第29話 自暴自棄
それから更に二ヶ月ほど月日が流れた。季節は移ろい、肌寒さを感じるほど秋が深まり始める。
この頃になると、二人の関係は以前に比べ相変わらずつかず離れずではあるものの変化が生じていた。特にリガルナには大きな変化だと言っても過言では無いかもしれない。
リガルナは、洞窟の傍に生えている木に腕を組んだまま背を預け、陽が傾き、陽の光と季節的なもので赤く色づき始めた遠くの山々をぼんやりと見やる。
あの日以来、アレアの一挙一動が全て気になる。緩慢な動きで何か行動を起こそうとすると、目線だけが彼女を追いかけている事が多くなった。
日を追うごとにアレアの事を知りたい衝動が強くなってくる。が、その反面、自分の中の臆病風も強く吹いた。
「……」
どこかで鳴く虫の声を聞きながら、リガルナは自分の中に芽生えかけていた「安心感」と言う感情が「愛情」と言う名のものに変わりつつある事に気付きもせずに、一人思い悩んでいた。
あの笑顔が見たい……。もっと、アレアを知りたい……。
いつの間にやら陽が暮れて空一面に広がった満点の星空を眺めながら、無意識にもそう考えていた。
「……滑稽、だな」
ボソリと呟きながらも、リガルナの口元には薄く笑みが浮かんでいた。
その頃、洞窟の中にいたアレアは深いため息を吐いた。
ここへ来て三ヶ月。最初の時に感じた恐怖や緊張感、不信感は以前よりも薄らいだものの、アレアの心には不安と寂しさがこみ上げていた。
決して長いとは言えないが、短くも無い期間を共に過ごしているリガルナの事を、ほとんど知らない。
食べ物の受け渡し時以外は距離を置いてしまう彼が分からず、寂しく感じるようになっていた。
男性不信のアレアでも、必要以上関りを持たず近づこうとしないリガルナにはむしろ安心感を抱いていた。だからだろうか。もう少し打ち解けたいと思うのは。
「……私、やっぱり邪魔なのかな」
そう思うと、ギュッと胸が痛み涙がこみ上げてくる。
「……他の人と違う、それだけで私は負担にしかなれないの?」
震える声で呟きながら、ポロポロとこぼれる涙が地面を濡らした。
もう泣かない。そう決めたのに、今自分の胸にこみ上げてくるのは言い様の無い悲しみだけだった。
ただの重荷にしかなれないなら、自分がいる必要なんてないんじゃないか。
心が挫けてしまったアレアの考えは悪い方へと流されていく。
アレアは流れる涙をそのままに、その場にフラリと立ち上がるとゆっくりと壁を伝いながら外へ向かって歩き始めた。
ザリ、と地面を踏む足音を聞き、物思いに耽っていたリガルナが我に返りその音の方向へ視線を向けた。するとそこには、洞窟の中にいたはずのアレアがいる。そして虚ろな眼差しのままふらふらとした足取りのまま崖の方へ歩いていく。
「……?」
リガルナは不信に思い、眉根を寄せてアレアのその行動を見つめる。
様子がおかしい。そう感じたリガルナは気配を殺し、足音を立てないようアレアの傍に近づいていった。
アレアは、あと一歩踏み出せば、真っ逆さまに崖下に落ちるギリギリの場所でようやく立ち止まると、虚ろな眼差しで前を見ていた。
胸元には両手で包むようにしっかりとあのボタンが握り締められている。
誰の役にも立てず、必要とされず、誰にとっても負担にしかならないならもう、生きている意味なんて無い。
生きようと、生に縋ってここまで来ていたはずなのに、今では全てを投げ出したい気持ちで一杯だった。
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