第3話 ゴミ捨て場の悪魔アモン
エレベータに乗って、縦横をじぐざぐと移動しながら、未完都市の外に出た。まだ正式には追放されていないが、追放される前に自分から出てやった。
生まれて初めて出る未完都市の外の街は、澄んだ青空の下に荒涼と広がっていた。ゴミ捨て場に無料バスで移動した。どこかでD5001と連絡がとれるかもしれないと、何度もネットに接続したが、無駄に終わった。
悪魔アモンの家は、バス停になっているくらいわかりやすいところにあった。
何の液体かもわからない化学廃棄物の溜まったところに、悪魔アモンの家はあった。
ずいぶんと、安っぽいところにいるものだと夢野修理は思った。
薄い金属板のドアを開けて、中に入った。
「お客さんだな。規格外かい?」
規格外とはぼくのことだろうか、と夢野修理は思った。
「規格外は好んで我のところを訪れる。どうせ、おまえも規格外なんだろう」
悪魔アモンは、天井まで届くくらい高い背丈で、大きな体をしていた。黒い肌の筋肉隆々なたくましい人型の体に怖いくらい鋭い眼をした大きな口の姿をしていた。
「あんたは何者だ。悪魔アモン?」
「さあ、我は何者だろうなあ、規格外よ。我は、人工的につくられたプログラムにすぎんが、この体は人工生物で、電脳を搭載しているんで、我のプログラムをダウンロードしてあるのだが、我とは、プログラムであるのはまちがいないのだ」
悪魔アモンは、座っていた椅子から立ち上がった。椅子に座っていても、天井まで頭が届いていたから、立ち上がると、天井を覆うように夢野修理の上に巨体が伸びてきた。
「我は、管理コンピュータ<神名のり>が解決できない問題を処理するゴミ捨て場の思考であり、その根絶を目指す哲学者だ」
「哲学者のプログラムって何だ?」
「人類もコンピュータも、ただひとつの真理すら知ることはない。人類が知り、コンピュータが計算している現象は、真理とは微妙にズレた真理の近似にすぎない。誰一人、恋愛の正解を知らず、正義の正解を知らず、真理の正解を知らない。正解にたどりつけないことがわかっていたプログラマたちは、真理を知らないことを前提に管理コンピュータ<神名のり>を作った。真理とは、存在するかを確かめることもできない想像上のものであり、管理コンピュータはできるかぎり空想上の真理に近づくように、自己プログラムを規格更新する。真理は、あくまでも空想上のものだが、これに近づくように規格更新することになっている。その結果、真理に近づいたのかどうかははっきりしない」
「それは、子供の頃、授業で習ったような」
悪魔アモンは笑った。がんがん頭に響く笑い声だった。
「この正解を知らないコンピュータが、戦争を管理し、どちらが正義なのかを決めているのだぞ。正義の正解を知らないのに。どう思う。どう思うよ、若者よ」
悪魔アモンが顔を夢野修理に近づけた。今にもくっつきそうなくらい近い。
「この正解を知らないコンピュータが、恋愛を管理し、全人類の生殖を司っているのだぞ。狂っているのか? 狂っているのか、人類は?」
がはははははは、と悪魔アモンが笑う。
夢野修理はただ圧倒されていた。
「そうやって、正解を踏み外した規格外の欠陥品をどうするか考えるのが我の役目だ。我は悪魔アモン。正統なる人類管理コンピュータプログラム群のひとつだ」
「規格外はどうなるの?」
夢野修理は恐怖を感じて、恐る恐る声を出した。答えはわかっているような気がした。どうせ、規格外に幸せな日常などない。このプログラムは悪魔なのだ。
「例えば、戦争で、どちらが正しかったのかわからなかった結果、あそこで森田旧作と森田新作がやってきた。どちらが正しいかを決めろと、管理コンピュータが我に命令する。しかし、我にはどちらが正しいかわからない。我にわからないことは管理コンピュータは承知の上だ。だが、どちらが正しいかを決める決定権は我に与えられたことになる。そして、我は、どちらを応援する気にもならんから、森田旧作と森田新作を毎日、喧嘩させておる。二人は、あそこで、ほら、窓の外に見えるあそこで、毎日喧嘩しておる。ただそれだけだ。こういったくだらないゴミがここには山ほどたまっている」
悪魔アモンは、体をぐっと引いた。
「規格外はそのようになる」
悪魔アモンがためらいがちにことばを発した。
「ぼくをどうする気?」
夢野修理が聞くと、悪魔アモンはにやっと笑った。
「おまえには手がかりがひとつ残っているだろう。おまえの作品を読んでいたたった一人の閲覧者だ。その閲覧者がもし本当に管理コンピュータの作った作品より面白いと思ったのなら」
「思ったのなら?」
「わからん。もし、そうなら、おまえは幸せになるべきだろう。大金持ちになり、いい女と一緒になり、子孫を残すべきだ。だが、もし、面白くなかったのなら、おそらくこちらの可能性が高いが、おまえはただの欠陥品だ。なぜ欠陥なのかを調べるために研究所の披験体になるべきだろう」
「ぼくの読者がわかるかい?」
「我には、わからない。だが、蝶の君を訪ねよ。蝶の君は、おまえのような偏屈な男の書きものを好んで読んでいる。もしかしたら、蝶の君かもしれん」
「蝶の君って、誰だ?」
「蝶に乗った女の人だ。いつも蝶に乗っているので、蝶の君といわれている」
「どこにいるの?」
「街路樹のどこかだな」
そして、ぼくは街路樹を一本一本、見てまわる労働を課せられた。
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