第28話 似るはずも無いもの
洞窟に戻ってくると、アレアは洞窟の前にある岩の上で、呆然とした表情のまま見えるはずもない空を見上げて過ごしていた。
その目には絶望にも似たその色を湛えている。
彼女の姿を見ているとあまりにもかつての自分に似すぎている。そう思えた。
似るはずもないものが、アレアとリガルナの間には存在している。
リガルナはぐっと地面を踏みしめ、この時初めてアレアの傍に歩み寄った。
自分のすぐ傍にリガルナの気配を察したアレアはピクリと体を強ばらせ、どこを見ているともない緊張感のある俯きがちな顔を僅かにこちらに向けてきた。
「……」
「……これは、お前のか?」
ぶっきらぼうにそう言いながらボタンを握っていた手を差し出すと、アレアは不思議そうな表情を浮かべたまま小首を傾げた。
「手を出せ」
言われるままにアレアがそっと両手を出す。
差し出されたアレアの手の中にボタンを落とすと、アレアはそれを柔らかく包み込みながら小さなボタンを指先でなぞり、感触を確かめた。
「……これは、ボタン?」
しっかりと指でそれを確認しながらポツリと呟いたアレアは、やがてハッとなり慌てて自分のスカートのポケットを探り始めた。そしてそこに探している物がないと分かると、手にしていたボタンをギュッと両手で握り締める。
「これは、私のです。でも、どこで……?」
「お前が倒れていた場所だ」
アレアはそれを聞き、ホッとしたような表情を浮かべるとここに来て初めて微笑んだ。
ふんわりと、優しさの込められた愛くるしい微笑み。手にしたボタンを大切そうに握り締めたまま、嬉しそうにリガルナの方へ顔を向けると小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。これは形見なんです」
「……」
リガルナはこの時、動けなかった。
アレアが心底嬉しそうにして微笑んだ。緊張感も不安感も何も感じられないその微笑み。どうしてなのか、目が離せなくなっていた。言葉はもともと多くないが、それでも少ない言葉数が更に減ってしまう。
何も言わずただ自分を見下ろしてくるだけのリガルナに、瞬間的にアレアはいつものような固い表情に戻ると、怯えたように顔を俯けた。
「あ、あの……ごめんなさい……」
「……」
何に対して謝罪の言葉を述べたのか、アレア自身もよく分かっていなかった。ただ、無意識に謝らなければと言う思いが働き、何でもないことに対しても謝罪してしまう。
これまでの環境が、彼女をそうさせてしまったのだろう。
リガルナはアレアからふぃっと視線を外し、そして手にしていた食べ物をいつものように投げ寄越すのではなく、そっと手に握らせた。
「え……?」
「……」
突如として手渡された事に、アレアは驚きを隠しきれない表情のまま再び顔を上げた。
かけてくる言葉はないが、リガルナはしっかりと彼女の手に食べ物を握らせて、傍を離れた。そんな彼の行動に、驚かないはずがない。
一体どうしたと言うのだろうか? 今日のリガルナは、これまでの彼とは別人のようだ。
戸惑いと困惑と、そしてほんの少しの嬉しさを胸に秘めて、アレアは受け取った食べ物をボタンと一緒に胸に抱き寄せた。
「あの……」
「………」
おずおずと声をかけてくるアレアに対し、リガルナは何も言葉を返さなかった。
アレアは返事を返さないリガルナに小さく礼を述べ、こちらに背を向けて手渡された食べ物に口をつけ始める。そんな彼女を、いつものように少し離れた場所で座り込んだリガルナは、手にしていた果実に口をつける事もなくただじっと眺めた。
彼女の行動に目を見張ることはしばしばあったが、こうしてじっと見つめるのは初めてかもしれない。
今までは、どこか危なっかしい動きを見せる彼女が何となく視界の端に映ったから、などと言う理由だけで見ていた事の方が多かった。
なぜだろう。何か気になる……。それに先程始めて見た彼女の笑顔。それがやけに印象的で瞬間的に脳裏に焼きついて離れなくなっていた。
これまで穏やかだった気持ちに新たな変化が生まれようとしている。それが何なのか分からず、しかしそれはとても心地よい物であると、感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます