第9話桃太郎

 東海の磯の沖の小島の、また沖に鬼ヶ島という小島があったとさ。そして、その鬼ヶ島にはタヌキが鬼に化けて住んでいたとさ。

 なにしろ本物の鬼は桃太郎が滅ぼしていたから、今ではタヌキ鬼に化けて、隣国からの侵略に備えていたとさ。

 特殊な島だけど、最初の間はタヌキが化けた鬼も平和で静かに暮らしていた。

 ところが、ある時、ええじゃないか、ええじゃないかという唄が流行りだし、風紀が乱れ始めた。

 「ええじゃないか。ええじゃないか」

 鬼たちは、この意味不明な唄が、やけに気に入った。

 ところが、この唄がはやると同時に、どんな仕事もうまくいかなくなった。

 大事故が発生したり、鬼同士の間で諍いが増えたりとかが続いた。

 たとえば工事中の公民館が潰れたり、完成して間もないばかりの道路が崩れたり。もちろん普通の鬼たちが死んだり、大怪我をしたりとするという始末だった。

 もちろん警察も調査に入るが、原因が掴めなかった。

 諍いと言えば、他の鬼が自分の女房を寝取ったとかいう話が増えた。

 だが、このような時にも、何処かもなく「ええじゃないか。ええじゃないか」という歌声が始まり、鬼たちは、すぐに難しいことを忘れた。

 それでも放っておけないと東海の磯の小島に住む長老は密かに考えた。何しろ鬼ヶ島がおかしくなれば、東海の磯の小島に敵が押し寄せてくる恐れもある。

 そこで知恵も勇気もあり、しかも目もよく見え、耳もよく聞こえる勇敢な桃太郎に、再び鬼ヶ島に行って貰おうということになった。

 雇われた桃太郎は、昔のように鬼ヶ島に一緒に行ってくれる者を吉備団子で募った。

 雉は年を取っていたが、喜んでお供ををしようと申し出た。

 犬は例のカニを工事中に殺したという冤罪に問われ、監獄に閉じこめられていた。

 猿は高い報酬を条件に、一緒に行ってやると申し出てくれた。

 桃太郎は最初から猿の態度がおかしいと感じたが、年を取った雉や犬が参加出来ないので、やむを得ないと思い、連れて行くことにした。

 こんなすったもんだの末、桃太郎たちは小さな船に乗り、エッチラホーエッチラホーと櫓を漕ぎ、荒波を乗り越えて、鬼ヶ島にたどり着いた。

 

 鬼ヶ島に着いた桃太郎は一生懸命に混乱の原因を掴もうとした。桃太郎にとって難しいことではなかった。

 桃太郎の優しい人柄に、辛い思いをしている多くの鬼たちが密かに近付いて来た。

 ある乱暴な鬼が島を引っ掻き回していた。

 相手は工事の現場監督をする赤鬼だったが、彼は腕力に物を言わせ、現場で働く若い鬼たちから半ば強制的に金は借りて、ギャンブルにうつつは抜かすなどして島中の鬼たちに大変な迷惑をかけていた。

 ところが侵略者の備える島には、このような乱暴者が必要だと目をつぶっていた。

 また村人たちも、ことが白日に晒されると、これまでせしめてきた保険金も返却をさせられると言う赤鬼の言葉に口を閉ざした。

 桃太郎の耳にも、ひそかに噂は聞こえてきたが、脅かされる若い鬼たちも内心、色々と考えることがあるものだから、口を閉ざしていた。

 彼が仕事を失えば、金が取り返すことも出来なくなってしまうと。

 何しろ返済を迫ると、「返す。返す。でも金を返す時期は約束していなかったはずだと言い逃れながら、別の若い鬼を騙しながら、雀の涙ほどの僅かな金額を返済し続けていた。

 

 そのような最中に、乱暴な鬼が漏らす傍若無人な言葉で妻に愛想を尽かされて逃げられたとか。同じような理由で仕事を失ったとかいう苦情が桃太郎の元に寄せられた。

 しかし彼らも表だって乱暴な鬼と対決する勇気はなかった。

 おまけに、その乱暴な鬼の妻が桃太郎の部下として書類整理などを手伝っていた。

 桃太郎が頭が痛いもう一つの事情があった。

 それは同じ事務所にいるもう一人の若い女鬼のことだった。

 本人は何も気付かず毎日を楽しそうに過ごしていたが、周囲の若い男鬼は仕事に集中出来なくなっていると桃太郎は思った。

 とにかく、彼女を静かにさせようと桃太郎は思った。

 若い女鬼と男鬼の双方からも恨まれることもなりかねないと恐れながらも、桃太郎は自分には責任があると覚悟を決めた。

 年取った雉は、用心するように忠告した。一緒に上陸した雉は桃太郎が、何とかそのようなことに口を挟まないで済むようにと心を砕いたが、打つ手はなかった。

 それなり鬼ヶ島での地位も高いし、高等教育を受け教養もある。

 話したら解るだろうと思ったが、飛んでもないことになった。

 若い女鬼は、父鬼の相談したところ、父鬼は結婚前の娘が恥をかかさられたと激怒して、そして普段から猿が桃太郎に対し反抗的であることを知っていたものだから、猿に訴えた。

 猿はこれは桃太郎の足を引っ張るにはためには、とっても美味しい話だと大騒ぎを始めた。

 彼女はセクハラだ、セクハラだ、セクハラ上司だと叫んで回った。噂を聞き付けた若い赤鬼たちも、それに仰合し、「セクハラ上司だ。セクハラ上司だ」と彼女に一緒に唄った。

 しかし、このような妨害行動の中で、桃太郎は一所懸命に頑張った。その甲斐もあり、島は静かになりつつあった。

 ところが例の質の悪い鬼が、親戚筋にあたるポンポコ山の豆ダヌキに救いを求めた。

 もともと、例の豆タヌキは、正義漢面する桃太郎をよく思っていなかった。

 それで何はともあれと、鬼ヶ島に子分のスカンクを連れ駆けつけたて来た。

 スカンクなどは、世紀末で自分の仕事に大きく関わる原子力発電が世紀末のコンピュータの誤作動で暴走するのではないかと心配して、固唾を飲んで見守っている最中なのに、タヌキの誘いにホイホイと乗ってやって来た。

 まず、密かに桃太郎の噂を島中に流した。

 桃太郎はとんでもない臆病者で出来損ないだとか、そのような噂を故意に流した。桃太郎たちの鬼ヶ島の鬼退治の時、実際に、鬼を退治したのは猿だったと。

 桃太郎は団扇を振り、ご託を述べただけだったと。

 ところが猿は恐ろしい鬼に勇敢に立ち向かい、鋭い爪で鬼の目を潰し、鬼を懲らしめた。

 雉はスパイに過ぎない。犬などはワンワンと吠えただけだった」

 その噂を聞いて猿はもちろん密かに喜んだ。

 その噂が島中に十分に広がった頃、豆タヌキとスカンクは桃太郎を訪れ、密かに脅しをかけた。

 「これ以上、工事現場の監督をする鬼の邪魔をするような真似をすると承知しないぞと。ますます噂を広げてやる」と。

 桃太郎は、豆タヌキのの申し出に逆に怒った。

 すると豆タヌキは、桃太郎が子供の頃の話や役所が保管する人事上の秘密を漏らし始めた。

 たとえば、桃太郎が生まれも定かでない私生児として扱われているとか。若い頃は、どうしようもない腕白者で、学校の成績はビリだったとか。

 

 豆タヌキやスカンクの妨害行動が激しくなる時にも桃太郎は工事現場に出掛けていった。

 そして、工事現場を見て回った。

 そして、「これは危ないから、中止した方がいいと言った」

 すると珍しく仕事をしていたあの質の悪い現場監督の赤鬼が言った。

 「現場を知らないから、そんなことを言うんだ」と。

 そばにいた豆ダヌキとスカンクも声を上げた。

 「そうだ、そうだ。関係のないよそ者は口を出すな。

 みんなで仲良くしているのだ」と。

 質の悪い赤鬼は桃太郎の動きを察知していて、何らかの機会に足を引っ張ろうと考えていた。それで、その日はわざわざ現場に足を運んでいた。

 ところが雨が降った日に、桃太郎が言ったとおりに工事現場で大事故が起きて若い鬼が死んだ。

 しっこく借金の返済を迫っていた若い鬼たちが土砂の下敷きになって死んでしまったから、質の悪い赤鬼はしめたと思った。

 「残された遺族も保険が沢山入るから儲かったはずだ。鬼ヶ島もその保険金で潤うはずだ」と彼は言った。

 桃太郎は、赤鬼を糾弾しようとした。

 ところが、「管理責任を問うぞ」と豆ダヌキとスカンクが桃太郎の耳元で囁いた。

 「あの時、現場で指導したはずだ」と桃太郎が叫んだ。

 「ええ。そんなことがあったのかな。誰も聞いていないぞ」

 豆ダヌキは言った。周囲の者は全員、相槌を売った。

 「赤鬼が、嫌がるのを無理して作業をさせるのは見ていたけど」

 とスカンクと猿が言った。

 周囲の者は、少し首を傾げたが、口を堅く閉ざしていた。

 桃太郎はおむすび山で起きたカニやブルドックの件を思い出していた。

 「黙っていろ」

 豆ダヌキは桃太郎の迷いに突き刺すように小さな声で凄みを効かせて言った。

 

 その後の鬼ヶ島はどうなったかって。

 どうもならなかった。

 昔と同じように、ええじゃないか、ええじゃないかという唄が唄われ続けて、平和に過ごした。

 めでたし、めでたし。

 

 ええ、その後の桃太郎と雉がどうなかった知りたいと。

 鬼ヶ島で埋没して、鬼と同じく、ええじゃないか、ええじゃないかという唄っている姿を見掛けたという噂もあるし、鬼ヶ島で赤鬼や豆ダヌキの手で謀殺されたという噂もある。また、密かに鬼ヶ島を脱出したという噂があった。

 どの説が正しいかは読者諸君の判断に任せよう。

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