第41話 悪夢、再び

 雨は止まない。より一層激しさを増し、歩くことさえままならないほどだ。

 山を登っていたサルダンはズシャリと崩れるようにその場に座り込む。体全体に痛いほどの雨を受け、酷く凶暴な眼差しで霞む視界を睨みつけた。


「……っちくしょう。あいつら、ふざけた真似しやがって……」


 山を登り始めてから、サルダンは後ろを振り返って仲間がついてきている様子が無いことに気付き、そしてそこで初めて自分が騙されていた事も気がついた。

 今更降りようと思っても、頂上付近から流れる水と泥に足を取られて滑落するのが関の山だ。


 ぬかるんだ道に腰を降ろしたまま、怒り任せに地面を思い切り叩きつける。


「イラつく……。イラつくぜ……」


 このままこの場にいても、雨に体温を奪われ死んでもおかしくない。そんなことで死んだとなれば、皆の笑いものになるだろう。

 サルダンは再び腰をあげるとせめて雨をしのげる場所を探すためにもう一度足を踏み出した。


 サルダンは体をきつく抱き締め、青くなった唇が寒さから自然とガチガチと歯を噛み鳴らし始める。


「ちくしょう! 休めるような穴もねぇのかよっ!」


 こんな間抜けな死に方があって堪るだろか。

 苛立ちと虚しさにギリギリと歯を噛み鳴らしながら、朦朧とし始めた視線を上げた。すると視界の先に、ぼんやりと石で造られた洞窟の入口が見えた。


「ちっ……、さっさと見つかれってんだよ」


 悪態をつきながらも、体を休める場所を見つけたと内心ホッと胸をなでおろしていた。

 あの洞窟で雨をしのいで落ち着いた頃に山を降り、仲間を見つけて殺してやろう。サルダンはそう考えていた。


 そしてようやく入り口に辿り着くと、ブルブルと体を打ち振るわせた。


「うう、さみぃ……」


 そう言いながらサルダンは雨と風のあたらない洞窟の奥へと足を進める。


「……っ!?」

「なっ……?!」


 突如として入ってきたサルダンの姿に驚いたのは、他でもないアレアだった。サルダン自身もまさかここに人がいるとは思わなかっただけに、心底驚きの色を見せる。


「だ、誰……」


 今、この洞窟の中にいるのはアレアだけだった。

 突然現れた見ず知らずの男の姿にアレアの瞳は恐怖に染まっている。その様子に驚いていたサルダンだったが、ふとアレアの衣服が俄に乱れているのを見てニヤリとほくそえむ。


 心底体も冷え、苛立ちをどこにぶつけようか考えていた所だった。そして目の前には一人の少女がいる……。


 そうなれば決まったも同然だった。

 長い時間何も口にしていない苛立ちも手伝って、サルダンの目の色は尋常ではなかった。


「へぇ……。こんな山の、こんな場所に女がいるなんてな……」

「……っ」

「こっちは色々腹が立ってしょうがねぇ。雨に体温を取られて寒くてたまらないんだ」


 アレアは顔を強ばらせ、きつく手にしていたごわつく布を手繰り寄せる。そんなアレアの傍ににじり寄るサルダンは、ずぶ濡れになった衣服に手を掛けた。

 ベシャリと重々しい音を立て、ずぶ濡れの軍服を脱ぎ捨てながらゆっくりと近づいてくるサルダンに、アレアの身体は恐怖に固まった。


「い、いや……」


 首を横に振って目の前に来たサルダンの申し入れを断ったアレアに対し、彼は彼女の胸倉を掴みあげて大きく手を振り上げ、その頬を痛烈に打ち抜く。

 アレアはその衝撃に為す術も無く叩き倒されてしまう。そこへ、サルダンは容赦なくのし掛った。


「つべこべ言ってねぇで、相手になれって言ってるんだよ!」

「いや! いやあぁあぁあぁぁっ!!」


 サルダンは乱暴にアレアの衣服を剥ぎ取り、白い肌に無理矢理唇を寄せた。胸を吸われ、首筋を吸われ、冷たい手で乱暴に握られる胸には痛みだけが残る。


 アレアは涙をこぼし、背中を這い登ってくる悪寒にきつく瞳を閉じる。


 一方的に愛撫され、首筋にかかるサルダンの熱い息が強烈な吐き気を呼び起こした。その次の瞬間。アレアの心臓が一度大きく脈打つと、槍が突き抜けたかのような激しい息苦しさと痛みが駆け抜けて行く。


「うっ! あ、く、ぅぅ……っ!」


 大きく乱された素肌の胸に爪を立て、アレアは青ざめた顔でもがき始める。

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