第4話 腹黒女王様はシスコンなのか?
「はあ、何とも退屈な授業だった」
俺は、4時間目の授業を終えて、愚痴を垂らしながら机に突っ伏していた。
授業と言っても、ほとんど既知の範疇でしか語られなかった為、特に面白味も無かった。初めはそういうものなのだろうが。
「あら、そうかしら? 少なくとも二時間目の魔法科学は良かったと思うけれど」
後ろから三崎さんが声を掛けてくる。自分の背中を見るように顔を後に向け、その姿を見つめた。そして、顔を元の位置に戻しながら溜息を吐く。
「魔法という非科学的なものを科学的に解明しようとしている所が滑稽だったな」
「だから魔法科学なのよ。そもそも魔法について詳しく説明させてもらうと......」
すぐに終わるだろうと思っていたが、どうにも長引きそうなので、顔を上げて、後ろを向く。そして、わざとらしく大きく肩を竦めた。
「別に姉妹間の中についてとやかく言うつもりは無いけどさ。魔法科学が君の姉の担当だからといって、そこまで必死に弁明しなくてもいいんじゃないかな」
三崎さんは顔を伏せて、机上の両手で固く拳を作った。しばらくしてから、ゆっくりと手を開くと、白く変色した掌が見える。おそらく、怒りを抑えていたのだろう。彼女は表向き『気品のあるお嬢様』で通っている『つもり』だから、こんな人が密集している教室で怒るに怒れないのだ。実際に彼女がどう思われているのかは知らないが。
気持ちを落ち着かせた三崎さんは、静かに息を吐き、相変わらずの光沢を持つ金色の髪を手で払った。ご自慢のロングヘアーを靡かせながら、不敵に鼻で笑う。
「貴方が何を言おうが勝手だけれどあたかも私がシスコンであるのかのように言うのは止めてくれないかしら。名誉毀損で訴えるわよ」
「誰もそこまでは言っていない」
「ところで、夜縫君は弁当とか持ってきてたりするのかしら?」
三崎さんは唐突に話題を変えた。姉に対する贔屓を少し指摘しただけでこの変わりようである。これでは、自分がシスコンであることを認めているように見えてもおかしくはない。
そもそも、俺としては特に深い意味があって言った訳ではなく、ただの冗談のつもりだったのだ。それを真面目に捉えて過剰な反応を見せてしまっては、最早言い逃れできない。と、言いたいことがたくさんあるのだが、三崎さんを怒らせると後が面倒そうなので、ここは大人しく彼女の話題に合わせることにした。
「いや、持って来てはいない」
「そう、だったら学食に行きましょう。今からだと少し混んでいるかもしれないけど、そこでなら何を話しても大丈夫だから」
「まだその話題残っていたのか」
「当然でしょう。中途半端で終わらせるのは性に合わないのよ」
昼休みは後50分はあるから別に急いで行く必要は無いが、早く行って損することは少ないだろう。まあ、結局は利用させてもらう施設だから、今の内に予習しておくという考えもある。
「行くだけ行ってみるか。いざと言う時にはパンでも買えばいい訳だ」
「そうね、屋上も一般開放されているから、そこで食べればいいわ」
教室で食べるという考えは無いと。
俺と三崎さんは椅子から立ち上がって、教室のドアに向かう。ドアに手を掛け、軽く横にスライドした。抵抗を全く感じさせない滑らかさで、撫でるだけで全開まで行きそうな程の軽さである。驚いた俺は、その場に数秒立ち尽くしてしてしまった。
「突然どうしたの?」
「いや、何か暖簾に腕押しってこんな感じかなぁと思っただけだ」
「貴方って時々変よね」
三崎さんの呆れるような返しを背中に受けながら、窓から中庭が見える廊下に出る。
俺達は1年生だから、2階に位置しており、尚且つAクラスであるから正面玄関に最も近い。他はBクラスから時計回りに教室があり、中庭を中心として正方形のような形をしている。
4階に3年生、3階に2年生の教室が並んでいる。1階には、図書室や保健室、学食などの共同施設が多く並んでいる。
用があるのは学食だから、正面玄関へと向かう階段を下りて、中庭を横目に反対側の棟に行けば良い。
「それにしても、ここは本館だから生徒が集まる訳だけど、正門から見る限りには、隣に馬鹿でかいドームがあったような気がするのだが。あれは一体何を目的に作られているんだ?」
俺達は、スリッパをコンクリートに打ち付けながら階段を下りていた。底が厚いもので、慣れていない今はとてもじゃないが歩きづらい。
そんな中何処からか湧いてきた、たわいも無い疑問だから、直ぐに返答があるだろうと思っていたが......横では、下唇に拳を当てて考え込んでいる様子だった。
「そうね......貴方は私に頼り過ぎだと思うわ。少しは自分で考えるなり、調べるなりしてみたらどうかしら?」
「仰る通りです」
思えば、彼女が声を掛けてきてくれてから、時間があれば質問、質問、質問の嵐だった気がする。三次試験......もとい講義を受けていなかった俺には、知識が乏しくて仕方無いという言い訳も残されている訳だが。
「取り敢えず、少しでも罪悪感を感じたのであれば、今度は私の疑問を解決してくれないかしら?」
「俺の理解出来る範疇なら何でもどうぞ」
「だったらまずは、その話し方について聞きたいわね。妙に丁寧で男子らしくないわ」
一言で言えば、拍子抜けしたのだろう。思わず溜息を吐いてしまった。
流れ的に考えれば、もっと壮大なものが来てもおかしくなかったのだが。まあ、彼女の質問は、俺の生まれ故郷に関わることだったりする。
しかし、それも大した話では無い。
「ただ、俺が住んでいた所が小さな村で、話し相手が家族程度しかいなかっただけだ。家族全員がちょっと気取った話し方をしていたから、それが染み付いてしまっているらしい。大した理由じゃなくて済まなかったな」
「そうよ、『実はどこかの御曹司でした』くらいのものを期待していたのに、がっかりだわ」
そうして理不尽に悪態を突かれながらも、やっと学食に着く。見渡す限りの人である。
「驚いたわ。まさかここまで人口密度が高いなんてね」
「この様子だと、今日の昼食はパンだろうな」
そう言いながら、学食内を見渡してみるが、一席も空いていないようだ。俺もここまでとは予想していなかった。
仕方無くパンを買いに購買へ向かった......その時、何かに押し戻されるような感覚を覚える。誰かにぶつかったと認識するよりも早くに、上方から舌打ちが聞こえてきた。
「てめえ、どこ見て歩いてんだ? 危ねえだろうが」
「まあ、正確に言えば俺は歩き出していないので、そちらの過失となりますけどね」
「ああ?」
不良らしき人は、威嚇するように顔を近付けて来た。背の高さから上級生だろう。
金髪だが、三崎さんのように地毛ではなく、染めたものだと思われる。右耳に重量感のあるピアスを付けていて、今にも耳朶が引きちぎれそうな程だった。
「いえ、俺が悪かったです。済みませんでした」
抑揚の無い声で、深々と頭を下げる。周りの廊下を通っている生徒達は、この状況を見ている訳だから、相手も迂闊に手を出せない筈だ。しばらくして、本日2度目の舌打ちが聞こえる。
不良は顔を上げると、焦点を三崎さんに合わせ、途端に不敵な笑みを浮かべる。
「お前はもしかして......三崎柑菜か?」
「その通りだけれど、それがどうかしたのかしら?」
「へぇー、こりゃあいい。てめぇのものにしとくのは惜しいぜ」
不良は俺の方を見ながら、三崎さんの腕を掴む。どうやら、俺達をカップルだと勘違いしたらしい。『こんな奴ほっといて、俺と遊ぼうぜ』とでも言いそうなシチュエーションだ。
そう能天気に考えている内に、状況は更に悪化しているようで、抵抗する彼女を無理矢理に連れて行こうとしていた。流石の三崎さんも、男の、それも年上の力には敵わないようだ。少しずつ俺から離れて行く。
「まだ少し時間はある。俺と遊ぼうぜお嬢ちゃん」
「くっ、離しなさい。そんなこと、時間の無駄だわ」
「このクソアマが! さっさと来やがれ」
いよいよ本格的にやばくなってきたようで、ギャラリーも増えてきている。こんな状況でも、誰も止めようとしないらしい。中には口笛を吹いて冷やかす者もいる。
「はあ、そろそろお戯れは止めたらどうですか?必死になって見っともないですよ」
「まだいたのかよ。1年の癖に調子に乗ってんじゃねーよ」
不良先輩は三崎さんを突き飛ばし、俺に向かって歩いて来る。彼女の小さな悲鳴が聞こえた。
「俺は中学時代はボクシングをしてたんだぜ。てめえみたいなヒョロガキなんざワンパンなんだよ」
「お前......ここが何処だと思っている? 雑魚は巣に帰るんだな」
「お前がなぁ!」
気の早い元ボクサーは、叫びながら右ストレートで俺の顔面を狙って来る。
単純な思考回路だ。素人相手の俺には、真っ直ぐパンチを打っておけばいいと思っているのだろう。
しかし、1、2年程度のブランクがあるのだ。当然らパンチのキレは明らかに悪い。
正面からゆっくりと迫って来る右ストレートを捉えて、思い切りバク転をする。その際、底の厚いスリッパの先で不良の顎を蹴り上げた。
怒りに身を任せて力一杯打っているのだから、それだけ体重が乗っている筈だ。もろに受けて耐えられるはずがなく、そのまま床に倒れた。
少しやり過ぎてしまったようだ。倒れたまま起き上がる気配が無い。顔を覗くと、顎を真っ赤に腫らして気絶していた。
「入学早々暴力事件は洒落にならんぞ」
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