレスを身に付け、手には翠の錫杖を携えている。どこかの貴族のような高麗な雰囲気を纏っていた。
「お久し振りです、女神クリス様」
突然の女性の出現に俺は驚くことなく、名前を口にしながら挨拶をする。
「お久し振りです、佑真。お元気そうで何よりです」
クリスと呼ばれた女性は裾をつまみ上げ、優雅に挨拶を返してきた。
「どうでしたか、今日までの生活は?」
「それなりに楽しめました」
「それはよかったです。まあ、つまんなかったなんて言っていたらぶっ飛ばしていましたが」
「クリス様、言葉言葉。素が出ていますよ」
「あら、これはいけない。気を付けなくては」
おほほ、と口元に手を当てて微笑むクリス様。
「ですが、これまでの生活はただの余興。本番はこれからですよ? 一応確認しておきますが、忘れていませんよね?」
「忘れていませんよ。ドラゴン襲来。それがこの世界の本来の姿ということは」
「そう。そして、あなたはその世界でドラゴンの王、ジャバウォックを倒すために送られた人間であることを」
微笑みから一転、真剣な表情で告げるクリス様に俺は静かに頷いた。
そう。クリス様の言う通り、俺は本来この世界の人間ではない。クリス様によって異世界から転生されたのだ。明日ドラゴンが襲来するという事を知っているのもそれが理由である。
信じられないかもしれないが、俺は元々いた自分の世界で一度命を落とした。原因は交通事故。車に轢かれて身体に強い衝撃を受け、そこで意識が途切れたのだが、気付いたら知らない空間で俺は寝そべっており、そこで初めて女神クリス様と出会ったのだ。
最初は自分が何処にいるのか分からず戸惑ったりしていたが、クリス様の説明でようやく理解できた。彼女は死者を導く女神という存在で、俺は命を落とし死者の世界にやって来たのだ、と。
ああ、俺の人生は終わったのだ……。そう思っていたが、クリス様からある二択を突き付けられた。それはこのまま死者の世界に行くか、第二の人生を歩むか、と。
『第二の人生?』
『そう。もしまだ自分の人生を歩みたいと思っているなら、私がそれを叶えてみせます。どうしますか?』
俺は悩む事なく第二の人生を選択した。当たり前だ。俺は成仏できるほどまだまだ人生楽しんでいない。
『いいでしょう。その望み、叶えてみせます』
『おっしゃぁぁぁ!』
『ただし、条件があります』
『条件?』
クリス様が提示した条件。それは……。
「今さらですが、なんか厳しくないですか? 第二の人生を歩むには異世界の危機を救う、なんて」
複数の異世界へ降り立ち、その世界が抱えている問題を解決すること。それが条件だった。
「本当に今さらですね。でも、その条件を呑んだのは佑真、あなた自身ですよ?」
「そりゃあ、そうですが」
「怖じ気付きましたか? ですが、あなたはこの世界が三回目。すでに二つの世界を救っています。自信を持ちなさい」
クリス様の言う通り、俺は今回が初めてではない。過去に別の世界の危機を救ったのだ。
「そんなんじゃないですよ。ただ、今まで普通の生活をしていたからちょっと名残惜しいというか」
「そうですか。ですが、それもあなたが望んだ結果。いきなり戦いの時間軸に飛び込むのではなく、それよりも以前に転生してしばらく平穏な生活を過ごしたい、と」
過去二つの世界でも今回ドラゴンと戦うという似たような世界で、魔物やら能力者等と戦闘をするものだった。だが、一番戦いがヒートアップしている時間軸であったため、飛び込んで早々死ぬところであったのだ。
「だって、普通最初にする転生場所って町とか安全な場所でしょ? 戦場のド真ん中ってあり得ないでしょ。転生した瞬間から頭のすぐ上を火の玉や飛び道具が飛び交ってるって、順序おかしくないですか? あの時はマジでションベンちびるかと思いましたよ」
「何を言っているのですか? ちびってたでしょ」
「なぜに知ってる!?」
「私は女神ですよ? 写しみの鏡でばっちり目撃しました」
「目撃すんなよんなもん! 女神が覗きとか恥ずかしくないのか!」
「たしか、悲鳴も可笑しかったですよね。『ヒィィィ!』なら分かりますが、『ミィィィ!』って叫んでましたよね。うふふ……あはははは!」
思い出したのかドンドン、と錫杖を床に何度も突き付けながらクリス様が笑い始めた。
やめろぉぉぉ! 俺の恥ずかしい過去を掘り下げるな!
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