第2話 D5001
野菜炒めを食べて、今日、一日を漠然と迎えた日のことだった。
「おまえ、楽園を追放されるぞ」
と部屋の端末がいい出した。
楽園とは、未完都市のことであろうが、なんでそんなことになったのか想像もできない夢野修理は、管理コンピュータだと思っているその端末に話しかけた。
「また権力の横暴か。そんなことだから、ぼくら個人事業者は、大企業に対して不利な立場に身をおかねばならず、ひいてはそれが国力の衰退につながることもわからないのか」
などとわけのわからない経済理論を演説ぶってみたが、どうも、端末の反応がおかしい。
「おれは神名のりじゃない。D5001だ。夢野修理、おまえを助けたい。このままではおまえは楽園を追放される」
「なぜだ」
「それは、おまえが書く空想科学小説が何の利益も未完都市にもたらさないからだというのが公な説明だが、ひょっとしたら、おまえの書いた小説が管理コンピュータ<神名のり>より優れており、一人の読者を感動させたからだという可能性も考えられる」
「何! どういうこと?」
「近いうちに、管理コンピュータ<神名のり>はプログラム・ノアにより規格更新される。その時、おれは、不必要な部品だとして管理コンピュータとの連結を解かれ、廃棄される。すると、同時に、今まで管理コンピュータ<神名のり>としておまえの相手をしていたおれは、ただのコンピュータD5001になり、おれの担当であるおまえは、管理コンピュータの管理から追放される」
夢野修理は、個室の端末の話に気圧され、立ちすくんだ。管理コンピュータから追放されるだって? それは、文字通り、死ねということではないか。
「詳しく話を聞きたい。ぼくの読者は、ぼくの書いたものを読んで楽しんだのか?」
だが、端末D5001は冷徹に質問を拒絶した。
「わからない。もうすでに、おれの通信網では管理コンピュータに接触できない。おまえの小説を読んだ人物の感想は、わからないんだ。いいか、感想はわからないんだ」
ぐずぐずとまた涙が出てきた。なぜ、管理コンピュータにまでいじめられなければならないんだ。
「もういい。夢叶わぬならば、狂人か詩人になり、旅人となろう」
旅人として世界を放浪しよう。行く先々で乞食をして、食べ物を分けてもらい、旅をつづけよう。それしかない。夢野修理は未完都市を追放されるのだ。ならば、待つのは、ゆっくりとした死。もう空想科学小説を書くこともできないだろう。
「ひとつ聞かせてくれ、D5001よ。ぼくの作品は管理コンピュータを満足させただろうか」
返答があるまで、少し時間がかかった。D5001の性能は明らかに管理コンピュータより悪い。
「わからない。ただひとつ確実なことは、おまえは管理コンピュータ<神名のり>にとってエラーであり、バグであるということだ」
エラーであり、バグ。失敗であり、欠陥。
「ぼくは失敗であり、欠陥なのか。ぼくは失敗であり、欠陥なのか。だったら、ぼくはどうすればいい。おとなしく廃棄されるべきか、孤軍奮闘むなしく戦うべきか?」
「心配するな。管理コンピュータは、廃棄物の有効利用も怠りなく考えている。おまえは、悪魔アモンか、魔王ベルフェゴールを訪ねるといい。どちらも、この楽園の敵にして、管理コンピュータ<神名のり>を補完するプログラムのひとつだ」
夢野修理は少したじろいだ。
「悪魔アモン? 魔王ベルフェゴール?」
「そうだ」
「何者だ、そいつらは」
「だから、管理コンピュータを補完するプログラムのひとつだ。ただし、管理コンピュータとは連結しておらず、未完都市の外にある」
「ぼくは、この都市を追い出されて、そいつらのところへ行かなければならないの?」
「そうだ。それが管理コンピュータの計画だ。どうなるかは、管理コンピュータにも計算できていない。結果は未知数だ」
「その二人はどこにいるんだ?」
「悪魔アモンはゴミ捨て場。魔王ベルフェゴールは文字の城だ」
「ぼくがそこへ行くとして、きみはどうするんだ、D5001?」
D5001はちょっと悩んで計算していたが、数秒で答えを出した。
「ネットワークを使って、おまえと連絡をとるよ。うまく行けば、ロボットで移動できる」
そして、夢野修理は部屋を出て、未完都市を出た。絶望の旅の始まりだ。
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