第2話 ファーストコンタクト
そして四月六日当日、遂に入学式が始まった。しかし、校長先生の強い要望があって、各自の教室でモニター越しで行われることになっている。
『皆さん、入学おめでとうございます』
校長先生と思われし人物の第一声は、壊れた自転車のブレーキのような音がした。外見からしても相当な歳らしく、百歳を越えていてもおかしくは無い。
「なあ、さっき何て言ったか聞こえたか?」
「いやいや、流石に無理でしょ。俺はエスパーかよ」
俺の隣の席にいる男子共は、一番前にも関わらず、平然とおしゃべりをしている。
今のクラス分けは確定ではなく、筆記試験の点数順である。適性試験の結果では優劣付けがたい為、全員がまともに受けている筆記試験の結果次第になったわけだ。
やはり、人は見かけによらない。一見馬鹿そうに見えていても、俺の隣ということは、頭はかなり良い筈だ。能ある鷹だから爪を隠しているのか、素なのかは知らないが、油断大敵だ。
そうして思いを巡らしていると、たまたま目が合ってしまった。まさかこちらを見てくるとは思わず、今から目を逸らすのは気が引ける。
取り敢えず、満面の笑みで微笑んでおくことにした。案の定、彼らの目線はモニター越しのご老人に向けられる。途中、舌打ちらしき音が聞こえた気がするが、知らないふりしておこう。
「校長先生の有り難きお言葉を無視するとは、良いご身分だな」
その通り、うるさい馬鹿共に熱い説教を食らわしてやってくれ。それで授業が潰れるなら万々歳だ。
「お前だ、夜縫十夜」
予想外の名前に思わず目を見開く。前方に目線を移すと、見知った顔の教師と目が合った。
「まさか、俺と同姓同名の奴が存在するなんて。世の中は狭いですね」
「そうだな、この世は狭いな。でも、あの世は無限に広がる夢の世界かもしれない。試して見るか?」
「俺が平均寿命を越えたらお願いします」
「悪いが、私は君より早く死ねる自信が無いのだ。期待して待っていてくれ」
こんな大衆の前で、さり気無く殺害予告をしてくる神咲先生は恐ろしい人だ。冗談に聞こえないのが悩ましい所である。
「それにしても......君みたいな奴がそこに座っているとは、本当に不思議だな」
先生は、肩を小刻みに震わせて笑い出す。俺の座っている席は列の左端で、尚且つ一番前だ。つまり、俺が筆記試験でトップの点数を取ったことの証明である。
なぜなら、このクラス分けは、三次試験を『貧血』により『受けられなかった受験者』がいる為に、異例として、筆記試験のみの成績で順にされたものだからだ。
「まあ、暗記は得意な方なんで」
「おや、その言い方では、君が『筆記試験は暗記ゲーだぜ』と言っていると解釈できるぞ」
「普通に謙遜したつもりですが」
クラスメイト達はそんな俺の言葉には耳を傾けず、睨みつけるような視線を俺にぶつけて来る。事実だからそう怒る必要も無いだろうに。
筆記試験で俺は、1問1答を1000回繰り返した。加えて、それらを2時間かけて解くという条件付きでだ。
問題そのものは知っていれば一瞬で分かる代物だったが、1問を7秒程度で解き続けるのは相当な苦痛だろう。答えをすぐに導き出せなければ、諦めて次の問題へ移る必要がある為、そもそも満点を取るようなテストではない。
しかし、俺はこういった暗記テストは得意だった。一度見ただけで完璧に覚えられるような都合の良い頭では無いが、ある程度は覚えることが出来る。
だから、一通り問題に目を通してから答えを書き写していくという芸当ができる。つまり、いくらかの問題を見て、導いた答えを一気に解答用紙に写していくのだ。
これにより、『問題を見て、答えを導いて、それを解答用紙に書く』という一連の流れを減らし、時間の大幅な短縮ができる。時間に余裕ができれば心にも余裕ができる為、後は脳味噌に染み付いた知識を絞り出していくだけだ。
結果として俺は満点を取れた訳だが、誰だってやり方を考えればできなくもない。
「いやー、君がそんな度胸のある男だとは思わなかったよ。私もまだまだ人を見る目に欠けているようだね」
この状況においても冷静な神咲先生は、笑いを堪える様に、口元に拳を当てている。つくづく教師らしからぬ人だと思わされる。
「神崎先生。つい先程入学式が終了しました」
「え?」
先生の驚きの声を皮切りに、発言した女子生徒以外が前方のモニターへ視線を移す。どうやら真面目に聞いていたのは彼女だけらしい。
二分も話していなかった筈だから、相当早く話が終わったのだろう。
「済まなかった。話に没頭し過ぎてしまったようだ」
「いえ、対して重要な話では無かったので構いません。それに、私も途中から集中力が欠けてしまっていたので」
後ろを見ると、金髪の少女が微笑みかけてきた。この前すれ違った子らしい。自らは特に気にしていないように振る舞い、尚且つ自分も非があるかのように補足する。
容姿といい言葉遣いといい、お嬢様風の上品さが感じられる。
「まあ、ここは三崎君のご好意に甘えさせて頂こう。しばらくしたら最初の授業が始まる筈だ。外で実技だから準備をしておきたまえ。着替えは要らん」
急に教師らしき態度に変わった神咲先生は、足早に教室を去って行った。相変わらず適当な感じだが、何事もきちっとしたがる堅物よりかはマシだろう。
まあ、しばらくするともう1度実技試験があり、その結果次第でクラスが変更されるのだが......
「一時間目は外で実技か......気が早いんじゃないのか?」
などと不平不満を口にして頬杖をついていると、後ろから肩を叩かれた。あまりに強く叩いてくるものだから、肩が痺れてしまったらしく。余韻がまだ残っている。
「何か用ですか?」
平静を装って、ゆっくりと振り向く。そして、俺の目線の先にあったのは小柄な少女だった。その少女は満面の笑みでこちらを見ている。
「え、ええと......次の授業が、実技ってことは知ってる......よね? そ、そのことについて聞きたいんだけど......」
言葉が途切れ途切れで聞こえてくる。向こうは、通信回線が混雑しているようだ。或いは、こちらの電波強度弱いのか。
「わ、私とペアを組んで......欲しいの」
「それは何故に?」
思わず早口で即答してしまう。今時、俺みたいな奴に話かける命知らずが存在しているとは思わなかった。特に何もする気は無いが。
「え......あ、や、夜縫君って何か強そう......だよね? 私は、弱いから」
思い切り足引っ張る気なのかよ。しかし、俺は魔法に関しては平凡だから、逆の可能性もある。
彼女は、栗色のショートヘアーを指で弄っており、豪快なファーストアタックが無かったかのように恥じらっている。
「ペアを組むかどうかより、その必要性を問いたい。俺は、ペアの云々の話は聞いたことないが」
「え? し、知らないの?」
「はい、知りません」
彼女は髪の毛弄りを止めて、顔を勢いよく近付けて来る。突然間を詰めて来ないで欲しい。心臓に悪い。
「先生が三次試験のときに言ってたじゃん。覚えていないの?」
先程までのラグ少女とは同一人物とは思えないほどに電波強度が強い。
あれは、演技だったのだろうか。だとすれば、驚き過ぎて素に戻ってしまった訳だ。
しかし、三次試験でとなると......
「俺が知らない訳だ」
栗毛の少女は、困ったように首を傾げる。今の彼女は笑顔を崩さない。そして、口元には笑みが浮かんでおり、沈む気配が無い。
「いや、俺は三次試験受けてないから」
「何ですと! あっ、もしかすると、噂のやる気の無い男子生徒ですか?」
「何故そうなるのかは分からないが、俺くらいしか該当者がいないな」
「......」
黙られると困る。そこまで顕著に態度を変える程のことだろうか?もしかして、三次試験受けてないのは、大きなディスアドバンテージになるのか?
ならば、神崎先生には多額の賠償金を支払わせることになりそうだ。それに、俺が三次試験を受けたくなくて帰った怠け者みたいになっている。よもや、彼女に裏切られたというのか。
「まあ、この話は保留ということで......さようなら」
そう言うと、彼女は駆け足で去って行った。あからさまに避けられると傷付くものだ。
名も知らぬ栗毛の少女がドアを強く打ち付けて駆け出して行く。滑らかにスライドするドアは、反動で全開になってしまう。
開けっ放しのドアを放心状態で眺めていると、椅子と床が擦れたときの耳障りな音が聞こえた。
「そろそろ貴方もグラウンドに行ったらどうかしら? 鍵は私が預かるから」
視線を少しずらすと、神々しいほどの金色の髪が目に入った。眉を八の字に曲げて、微笑んでいる。確か、先生が『三崎』と呼んでいた気がする。
もし、ずっと席に座っていたのなら、三崎さんは今のやり取りを見ていた筈だ。だったら、俺に対して少しは思う所があるのだろうか。そう思い口を開いた瞬間、
「私はそういうの気にしないわ。人には人の考えがあるもの」
それを察知した彼女に気遣われてしまう。しかし、不思議と言葉から憐れみなどは感じず、ただ、自分の考えを述べているだけだと言いそうな雰囲気まである。
まあ、そもそも俺は自分の考えでそうした訳ではないから、どう思われようが気にする必要が無い。
「そうか......じゃあ、もう他に生徒はいないから俺がやっておくよ」
「ふっ、余計なお世話よ」
席を立った三崎さんは、髪をなびかせてドアに向かって歩き出す。既に開いているドアに片手を添えて、「早く出なさい」とばかりにもう片方で手招きする。
俺は、できるだけ早足でドアを通り抜けた。
「そう言えば夜縫君、さっきのペアの話だけど......」
下へ降りる階段へ足を向けた直後に、三崎さんが、思い出したかのように呼びかけてくる。顔だけ後ろに回して、話の続きを待つ。
「私と組んでみないかしら?」
「え? 俺が君と?」
予想だにしなかった事態に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。まさか、彼女がここまで友好的に接してくるとは思わなかった。
「私ってこれでも自信過剰なのよ。貴方にとって足でまといにはならないわ」
「いや、俺が足でまといになる可能性を考慮した方が良いと思うんだが」
「あら、もしかして貴方は私の邪魔をする程の馬鹿なのかしら?」
流石にそんなクズでは無い。俺はいざというときには何もしない男だ。
「まあ......いいんじゃないかな?えっと、三崎さんだっけ?」
「そう、名前は柑菜よ。こちらこそ宜しくね」
俺が差し出した手を、力強く握り返してきた。白くて細長い指が手の甲に沈む。意外と力が強く、思わず手を引っ込めてしまう。
そんな俺の様子を見て面白がるように、三崎さんは口に手を当てて微笑む。
「それじゃあ、私は鍵を預けてから来るわ。貴方は先に出ておいて頂戴」
「ああ、先に失礼するよ」
俺は小さく頷いてから、気持ち早めに昇降口へと向かう。
「果たして、あれほど簡単に決めてしまって良かったのだろうか」
先から思っていたことだが、三崎さんとは1度だけ保健室で会っている筈だ。転移装置を入れ替わりで入ったときに、横目で見た印象と似通っている。まあ、双子とかがいない限りは確実に同一人物だろう。
しかし、もしそうならば、彼女は俺が三次試験を受けずに帰ったことを知っている。転移装置で戻る所を見ていたからだ。
ということは、三崎さんが俺をやる気の無い生徒と称して広めた可能性が大きくなる。彼女以外に、確信を持ってその事実を言える者はいない。
そもそも、神崎先生が俺のことをそういった可能性もあるのだが......考えてみると、こちらの方が現実味のある話だ。あの性格からして、腹癒せに泥をかける程度のことはやりそうである。
「まあ、見るからに聖人の三崎さんが犯人である可能性なんてゼロに近い訳だけど」
階段を下りながら自らの思考にツッコミを入れる。段差がなだらかな為、一つ飛ばしで下りても何ら違和感を覚えない。
一階の廊下は物音一つせず、俺のスリッパと床がぶつかり合う音だけが響いていた。案の定、下駄箱では俺と三崎さん以外の靴は全て無くなっている。
グラウンドの方を見ると、既に殆どの生徒が整列を終えていた。学年合同での授業だから、遅れないように急いで来たのだろう。
「これはゆっくりしてる暇なんて無かったな」
そう言ってグラウンドへと駆け出して行く。
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