第6話 昼食

「さて、どうするかな」


 俺は依然として空く気配の無いテーブルらを順に見ていきながらそう呟いた。手には、湯気が出る程までには熱を帯びている生姜焼きと、ご飯の入った茶碗に蓋付きの容器、申し訳程度に少量積まれた漬物を乗せたプレートがある。それはまさに『定食』といった感じで、流石にこれを持ったまま校内を歩くのは気が引けた。


 つまりここ、学食内で食べるしか方法は無いのである。しかし、この学園において俺に知り合いなどいる筈も無く、その上残り時間も無い。何とかして気の弱そうな人にでも相席を頼み込めないかと思っていた矢先に、絶好の機会を掴んだ。


 見れば、ちょうど女子の4人組がテーブルから離れようとしているのである。各々が椅子に掛けていた制服を取り、賑やかに談笑しながらそれらを羽織り始めた。


 彼女達が離れる前から歩き出していた俺は、確実に『座れた』と思っていた。実際俺は、持つのも疲れてきたプレートをテーブルの上に置き、今まさに椅子を引いて座ろうとしている。


「おい」


 しかし、第三者から発せられた凄みのある声を聞き、その行為を引き止めた。いや、正しくは、『引き止めざるを得なかった』と言うべきであろう。少なくとも、そう感じさせる程の言葉の圧力が込められていた。


「何か用ですか?」


 できるだけ、呆れるように、気怠そうに、見下すようにそう問い掛けることで、全く動じていない様に振る舞う。そして、上目で相手の様子を確認する。


 予想はできていたが、改めて確認すると驚いてしまうものだ。


 そこに立っているのは、明らかに女生徒である。


 第一声を聞いた時に、もしやとは思っていた。声は低くはあったが、変声期を迎えた男子生徒まででは無く、相手を威嚇する為に発したであろう割には高かったのである。


 女生徒は、黒く澄んだ二つの瞳で俺をじっと見ていた。だが、彼女としては見下ろす形になる為、それだけで充分過ぎる程の睨みになる。


 彼女は『飲食店の店員さんが注文の品物を運んできた』かのように、開いた右の掌にプレートを乗せて立っており、まさに俺と同じ考えでここにやって来たのだろう。ただ、少し俺が速かっただけで、もしかしたら立場が逆になっていた可能性もある訳だ。


 言うなれば、これは、俺が女生徒から『席を譲れ』と目で訴えられている状況である。


 しかし、俺は席を譲る気など微塵も無い。


 先の通り、俺と女生徒の立場は逆の可能性もあるのだ。そんな場合、俺ならどう行動するか考えれば、当然ながら『向かい側に座る』という結論に至る。


 勿論、俺は急いでいるからその結論に至るのであって、そう出なければ、同じ結論に至るとは限らない。


 だが、状況がどうであれ、彼女にその選択肢が残されている以上は席を譲らない。


 だから、椅子に座りかけた状態を完了形にし、箸の先を前方に向ける。そして、


「前の席が空いてますよ」


 と言って、食欲を刺激する生姜の香りを振り撒く、冷めかけた脂まみれの豚肉を口に突っ込んだ。


「......」


 完全に挑発と取れる俺の態度に、女生徒は何も言わなかった。ただ、俺の前の席に座ったことから、肯定の意味を示しているのだと理解する。


 そして、何とか重苦しい空気の中で昼食を食べ終えることができた。今まで気づか無かったが、女生徒の制服の左胸には緑色のバッジが付けられており、それは三年生であること証である。


 俺達一年生には赤色のバッジが付き、二年生には青色のバッジが付く。一目で学年を区別できるのは良いことである。


 食事が終わった俺はこれ以上椅子に腰掛ける必要は無い為、おもむろに立ち上がって随分と軽くなったプレートを返しに行く。


 その際、後ろで何やら不穏な言葉が聞こえた。上手く聞き取れなかったが、おそらく『覚えておけよ』といった所だろう。


「面倒くさい奴ばかりだな」


 昼休みもそろそろ終わりだろう。


 俺は早足で教室へと戻った。



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