第40話 真実の愛

「リガルナさん……。これが、リガルナさん……」


 確かめるように何度も頬に触れてくるアレアを、リガルナ自身も驚いたように凝視する。


「……本当に、見えるの、か……?」


 試していながら、まさか本当に見えるようになると思っていなかったリガルナがそう聞き返すと、アレアは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。そして身体を起こしてリガルナの首に腕を回し、しっかりと抱きついた。


「あなたがどうしていつも寂しいオーラをまとっていたのか、やっと分かった……」


 アレアはそう言いながらリガルナの肩口に擦り寄るように頬を寄せ、抱きつく腕に力を込める。その目には涙が一筋伝い落ちていた。


「お、俺は……」


 何かを言おうと口を開くリガルナを、アレアはゆるゆると首を振りそれを制した。


「いいんです。言わなくてもいいんです。私、あなたを知ることが出来て本当に嬉しい」

「ア、レア……」


 リガルナが自分以外の人間の名を呟いたのは、この時が久し振りだった。

 自分の名を呼ばれたアレアは閉じていた瞳を開き、顔を上げてリガルナを真っ直ぐに見つめ返す。


「はい」


 心底嬉しそうに、その顔には満面の笑みを浮かべるその表情は、とても15歳の少女のものではなかった。辛い過去を背負い、生きてきた人間だけが見せることの出来る大人の表情そのものだった。


「俺が、怖くないのか……?」


 リガルナがそう聞き返せば、アレアはただ涙を流しながら微笑んだ。


「どうして? 皆がそう言うから? 私、あなたのこと怖いなんて思いません。だって、あなたはこんなに優しい……」


 アレアはもう一度擦り寄るようにリガルナの胸に寄り添った。その体に腕を回し、しっかりと抱きつく。


「こんなに嬉しい事、今まで生きてきて一度だってなかった。いつも辛くて、苦しくて、眠ったらそのまま目覚めなければいいとさえ思ってた。でも、自分を捨てないで良かった……」


 キュッとリガルナの衣服を握りこむアレアの手がなぜか頼りなくて切ない。

 すがり付いてくるように抱きついてくるアレアを、リガルナはどうしていいか分からなかった。

 それを察したアレアは、静かに口を開いた。


「抱きしめて下さい……」

「……」

「私を、抱きしめて下さい……」


 抱きついたまま顔を上げたアレアの目は、涙に揺れている。懇願するかのようなその眼差しにリガルナは言葉を忘れた。

 言われるままに動かしたリガルナのぎこちない手は、一度そっとアレアの肩に触れ、滑るように背中に回された。そしてそのまま、触れているのかいないのか分からない程度にアレアの体をそっと抱いた。

 アレアはそれに反応するかのようにリガルナに回した腕に力を込める。


「もっと、強く抱きしめて」


 リガルナの胸元に顔を埋め、懇願するようにアレアは言葉を漏らす。

 リガルナは言われるままにアレアを抱きしめる腕に力を込めた。折れそうなほどに細いその体を強く抱き寄せると、アレアは一瞬息を詰まらせたがじっと瞳を閉じたまま、その腕の力強さを体全体に感じていた。


「私……、リガルナさんに何もしてあげられない。それが、悔しいんです」

「……アレア」


 アレアは切ない声を漏らし、涙を零す。

 リガルナは抱き寄せた腕に更に力がこもった。ふとその時、アレアは小さくむせこみやんわりとリガルナの体を押し返して体を離した。


「ごめんなさい……」

「謝る必要なんてない」


 アレアは首をゆるゆると横に振り、涙を零した。

 俯いていたアレアは、膝の上に置いていた手をゆっくりと持ち上げると自分の髪を縛っていた黒いリボンを振りほどいた。父と母に対する自分にできる精一杯の弔いのつもりで、両親が死んだ日からずっと身につけていたそのリボンを手に、アレアはそれをリガルナの額に巻きつける。


「私にあげられるものは、これっぽっち……。だからせめてその傷を隠して……」


 リガルナの瞼の上にあった大きな傷は、あの日火事で受けた時の傷。その傷を隠す為にアレアはそのリボンをリガルナの額に巻きつけたのだ。


「愛されないのは、辛いから……」

「……っ」


 傷を見て、アレアが小さく呟いたその一言が酷くリガルナの胸を貫いた。

 リガルナの無意識に伸びた手がアレアの頬に触れた。アレアが閉じていた瞳をゆっくりと開き真っ直ぐにリガルナを見上げると同時に、リガルナはアレアに口づけていた。


 アレアはリガルナのそのキスを素直に受け止める。


「リガルナさん……大好き……」


 唇が離れて微かに漏れたアレアの言葉は、リガルナの耳と胸に残る。

 リガルナはそれに応えるように、もう一度彼女の体を抱き寄せた。

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