第5話

惨劇が起きる前___


私は京都にいた。

実家は裕福で、大きな和風のお屋敷に、私と家族で住んでいた。

厳しくも、誰より我が子を愛す父。

おおらかで、美しい母。

自慢の兄と優しい姉達。

可愛い妹、弟達。

そして養子ではあるが、私が誰よりも好きだった、慎太朗兄さん。


たくさんのきょうだい

たくさんのしあわせ


何よりも大切な慎太朗兄さん。

「どうしたの?京子」

父に叱られ泣く私を、いつも慰めてくれた。

「また、怒られたんだね」

優しい声で

「おいで」

抱きしめて、頭を撫でてくれた。


だから


抱いてはいけない


特別な感情が


生まれた__



「兄さん、好き…」

「うん。僕も好き」

汚い。

醜い。

恥ずかしいほど

私達は狂っていた。



「ああ、もう…!」

嫌なことを思い出した。

捨てきれない過去の残り香。

「最悪だ…」

京子は布団から起き上がり、ベランダへと出た。冷たい風が気持ちいい。

昨日はそれほど気にしていなかったが、かなり広いベランダだ。

「射撃の練習ができそうだな…」

京子は持ち物から練習用の銃を取り出した。

練習用なので、もちろん実弾は入っていない。そして音も抑えられている。

手早く革の手袋を身に付け、数メートル先の花壇に向かって銃を構えた。

パンッ__

短く響いた音はすぐに消え、飛んでいった弾代わりのコルクが花壇に穴をあけた。

「…少しずれたか」

しかし、いい感じに調子が出てきた。

昨日は怒りでほとんど我を忘れていたから、全く調子が悪かったのだ。

「……」

再び銃を構える。

今度は外さない。


捨てきれない過去の残り香。

どうせなら思い出ごと、

全て消し去ってしまえば


この肩に乗っかっている

重い重い重圧から


パァンッ___


解放されるのに。




数時間後___

「ただいま戻りましたぁって京子さん!?」

「なんだ」

射撃の練習を終えた京子の元に、大荷物を抱えた新谷達が戻ってきた。

「射撃の練習をしてたんですか?」

そう訊ねた神谷は、手にもっていた荷物を床におろす。

「ああ。しかし、なんだその荷物は…」

「お土産ですよ」

「…そうか」

京子は興味が失せたように、また手元にある銃の手入れを再開した。

「京子さん!なんですか、この有り様は!」

珍しく新谷が怒りの声を上げる。

その新谷が指差した方向には、先ほど京子が射撃で破壊したベランダの悲惨な姿。

「実弾は使っていないぞ」

「そういう問題じゃなーい!」

「ははっ、これまた派手にやらかしたね」

「神谷さんも!笑い事じゃないですよ。ああ、bossになんて報告しよう…」

ものを壊したのだから当然弁償だろうが、誰がそのお金を払うのかとなると、京子の上司のbossしかいないだろう。

さっきとは別人のように、新谷は情けない声で嘆いている。

「bossはそんなことで怒らないだろ」

任務でものを壊すなんて、京子にとっては日常茶飯事だ。

…そのとばっちりを受けるのはいつも新谷だが。

「壊した分、腕は上がったのだから問題ない」

新谷はおろおろしながらも、それに内心ホッとしていた。

「…調子、戻ってきましたか?」

京子のことを誰よりも心配していたからだ。

「ああ」


「…それは良かったです」

「……」

しかし、新谷の行動を京子は理解できないでいた。

なぜそこまで、私を心配するのか。

血の繋がりもなく、赤の他人。

確かに、新谷との付き合いは決して短いとはいえないが、感情の乏しい京子にとってそれは不可解で不愉快なことだった。


「……はぁ」















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