しきじょー

蟹山保仁

第1話

「うわぁーん! かばんちゃぁーーーーん! 本当に無事でよかったよぉーーーっ!」

 砂埃と涙だらけの顔で、サーバルが勢いよくかばんに飛びついてきた。

 突然の出来事に、かばんは目を白黒させる。

「うわぁ! サーバルちゃんっ! どうしたの!?」

 押し倒されつつも、しっかりとサーバルを受け止めたかばんは、サーバルが泣きやむまで、その頭を撫でて落ち着かせてやることにした。

 腕にしびれを覚え始めたころにやっとサーバルが顔を上げたので、ずっと思っていた疑問を口にする。

「ボクはあの大きなセルリアンにつぶされたと思うんだけど……生きているって言うことは助かった……ということなのかな?」

 かばんの最後の記憶は、黒い大きな腕が自分に振り下ろされるところだったはずだが、次の瞬間にはそれがサーバルの突撃に切り替わっていたので、驚きと疑問で頭がいっぱいになっていた。

「そ、それに。どうしてみなさんがここにいらっしゃるのでしょう?」

 さらにその疑問に追い討ちをかけるのが、サーバルの後ろにいる今までに出会ってきたフレンズたち。

「それはね、それはね。みんながかばんちゃんを助けてくれたんだよ! なんとボスとボスは遠く離れててもお話ができるから、それでかばんちゃんのピンチをみんなに伝えてくれたんだって!  きょうのボスは本当に格好良かったんだから! みんなすぐ来てくれたんだよ! それでねそれでねっ──」

 興奮した様子で報告をするサーバル。しかし、どうも要領を得た答えがもらえない。どういうふうにして自分が助かったのかと聞きたいのだが……。

(でも、ボクも五体満足だし、心配だったサーバルちゃんもこのとおり元気なんだし。それさえわかれば、まあそれでいいかな)

 あまりにも嬉しそうに身振り手振りで喋っているサーバルをみていたら、気づいたころには自分の助かった理由など、どうでもよくなっていた。

 助けてくれたみんなにお礼をいい、大所帯で帰路につく。


「かばんちゃんはすごいんだよー」「かばんさんはすごいのだー!」

 道中フレンズたちは、それぞれがそれぞれに、かばんがしてくれたことを誇らしげに語り合い、お互いに褒めう。

 それが耳に入ってくるので、かばんはうれしい気持ちになっていた。

(でもここまで褒められると、ちょっと恥ずかしいかな)

 うれしさと共に、こそばゆい感じがして少し道から視線をそらすかばん。

「……あれ? これは?」

 するとその先に、山のように大きな緑の塊があった。

「ラッキーさん。ここになにかの建物みたいなのがありませんか?」

 よく見てみると、その緑の塊はツタに覆われた建物のようであった。

「なになにー? かばんちゃんなにか見つけたの?」

 かばんの様子に気づいたサーバルたちが、興味津々と言った様子で近づいてくる。

「おぉ! ただのツタの塊だと思っていたが、なにかの建物だったのか。さすがかばんよく気がつくな」

 付近をナワバリにするヒグマたちも知らなかった様子だ。

「このツタの少なくなってる部分が入り口になってるみたいです」

 その言葉を聞いて、楽しげにフレンズたちが中を覗き込む。

「ねえねえ、中を探検してみない?」

「なにそれなにそれー! たーのしそー!」

「でも、危ないかもしれませんよ? 以前にこういう建物を探検したときは、たくさんセルリアンがいましたし……」

「それなら大丈夫。オレのピット器官! によると中にセルリアンはいないようだからなーっ」

「なら安心だね! いってみよーよー!」

 ツチノコに安全だと太鼓判を押され、あっという間に中を探検することになり、かばんもそれならとサーバルと一緒に中を見てまわることにした。

「うわー! 中はとっても広いし天井も高いんだね!」

「そうだね。 部屋もたくさんあるみたいだし、いろいろ見てみようか。」

 いくつかの部屋を見て回るとそこには、服がたくさんある部屋、鍋やお皿のたくさんある部屋、ベッドの並んだ部屋などなど、統一性の無い部屋ばかりであった。


 一時間ほど探検したあと、入ってすぐの一番大きい部屋にみんなが集まってくる。

「それでここはなんの建物なんでしょう?」

「わからんいろいろありすぎて……全然わからん」

 何の建物なのか検討がつかず、ジャガーが頭を捻る。

「ところで、その一番大きな扉の先の部屋は、どなたか探検しましたか?」

 かばんの指をさす方向、入り口の反対側には天井まで続くかと思うほど大きな木の扉があった。

「えーっ! これ扉なの? すごいねーっ! おっきいねー!」

「いろいろな彫刻が彫ってありますから、飾りかとおもっていたであります!」

「オレッちたちは、ずっとこの彫刻を見ていたっすから、誰もこの先は見に行ってないはずっす」

  ビーバーとプレーリードッグがいうには、この扉の先は誰も見ていないとのこと。

「それなら、この扉だけほかと違いますし、先を探検してみたら、この建物がなんなのかわかるかもしれませんね」

 大きな扉を開けると、そこには長いすが横に何列にも並び、それを割るように赤いじゅうたんが敷かれ、その突き当りにはキラキラと何色にも輝く透明な板がはめ込まれた、なんとも美しい場所が広がっていた。しかし……。

「えーっと、それでここは、何の場所なんでしょう?」

「やっぱり全然わからん」

 きょろきょろと辺りを見回しても、結局何をする場所なのか、とんとわからない一同。そこへラッキービーストがついと出てきて話を始める。

「ココハ イロイロナイベントヲオコナウ タモクテキカイジョウダネ ソシテコノヘヤハ──」

 答えあわせと言わんばかりに、正解を答え始めるラッキーだったが、一人のフレンズがその言葉を遮る。

「その前に私が推理してあげるわ! 服も沢山あり、真ん中に通路……そしてそれを囲むように並べられた椅子……わかりました! ここは各自の服を見せ合うという、伝説のふぁっしょんしょーを行う部屋ね!」

 どうだと胸をはり、推理を披露するアミメキリン。

「チガウヨ ココハ ケッコンシキジョウ ダヨ」

 とんと当たらない推理にひざをつくアミメキリン。それをお邪魔しましたと、ずるずると引きずっていくタイリクオオカミ。

「けっこん…しきじょう? なんでしょうそれは?」

 ラッキーからの答えを聞いても、それをさす言葉の意味がわからないので結局謎でしかない。

「それなら知っているのです。われわれは賢いので」

 そこで待っていましたとばかりに解説を始めたのは、アフリカオオコノハズクのハカセと、ワシミミズクのジョシュの二人だ。

「ケッコン式場というのは、一番大切だと思うフレンズ同士で、永遠の絆を約束するという、ケッコンを行う場所なのです」

「そうなのです」

「ケッコンする二人は周りの部屋にあった服を着て、ほかのフレンズたちは、おいしいものをたくさん食べながらその二人を祝福するのです」

 ハカセとジョシュの解説で、やっと合点のいく一同。

 するとサーバルが目を輝かせて、かばんの手を握りこう言った。

「ねえねえかばんちゃん! それじゃあ私とケッコンしよ! だって私の一番は、かばんちゃんだからね!」

 その言葉を聞いた途端、かばんは自分の体がかっと熱くなるのを感じた。

 みるからにダメで、なんで生まれたかもわからなかった自分を受け入れてくれて、いままでずっと見守っていてくれていた、サーバル。

 自分の一番大切なヒトも、自分を一番だと思っていてくれた……その事実が、かばんの心を満たしていく。

「あれっ……あれっ」

 かばんの心を満たしてもこんこんと湧き出しつづけるよろこびは、ぽろぽろと雫となって目からあふれ出ていた。

「ど、どうしたのかばんちゃん? どうして泣いているの? もしかして私とケッコンするのイヤだったの?」

「そうじゃない、そうじゃないよサーバルちゃん。これはそう、うれしくて泣いているんだよ。……だって! だってボクの一番もサーバルちゃんなんだから!」

「ほんとー!? そうだったら私もとってもうれし……って、あれっあれれっ」

 あふれ出る涙をぬぐい、顔を上げたかばんの前には、同じようにぽろぽろと雫をこぼすサーバルの姿があった。

「えへへ。ほんとだ。うれしくても涙が出るんだね。不思議だねーっ」

 二人はぎゅっと抱き合い、泣いた。


 そして、ひとしきり泣き終えて、涙をぬぐい顔を上げる。

「「あ……」」

 そこにはニヤニヤと、二人を見つめるみんなの姿があった。

「まったく。二人の時間は終わったのですか?」

「カレーを食べたときより、ずっと熱かったですね」

「あの……すいませんでした」

 顔を赤くしながらあやまるかばん。

「まあいいのです。そんなことより正式にケッコンするのなら、ケッコン式の前にちゃんとした告白の形式をとるのです」

「告白の形式……というと、どうするんでしょう?」

「まず新郎が告白をするのがならわしなのですが」

「新郎というのはケッコンする二人の呼び方の片方で、もう一方は新婦というのですよ」

「なので、とりあえずサーバルが新郎をやるのです。それで、やりかたとは──」

 5分ほどでひととおり、告白の方法をレクチャーされたサーバルが、ずいっとかばんの前に出てくる。

(えっと……かたひざをついて……かばんちゃんの手をとって……うう心臓がどきどきするよー)

 口に出しながら告白のしかたをなぞっていくサーバル。そうして最後にかばんの目を見つめながら──

「かばんちゃん。パークで……ううん、世界中で一番あなたを愛しています。私と結婚してください」

「うんっ! これからもどうかよろしくねっ!」


 ジャパリパーク中に響き渡る大歓声がわきおこったのだった。

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