1350ccの魔導書さえあれば何とかなりそうです
@morsu
第1話 俺のテスト結果は中々のようです
「まあまあね」
どうやって座ったのか分からない程の高い椅子から、先生らしき人物が1枚の紙を見せて来た。
『魔法適性検査の結果、夜縫十夜様の魔法属性は風。また、クラスはBとなっています』と評されているが、今の所良く理解出来ていない。クラスがBだと言われても、基準と上限を指し示してくれなければ反応が難しいのだ。
そして、さらに訳の分からない固有名詞が書かれている。
「......『特異能力は不明』と書いてありますけど、特異能力が何か聞いてもいいですか?」
「ああ、それか。まあ、簡単に言えば『精神の具現化』ね。いや、『性格の実体化』とでも言おうか......兎に角、持ち主の肉体が現されたものが魔法属性だとすると、精神が現されたものが固有能力となる訳よ」
つまり、それが不明な俺はどうなるのか。
もし、特異能力が精神の現れならば、俺は余程特殊な性格ということになる。しかし、『不明』という能力が存在している可能性もある。さらに言えば、実は俺が高度な知能を持つアンドロイドで、人の心が無い為に測定出来なかった可能性もある。ロシアでは、人との日常的な会話が成立するアンドロイドが開発されているらしいが......流石に、完全な人体は再現出来ない筈だ。だから、少なくとも俺は、アンドロイドではない。
「不明って言っても、特異能力は少なくとも4桁はあるらしいから、毎年1人か2人はあんたみたいな奴がいるのよ。まあ、基本的に使えない能力ばかりだったんだけど......」
「藤宮海人がその常識を覆した訳だ」
去年、魔道士学園三年生にして今だに特異能力が『不明』だった藤宮海人は、八月末に突然覚醒する。『消滅』という魔力そのものを消し去る魔法は、彼を史上最強の魔道士にまで押し上げた。
魔力とは一般に魔素の集合体のことを指しており、魔素というのは魔法を発動させる為に必要なエネルギーである。そして魔法は魔力を状態変化させたもので、構成する物質は魔素だけだ。
だから、それを完全に消滅させる彼の魔法は対魔導士最強の魔法と言っても過言では無いだろう。
しかし、能力覚醒以降の藤宮は性格が豹変して異常な程攻撃的になり、同級生を数人病院送りにしている。その後更生し、今ではその力を買われて最年少で国家直属の軍に所属しているらしい。
「そうね、確かに藤宮の力は常識外れね。以前は、『神剣』『神壁』『神速』の三大奥義が魔法界では最強で、その事実は揺るがなかった。それも今じゃ『消滅』で全て無力化されてしまう......まさにチートよ」
先生は、憂鬱そうな表情で顔を伏せる。そして、今にも椅子から落ちてしまいそうな程に前屈みになり、静かに溜め息を吐く。
「まあ、それだけ強大な力には代償が伴う筈だから、本人には相当なダメージが蓄積しているだろう。ナナフシになってくたばればいいのに......」
訳の分からない愚痴の途中で突然だが、人を容姿や口調から主観的に判断するのは良くないと思う。しかし、客観的に見ても恐らくこれは子供だろう。先から気にはなってはいた。どう見ても彼女は十歳程度の少女なのだ。
それは、先生が、おそらく限界ギリギリまで伸ばしたであろう椅子から飛び降りた時に判明した。目測ではあるが、140cm程の身長しか無い。
「一先ず俺はこの後何をすればいいですか? ......先生」
「ん? まあそうね。露骨に何かを察したように見えたのはスルーしておいてあげる。取り敢えず奥の転移装置を使いなさい」
「はあ、分かりました」
先生が指差した先に、青いオーラを放つ白いカプセルがあった。横目で彼女を見ると、眉間には深い皺が刻み込まれている。
俺に子供だと思われたことがそんなに気に食わなかったのだろうか。
「せいぜい一年は生き延びることね。それが出来れば、一生金に不自由しない裕福な暮らしができる筈よ」
「......努力させていただきます」
俺が転移装置に歩み寄り手をかざすと、壁が消えた。中に入って立ち止まると、幼女先生の方を見る。
「さっさと行け、邪魔だ」
彼女の機嫌はまだ直っていないらしい。壁が完全に再生成される瞬間までこちらを睨み付けていた。
転移装置の中はこれといって特筆すべき点は無く。あえて言うならば、何も無いという点だろう。ただ、俺の前に『魔導学園に転移しますか?』と映し出された青色の液晶パネルがあるだけだ。
「『はい』しか押せないなら、わざわざこんなことしなくてもいいだろうに」
文句を吐きながらも、転移前の心の準備を整える為の処置だと自分を納得させて『はい』を押す。
一瞬だけ周りが強い光に包まれたかと思うと、いつの間にか別の場所に立っていた。
「ようこそ、魔導学園へ」
白衣を着た黒髪ロングの女性が、低めの声で歓迎してくれた。今回は子供ではないようだ。
「取り敢えずそこのソファーに腰掛けてくれないか?」
彼女はそう言って、自らの座っている所の向かいにある高級そうなソファーを指差した。
その場所へ歩いて行く途中で、いくらかベッドが目に入る。おそらく、ここは『魔導学園』の保健室に当たる場所だろう。
何故、ここを選んだのかは疑問ではあるが......
「自己紹介をしておこう。私は神咲咲だ」
「俺は、夜縫十夜です。どうでもいいですけど、読みは『とうや』ではなく『とおや』になっています」
どちらで呼ばれても気にならないが、一応初対面の人には伝えておくことにしている。特に意味は無い。
「さて、予定通り君は三次試験を受けることになるのだが......君の場合は別にわざわざ受ける必要は無い」
「......つまり、どれだけ良い点を取っても不合格という訳ですか?」
「いやいや、そんな筈が無いだろう。全くの逆だ。君は昨日の筆記試験で満点を取ったことで合格が確定している。だから、君はそのまま帰ってもらいたい。」
合格しているから帰れと言うのか。それはあまりにも強引過ぎる話だ。まあ、早く帰りたい俺にとってはこの場合は素直に喜ぶべきなのだろうが、どうもそれだけの理由では無い気がする。
普通の教師ならば、例え合格が確定していたとしても試験が完全に終了する前にそれを本人に伝えることは有り得ない。その筈が、点数まで言ってしまうあたり、明らかに尋常じゃない。
学園側の判断では無いだろうから、俺の目の前にいる先生の独断か、もしくは何か私情が絡んでいるのかだろう。
「まあ、人間なら誰しも疑いたくなるだろう。何故そんなことを自分に言ったのかと、何か裏があるのではないかと、疑問は尽きない筈だ」
「それはそうですけど......これって、大体教えてもらえないパターンですよね」
「いや、別に隠す必要は無いから教えても構わんが......ええと、簡単に言えば知人に対する当てつけだ」
どうやら、思い切り私情が絡んでいるようだ。それどころか、私怨である。
話の流れからして、その知人は俺と同じ新入生だろうから、正直な所あまり関わりたくない。当てつけの詳しい内容は知らないが、もし俺が協力者だと発覚したら厄介なことになりそうだ。
とはいえ、そもそもこの理由が嘘の可能性もある。丁重にお断りさせて頂くべきだが、ある意味、これはチャンスかもしれない。相手もそう簡単に俺が引き受けてくれるとは思わないはずだから、何かしらの取引材料を用意している筈である。
つまり、それをこちらの利益になるように働きかければ、何の問題も無い。
「それは、俺にとっては何のメリットも無いですよね。まさか何も言わずに従ってくれるとは思ってはいませんよね」
「当然だ。私もそれなりの準備をしてきている。出来る限りで君の願いを叶えることもできる」
意外と言うべきか、少々食い気味で話し出す。一見クールな人だから、ここまで必死になるとは思わなかった。一体どれ程の恨みがその知人にあるのだろうか。
「何なら、どうして俺が三次試験を辞退することで、知人に対する当てつけになるのかを聞きたいですね」
「......そんなことで良いのか? この状況で遠慮する必要は無いと思うがな」
「いえ、早く帰れるなら元々そうしたかったですし、俺が今知りたいことは先生しか知らないでしょうから」
まあ、それらしいことを言っているが、ただ即座に他のものが思いつかなかっただけである。それに、特に欲しいものや知りたいことがなかった訳だから、何でも良かった。
神崎先生は、腕を組んでソファーの背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。
あまりに凝視するものだから、天井に何か書いてあるのかと思ってしまう。実際に、上を向いてみても、薄い肌色が目に入るだけだった。
「まあ、私から提案したことだし、話さない訳にはいかないな」
神崎先生は覚悟を決めたかのように、おもむろに瞼を閉じる。
しばらくして、さっき思い出したかのように腕時計を見る。
そして、
「済まないが、そろそろ次が来るようだ。今ここで君が帰る所を見られてしまうと厄介なことになりそうだから、さっさと済ませてしまおうか。時の流れとは無慈悲なものだね。君との約束を果たせそうになくて残念だよ」
と、芝居がかった口調で、あたかも「本当は話したかった」かのように長文で捲し立てる。
「まあ、どうせ学校で顔を合わせることは多々あるでしょうから、その時にでも聞かせてもらいますかね」
「是非そうしてくれて構わない。入学してすぐに分かるだろうがな......兎に角、この封筒を持って、今すぐ帰ってくれ」
先生は、棚から分厚い封筒を取り出した。『重要』と書かれた付箋が貼ってある。
「それは、帰り道で捨ててくれて構わない」
「ゴミ箱ありますか?」
「そこだ」
先生が指差す方向には使われた気配の無いゴミ箱があった。
「新品ですか?」
「いや、いつもゴミは窓から捨ててるからだと思うぞ」
「それは流石に駄目でしょう」
男と間違われても仕方が無いと思えてしまう程の雑さである。いや、男でさえゴミを窓から捨てるだなんて迷惑行為をしない。
「そんなことより、早く帰れ。受験者と鉢合わせになったらどうするつもりだ?」
神崎先生が、いつの間にか淹れた珈琲を飲みながら手を払うような仕草をする。
何だか、扱いが適当というか雑だ。これでは、俺が「お前は邪魔だからさっさと帰れ」と説教されているように感じてしまう。
そんな時、少しだけ仕返しをしてみたくなるのは仕方の無いことだ。
「あー、靴紐が緩んでいるぞー。これは早く結ばないと転んじゃうなー」
清々しい程の棒読みで、緩んでいないどころか、そもそも存在していない靴紐を結ぶふりをする。
「ああ! もう転送が始まっているじゃないか。早く帰れ!」
そう言って先生は、俺の尻を思い切り蹴り上げる。
ハイヒールを履いているのだろう。金属バットで殴られたような感覚に一瞬陥ってしまった。反動で立ち上がった俺は、その勢いのまま良く見るとゆで卵のような転移装置に向かう。
その途中、背の高い金髪少女とすれ違った。転移後だからか、眩し過ぎて思わず目を細めてしまう程のオーラを身に纏っていた。顔は良く見えなかったが、恐らくハーフだろう。純粋な外国人は母国以外の『魔道学園』には入れない筈だから。
気が付くと俺は転移装置の中に入っていた。あまりのオーラに見とれてしまったらしい。視線の先には、二つの青色の液晶パネルが浮かんでいる。
俺は、『正門前に転移しますか?』と書かれた所の下にある『はい』を押す。白い光に包まれたかと思うと、振り向けば西洋風の巨大な学園が見える正門前に着いていた。
転移装置というのは、仕組みは分からないがとても便利な機械のようだ。最早乗り物なんて要らない。
それにしても、随分と早く出てこれたものだ。昨日の筆記試験では、5時間近く監禁状態にあっていたと言っても過言では無いというのに......今日の場合は、30分程度寝た状態で魔法適性検査を受け、その後も30分程度話をしただけである。
「はあ、一体俺は何をしに来たんだか」
俺は大きく欠伸をしてから、家路に就いた。
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