Memory 4/28 :事故の追憶

 サイフを落とした。

 茶色の長財布。

 いくら入ってたっけか? 確か8千か7千くらいか。

 いかん。誰かに盗まれる前に見つけないと!



 ☆



 元の道をたどっても見つけられなかった……。くそ、盗まれたか?

 いや、もしかしたらもうすでに職員室に届けられてるかもしれない。行ってみよう。



 ☆



 職員室に着くとすでに先客がいた。女の子だった。

 なんとその子の手にはサイフが握られていた。茶色の長財布!

「あ、それ!」

 彼女は驚いた様子でこちらに振り返った。少し警戒していた。

「あ、これ、君の?」

「はい、オレのです……」

 すると彼女はとても安心した声で言った。

「よかった……、持ち主が見つかって」

 彼女は安堵の笑みを浮かべる。

 う……! 笑顔が眩しい!!

 サイフの中身を見る。7千円。

「ふぅ~。盗られていない」

 すると彼女は心底安心したように胸を撫で下ろした。

「よかったですね。これからは気を付けてくださいね」

「はい、ありがとうございます!」

 な、なんて(心が)キレイな子なんだ……!

 これはお礼をしなければ申し訳ない。

 ともに職員室を出た後、提案した。

「いやあ本当にありがとうございます! よかったらこの後、一緒に昼食どうですか? ご馳走しますよ」

 彼女は少し困った顔をした。

「いや……、それだと迷惑かけちゃうので……」

「全然迷惑じゃないですよ! むしろお礼がしたいんです!」

 そう、ここは引けない。女の子とご飯を食べるチャンスでもあるのだ。何としても繋げなければ……!

「そ、そこまで言うなら、お言葉に甘えて……」

 よっしゃ!

「それじゃあ行きましょう!」



 ☆



「それじゃあ、先輩はついこの間転校してきたんですね」

 学園地下、どこかのオシャレなレストラン。

 けっこう高かったけどこれくらいの男気を見せなければと思いここに辿り着いた。オレが誘導し、先輩を上手側に座らせた。

 オレはまぐろ丼を注文し、先輩はパスタを注文した。フォークで麺を巻きながら話す。

「そうなの。最初は何が何だかわからなくてね」

 どうやらこの人は3年生、一つ上だったらしい。今年の4月転校してきてまだわからないことがたくさんあるという。

「そうなんですか。もしわからないことがあればオレに聞いてください。オレは去年の2学期からいるので、だいたい知ってますよ」

「そう? ありがとう。そのときは君に聞くね」

 ふぉおおお! これが青春というやつか! いいなあ!

「ところで、君すごくいい身体してるけど、何かスポーツやってたの?」

「え? ああ、実は去年まで空手をやっていました」

「へえ、空手かあ。今はやってないの?」

「はい。実は、去年から突然腕が動かなくなってしまって……」


 そう。突然。

 あれはなんだったのか。

「普通に生活する分には大丈夫なんですが、空手の現場のような動きはまったくできなくなってしまったんです」

そしてその腕の不調は、年々増している。

「そうなんだ。……ごめんね、失礼なこと聞いちゃって」

「いえいえ。おかげでこの学園に行く決心もついたので」

 抽選が当たっても最初は行く気がなかった。当時は空手にしか興味がなかったからだ。だが、腕が動かなくなってから、あの場から逃げるようにここへ来た。

 ここの生活も悪くない。ただ、前ほど生きがいは感じなくなったが。

「それに、ここに転校しなければ先輩に会うこともなかったですしね」

「ふふ。そうね」

 生きがいは感じなくなった。が、悪くない。

「そろそろ時間ね。今日はありがとう。ごちそうさまでした」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

 席を立ち、代金を支払う。

 レストランを出たあたりで尋ねた。

「ところで先輩、名前を聞いてもいいですか? オレは伊井です」

「伊井くんね」

 手帳にオレの名前を書いてくれている。覚えようとしてくれてるんだ……!


「私はアイ。よろしくね、伊井くん」


「はい、よろしくお願いします!」

 アイ先輩。

 覚えておこう。



 ☆









 思った。

 さすがに毎日小説風の日記を書くのはしんどい。

 なのでなんか覚えなきゃいけない出来事があった場合のみ書くことにした。

 それだけ。



 ■PM12:05



 サイフを拾った。

 茶色の長財布。

 3時間目の授業が終わった後先生に呼ばれ、宿題のプリント運びを手伝わされ、ということでさっきまで職員室にいた。ユウちゃんも手伝うと言ってくれたが、それじゃあ悪いので先に席を取っておくようにいった。プリント運びが終わり地下のレストランに行こうとしたら、である。

 中身を見てみる。8千円。うし。

「これだけあれば一人くらい野口いなくたってわからないだろう」

 バレたら嫌なので1枚だけにしておく。

「さて、第2の加害者が出る前に落とし物に届けに行くか」



 ■PM12;10



「あれ、どうしたアイ。まだなんか用か?」

 担任の三枝先生がいた。いつも暇そうなのに忙しいと言う先生。

「これです先生」

 サイフを見せる。

「ん? くれるのか?」

 違うわ!

「落とし物ですよ」

 さて、持ち主はどんな人なんだろうな。見たところ男の人のサイフだし。怖い人だったらどうしよう……。やべ、緊張してきた。

「あの、それ!」

 わぉ! 振り返る。なんかバカっぽい人が声をかけてきた。

「あ、これ、君の?」

「はい、オレのです……」

 よかった~、サイフの持ち主がバカっぽい人で。

「よかった……、持ち主が見つかって」

 だがまだ安心できない。さっそくバカっぽい人はサイフの中を確認する。ゴソゴソと、サイフのすみずみまで確認する。

「ふぅ~。盗られてない」

 ふぅ~。よかったーバレなくて。やっぱり一人くらい野口いなくなっても気付かないもんだな。思わず胸を撫で下ろした。

「よかったですね。これからは気を付けてくださいね」

 もう私みたいな人に盗られないようにね。

「はい、ありがとうございます!」

 キラキラとした顔。うわ、ちょっと罪悪感……。

 ともに職員室を後にする。するとこのバカっぽい人から提案を受けた。この後ご飯でもどうですかと。食費は奢ってくれるらしい。それはおいしい話だ、飯だけに。けれども……。

「いや……、それだと迷惑かけちゃうので……」

 さすがにお金を盗っといて奢ってもらうのは気が引ける。それにもう先にユウちゃんに席取ってもらってるし。

 だが、一度断ったにも関わらずこのバカっぽい人は誘ってくれている。うぅ……、誘惑が……。

「そ、そこまで言うなら、お言葉に甘えて……」

 そんな輝かしい目をされて断れないし、今さら本当のことは言えない。

 私はさりげなくユウちゃんに謝罪のメールを送信し、

「それじゃあ行きましょう!」

との掛け声でこのバカっぽい人と一緒にレストランへ向かうことになった。



◼️PM12 : 50



色々話した。

どうやらこのバカっぽい人は腕をケガしているらしい。突然。動かなくなったと。

気のせいだろうか? この学園、なんらかのリスクを抱えている人が多くないか? まあまだ私とユウちゃんとこのバカっぽい人しか聞いてないけど。後でエイチにも聞いてみよう。

他にも色々話したけど、あとはだいたいどうでもいい内容だったから覚えなくていいや。

いや、あともう二つ覚えておこう。

彼の名前はイイ。空手部だった。



◼️PM13:50



「いやそれダメでしょ」

事の顛末を話したユウちゃんが最初に発した言葉。

「いや、でも向こうから誘ってきたんだよ? 断れないじゃん」

「調子いい事言うんじゃない! それに、そこじゃない!」

すごい気迫で怒られた。なんだユウちゃん、そういうことにうるさい人?

「あたしがダメって言ったのは、千円札盗んだこと!」

「そんな大きな声で言わないでよ。恥ずかしいでしょ?」

「バレちゃうでしょの間違いじゃなくて?」

「はいそうですそれです」

ユウちゃんに話したのがマズかったか。

するとユウちゃんは手を伸ばす。

「……なに?」

「千円札、出しなさい」

ふ、やはりそう来たか。だが、そうはいくか!

サイフを抱きしめる。

「渡しなさい!」

「いやだ! この野口は私んだ!」

「いいから!」

無理やり剥ぎ取ろうとするユウちゃん。

「やめろ!」

 くそぅ! こうなったら仕方ない、奥の手だ! サイフを胸の谷間に差し込む。

「服の中に入れるな!」

「違う! 谷間に入れたの!」

「谷間なんてないじゃん!」

「あ、あるわー! ユウちゃんよりはあるわー!」

「な……!? う、うるさいうるさい!」

無理やりサイフを取られた。やばい!

ユウちゃんはサイフの中の札束を掘り起こしている。

「や、やめろ! 野口は俺の嫁!」

このフレーズを発した瞬間、ユウちゃんもスイッチが入った。

サイフからなんと野口、ではなく、諭吉を取り出した。

「なら、諭吉は俺の嫁」

それはマズイ! シャレになんない!

「いや! 諭吉も俺の嫁!」

「不倫か!!」

その瞬間、サイフが消えた。それと同時に伝説の男、エイチが現れ、五千円札を手にし、

「そして樋口は俺の嫁」


キーンコーンカーンコーン。


4時間目の授業が始まった。



■PM16:00



 授業中、思い出した。火災の夢のこと……。

 実はあれからまた時々あの夢を見る。

 なんなんだろうか。

「アイちゃん、かーえろ!」

「ああ、うん」

 聞いてみようか。

「……ねえ、ユウちゃん」

「ん? なに?」

「あのさ、ここ最近どこかで火災が起きたりした?」

「え、なに急に……?」

 ごもっともな反応。私は素直に答える。

「私、記憶障害っていう話したじゃん? ただ最近火災してる夢をたまに見るんだよ。もしかしたら忘れてるだけで本当は現実にあったことなんじゃいかなって」

「な、なるほど……。そういうこともあるんだね」

 ユウちゃんが記憶をたどって思い出そうとする。

「うーん。火災っていったら少しズレてるかもしれないけど、思い当たる節って言ったらもうあの爆発事故しか思い当たらないよ」

「爆発事故?」

 そんなのあったの?

「けっこう前の話だけどね、確か4年くらい前だったと思う。ある大企業の発電所が爆発したんだよ」

 爆発事故……。ある大企業……。

「国じゃなくて個人で開発しててね、R力が使われていて、そのR発電所が爆発したんだよ」

 R力……。

「その、大企業の名前は?」

「えーっと、なんて言ったかな。ちょっとだけ覚えにくい名前で……」


「常盤木グループだよ」


 エイチが割り込んできた。

「あ、スベリ屋だ」

「あれはジワリネタだ。きみだって授業中ずっとジワってたじゃないか」

 くそ。バレてたか。

「ていうかきみたち、今さら爆発事件の話してるのかい?」

「だって、アイちゃんが知りたいって。最近よく夢に出てくるんだって」

 ユウちゃん、そんなベラベラと……。

 そんな私の顔を見て察したらしく。

「あ、もうエイチにはアイちゃんも障害者だって話してるよ」

 なんと! 勝手に! それはさすがにデリカシーなさすぎるよ……。

 ユウちゃんは信頼はできるけど信用はできないな……。

「大丈夫、言わないから」

 グッ! と親指を突き立てるエイチ。だからそういうことすると逆に怪しいって。

 ていうか、今はそんなこと置いておこう。それより今は……。

「エイチ、そのことについて詳しく聞かせて」

「詳しく、というか、僕らもそんな詳しいわけじゃないよ」

「え、そうなの?」

 なんだよ。

「ただ、爆発はしたけど僕たちには被害がない、と言われてるくらいしか知らないんだよ」

「…………」

 言われてる。なんか引っかかるな……。

「実際に僕もユウも社会科見学とかで行って、見学中に爆発したしな」

「え!? 見学中!?」

「その時はいろんな学校が社会科見学で来てたな。アイは来なかったのかい?」

「私は……」

覚えてない。

「ただ、その時はまだ敷地内にも入ってなかったからね。不幸中の幸いだったな」

 ……確かに、もし被爆して体に害が入ってたら、今こうして普通に学校生活は送れないよね……。

「で、アイちゃん。実は最初から話を聞いていたんだけど」

「聞いてたのかよ」

「きみのその夢は、この爆発事故のことだったかい?」

…………。

「うーん、よくわからない。もしかしたら違うかもしれない」

「……そっか。まあならよかったんじゃないか。ただ単にそういう夢をたまたま何度か見てるだけで、現実にはなかったことだったってことかもしれないし」

「……そうだね」

ただ一つ、少し違和感を感じていることは、それを「事故」と呼んでいることだ。

「ま、微妙な感じだけど一つ解決したところで、帰ろうじゃないか」

「そうだね! そんな辛気臭い話ばかりしてもつまらないしね!」

「辛気臭くて悪かったわね」

「そ、そういう意味じゃないよ! あ、そうだ、帰りにたこ焼き屋さん寄ってこうよ!」

「えー、ユウちゃん、あそこ昨日も行ったじゃん」

「あのね、実はあのたこ焼き屋さん、毎日違うんだよ!」

「へえ、ユウ、何が違うの? 味とか?」

「ううん、店長さんのハチマキの色」

「「たこ焼き関係ねーじゃん」」



◾️PM16:20

校庭まで来たところで。結局たこ焼き屋さんは行かなかった。

「そういえばさ、アンタたち部活はやってないの?」

その問いに、ユウちゃんは困った笑みを浮かべた。

「うーん、やりたいんだけどね、この足じゃあね……」

と言いながら足の方へ視線を移す。

しまった。いらんことを聞いてしまったか……。これは何かフォローしないと。

「でも、他の部活でも始めてみたらいいんじゃない?」

「それもいいけど、今さら始めてもね」

確かに。ごもっともです。

そういえばユウちゃんは陸上部だったけど、エイチは部活何やってたんだろう。

「僕? さあ、何やってたでしょう?」

「…………」

いざ聞かれるとどうでもよくなってくるな……。華奢な身体からしてどうせパソコン部か漫研とかだろう。

「はい! 柔道部!」

と手を上げながら答えるユウちゃん。

「なんできみが答えるんだよ」

どうやら知ってて答えたらしかった。

「へへへ」

だが、どうだろう。柔道部なのにどうしてそんな華奢なのか。

「きみ、いま失礼なこと考えてただろ」

「まさか。アンタの体つきを妄想してただけだよ」

「まさかのエロいことだったとは」

「アンタの体つきを考えると陰険な文化系の部活だろうなって妄想してたたけだよ」

「やっぱ失礼なことじゃないか!」

「そうだよアイちゃん! 陰険だなんて、文化系の部活に失礼だよ!」

「突っ込むとこそこかよ!」

ユウちゃんのあれはなんと言うのだろう。ボケツッコミならぬ、ツッコミボケだろうか。

「そういうアイは何やってたんだよ。どうせ帰宅部とかだろ?」

くっ……! 一番ありそうな答え言いやがって……!

「わかった!」

ここでまたユウちゃんが手を上げる。今回はエイチと違って答えは分からないだろう。さあ、何て答える。

「覚えてない!」

「くそユウちゃんこのやろう!」

言われたくないワードがエイチを超えやがった! もうなんかもう悔しいからおっぱい揉んでやる!

「やっ! やめ! アイちゃん!」

顔を真っ赤にしている。いいぞぉいいぞぉいい反応だ! もっと苦しめ……!

「よっしゃ加勢するぜ!」

「「やめろ!」」

私とユウちゃんのデュアルキック。見事にヒット。

「がっ……! がはっ……! そりゃないぜ……、お二人さん」

「「それはこっちのセリフだ」」


そんなこんなで女子寮。

エイチと別れ、私の寮とユウちゃんの寮との分かれ道。

「今日も楽しかったよ! また明日ね、アイちゃん!」

「うん、また明日」

私は自分の寮の元へ歩く。

そういえば、まだ聞きそびれちゃったな。

エイチが部活入らない理由。



◾️PM16:45



帰宅、というか、自分の寮に到着。

カバンを机の横に、ブレザーとネクタイをハンガーに掛け、ドカッとイスに腰掛ける。

「はあ〜……」

ふと時計が目に入る。5時か……。

5時……。

部活をやっていたら、もう少し帰りが遅いんだろうな。うん、確かにやはり部活はやらなくてもいいな。やらなくてもいいと思うけど果たしてこの時間何をしたらいいのか。

「仕方ない。本でも読むか」

…………。

……………………。

「あ」

今、本を読もうとした? 特に何か目に入ったわけでもなく?

「…………!」

これかもしれない。私がここに来る前の趣味……。

あたりを見渡す。

……確かに、本棚はないがあったような気はする……。

「…………おおー……!」

なんかちょっと嬉しい。自分のことがわかるって気持ちがいいな。明日地下モールで何か本を買おうか。

「…………」

さて。

本を読もうとしたけど本当に読む本がなかったため何も持たずに寝転がる。ノートや教科書を読書代わりにしても良かったが、どうせすぐ忘れるから意味がない、という名目で決して勉強したくないわけじゃなかったがあえてしなかった。

「ふぅ……」

正直、未だに引っかかる。

あの爆発事故。

R発電所。

大火災……。

「うぅ……!」

いつも思い出そうとして思い出せないのは気分が悪いが、今回はいつにも増して最悪だ。

実はあの夢を見て4回目になる。これはさすがに偶然とは思えない。確実に何かあった。それは事実。ただ、それがあの爆発事故なのかどうかは定かではない。

「これは、調べる必要がありそうだな」

別に興味があるわけではない。ただ、気になりすぎてヤバイからだ。このままでは頭がパンクする。時間が経てば私のこの能力があればすぐに忘れられるが、思い出すことは当然ある。そう何度も夢に出てくればその度に思い出すし、消えにくくもなる。これは一度徹底的に調べ、自己完結しなければならない。

「とすれば、本屋さんというより資料室だな」

パソコンでも調べられるが、パソコンは情報量が多すぎる。しかも間違った情報もあるというじゃないか。取捨選択なんてそんな器用なこと私に出来るわけがないし、そもそも私は機械オンチだ。

ここは、やはり、本だ。

どんな難しい本だって、ラノベ風に文字情報を転換すればだいたい何でも読める。たぶん歴史の勉強あたりはそうして乗り切ったに違いない。

明日の予定を手帳に書き込む。今日はこれくらいでいいだろう。

「あ、そうそう、忘れてた」

今日の要点。


イイ 腕 ケガ

ユウ 部活入っていない

エイチ 元柔道部 部活入っていない




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