第8話猿蟹合戦

 昔、昔、ある所に、サルとカニが一個のおにぎりを奪い合い、砂浜で大喧嘩をしていたとさ。

 最初におにぎりを見付けたのはサルだったが、後からやって来たカニが砂浜にある物は全部自分の物だから、このおにぎりも自分のものだと言い張り、鋭い鋏をチョキンチョキンと振りまわし奪おうとしたとさ。

 サルは鋭い爪でカニの攻撃に応戦したとさ。

 

 時は現代。

 東海の磯の小島に三角形のおむすび山とまん丸いポンポコ山が並んであった。

 おむすび山にはサルとカニが住み、ポンポコ山にはタヌキとスカンクが住んでいた。二つの山の間には、磯に面した細い道が通じているだけだった。これでは、東海の磯の小島は、時代から取り残されてしまうということで、二つの山の頂上を横切る近代的な道を造ることになった。

 ところが工事を始めようとした時、おむすび山を大波が襲い、無惨にも、おむすび山は梅干しの赤い果肉が見えるまでに山は崩れ、山肌を覆っていた緑の海苔も流されてしまった。

 

 「海苔が取れてしまったおむすび山に道を造るのは無理だ。崩れて山裾の道まで壊し兼ねない。しばらく様子を見るべきだ。幸いなことに道を造るための土地を手を付けていない」

 とカニは言った。

 「こんな工事などブルドーザーが一台あれば、簡単に片付けることのできる。僕がブルドックからブルドーザーを借りて工事してもいい」とサルは言った。

 サルはおむすび山で生まれ育ち、もともと流れ者のカニが口を挟むことすら面白く思っていなかった。

 

 ところが悪いことにポンポコ山に住む豆ダヌキまでが、その争いを聞きつけた。

 彼は流れ者のカニがおむすび山で幸せな生活をしていることを面白く思っていなかった。あわよくばカニを殺し、妻と生まれたばかりの子供を喰ってやろうと狙っていた。それに実はタヌキはおむすび山に土地を持っていたが、その土地も大波で緑の海苔もろとも米粒も流されてしまい、現実には残っていず、台帳にだけ記載されていた。だから、カニとサルの諍いを聞きつけた豆ダヌキは、絶好の機会だと防毒マスクを被った子分のスカンクを連れて山を降りてきた。

 スカンクは横向きに歩くカニに常に目をつけて、何とか失敗の現場を探し大恥をかかせてやろうと思っていた。

 

 豆ダヌキの腹太鼓にあわせ、スカンクが防毒マスクを被り踊った。

 サルもつられて踊り始めた。

 「みんなでやれば、何も怖いことはない。

 みんなで言えば、怖いことはない。

 位階や階級など子供のオモチャのワッペンと同じにすぎない。能力もないのに。横歩きをする姿など滑稽すぎる」

 カニがあまりのことに、それは俺のことかと問いつめると、豆ダヌキはふざけて、恐縮する格好をし、滅相もないと答えたが、腹の中では笑っていた。

 そして、カニさん、あなたの息子も随分大きくなったね。足にも肉がつまり美味しそうだねと不気味な笑いを浮かべ、息子を喰ってやると匂わせた。

 そばにいるスカンクやサルはカニの怯える様子に見て、大笑いした。

 よそ者のカニは、その時までタヌキのことを数少ない親しい友人とばかり思っていたものだから、ショックで、それ以来、目も耳も、頭も潰れてしまった。

              

 「ポンポコ山出身者はこの指に集まれ」

 と最初、豆ダヌキは檄を飛ばしたが、思いの外、集まって来た者が少ないものだから、今度はポンポコ山周辺の山に住む者は集まれと豆ダヌキは豆ダヌキは檄を飛ばした。

 豆ダヌキの呼び掛けに応じ、普段から評判の悪い腹黒いカラスなどが集まってきた。

 

 サルはカニが五感が潰されている隙に豆ダヌキや有力者であるキツネと図って、勝手に工事を始めてしまった。

 カニもキツネが言うことには逆らえず、黙って従うしかなかった。

 

 ブルドーザーを持っているブルドックが雇われ、道路の建設工事を始めたが、工事はカニが言ったとおり難工事になり、一年経っても道路が出来る様子もなかった。

 おむすび山は完全に崩れ、おとなしい兎やリスも山に住めなくなってポンポコ山に避難した。

 カニは崖から落ちてくる米粒が道を塞がないように米粒を動かし続けた。カニは苦痛で口から泡を吹き、横歩きで米粒を動かし、スカンクはその姿が滑稽だと言って、また笑った。

 カニの苦労にも関わらず、唯一の道も頂上から落ちてくる米粒が道を塞ぎ、車も通れなくなった。

 豆ダヌキも木の葉をお金に変えることも出来る。キツネがお金を大量に作る機械を持っている。キツネが後盾についている以上、お金のことなど気にせず、いくらでもお金は準備できると考えていた。ところが、お金の量が増え、暮らしにくくなった磯の小島の熊やウサギやカエルが、おかしいぞと疑い始めた。

 そして、豆ダヌキ以外のタヌキ族まで疑問を抱き始めようにになった。

 不安になったキツネが豆ダヌキ、スカンク、サルもを集め、密談した。

 「カニを亡き者にし責任をすべて押し付けよう」という結論に四匹は達した。

 次の日、サルは四匹の申し合わせどおり、何気ないふりで工事現場のブルドックを訪ねた。

 「ねえ、ねえ。ブルドックさん、毎日のお仕事疲れるでしょう」

 とサルは気付かれないように、世間話をする恰好でカニに話かけた。

 「このままでは道は出来ません。山を削っても削っても、削る先から崩れていきます。本当に疲れますよ。 

 サルさんが現場に姿を現すのは初めてですよね。たまには現場で確認をお願いしたいものですね。給料を頂いていますから、愚痴はこぼしませんがね」

 とサルの心中など何も知らないブルドックは正直に答えた。

 サルは愛想笑いを浮かべて言った。

 「分かった。今日は僕が代わりに仕事をして上げますから、ゆっくり骨安めをしたら如何ですか。来る途中、あなたの子供たちが、子供たちだけで寂しく磯で遊んでいるのを見掛けましたよ」とサルは優しく言った。

 ブルドックはいつも仕事が忙しく、遊んでやれない子供のために新しい小舟を買い与えたが、気になっていたので、サルの申し出を喜んで受けた。

 実は彼は、まだ満足に泣けもしない道端に捨てられた子犬たちを拾い集めて、育てていた。


 カニはいつものように海岸沿いの道に落ちた米粒を道路の外に運び出すために出掛ける途中に、その二十四匹の子犬たちが、楽しそうに小舟を肩に担ぎ、砂浜に運び込もうとしていた。

 空模様が気になっていたので、子犬たちにカニは言葉を掛けた。

 「昼から海が荒れるぞ。海には出ない方がいいぞ」

 でもカニたちは、「大丈夫、大丈夫、お父さんに買って貰った最新式のボートだから」答えて、楽しそうに歩いていった。

 カニは、エンジンのことは分からなかった。 それ以上、口を挟む出来なかった。

海はカニの予想とおり大荒れになった。

 エンジンが故障した。

 カニは、強く子犬たちを止めることが出来なかった自分を責めながら追い掛けるが、船は沖に流され、「お父さん、お父さん。助けて」と叫ぶ子犬たちの声は次第にか細くなっていった。

 カニはすぐに異変に気付いたが、防毒マスクを被ったスカンクが現れ、彼の周囲で放屁して回った。

 カニはブルドックの子供を助けねばと焦ったが、あまりの臭さに鼻も目もつぶれ、口から泡を吹き出し気絶してしまった。

 気絶しかけたカニの上に追い打ちをかけるようにサルはブルドーザーでポンポコ山から大量の米粒を落としカニを埋めてしまった。

 カニは絶命する直前に豆ダヌキやスカンク、サルの腹黒い陰謀を悟ったが、後の祭りだった。

 豆ダヌキらの四匹は、密談したとおりカニを無事に亡き者に出来たことで大喜びした。

 そして四匹は口を揃えて言った。

 「よそ者のカニが強引に進めた仕事だ。

 現場を無視して、無理に進めるから無駄仕事になったのだ」と。


 あたり一面に濃い霧がかかり、沖の船の姿は見え隠れした。

 ブルドックは岸にかがり火を炊き、沖の子犬たちの不安を沈めようとするとともに、 「死なせるために君たちを厳しく育てた覚えはない。帰って来い。帰ってこい」と大声で吠え続けた。

 だが船は流され、見えなくなった。


 ブルドックは言うと、三日三晩、沖に流された子犬たちが心細い思いをしないようにと海岸で火を焚き続けたが、四日の朝、警察がやって来て、連れ去られた。カニの死が彼が落とした米粒が原因だということで業務上過失致死の疑いをかけられたのである。

 必死にサルが操作していたと訴えたが、豆ダヌキやキツネ、スカンクの三匹の証言でサルのかわりに罪に問われ投獄された。刑を終えて、出獄した時、ブルドックは自分の子犬たちが行方不明のままだということを知り、慟哭した。


 こういうことがあって犬と猿は犬猿の仲になった。

 カニの妻子もおむすび山を追われ、生まれたばかり赤子と一緒に流浪の旅に出たが、頼るすべもない地でのたれ死んだ。

 豆ダヌキは、やり直し工事で村に大きな補助金を持ち込んだ功績でポンポコ山の村長になった。

 サルやスカンク、キツネは退職金を頂き、多くの孫に恵まれ、気ままな恩給生活を楽しんだ。

 ウメボシの種だけになったおむすび山の頂上でカラスが歌っていた。

 「生き残るためには烏合の衆がいい。烏合の衆には転属もない。生活も安定している。カニが悪い。カニが悪いとみんなが言っている。みんなが言っている」と

 めでたし。めでたし。

 少年がうるさい、みんなとは一体誰だ、答えてみろとカラスに怒って石を投げた。

 窓ガラスが割れる鋭い音がした。

 カラスは人間の言葉で喋るのを止めて、カーカーと鳴いた。

 

 「もう閉館の時間ですよ」

 優しい声で目を覚ました。

 目の前に、赤いエプロンをかけた清掃作業の老女がほうきでガラスの破片を集めていた。

 その後ろに柔和な窓ガラスの下の子供たちに笑顔をで注意していた。

 周囲には客が残っていた。

 西日の中、窓の外に、夢から抜け出したような無数の烏が木の枝や電柱にとまり鳴いている。

 「こんなにカラスがうるさくては眠れないでしょうに。よほど疲れているんですね」と彼女は同情した。

 その日、僕は強い日差しを避け、青葉茂れる木立の中の図書館に足を踏み入れた。通い慣れた小さな図書館だったが、猿蟹合戦、ブンプク茶釜、石川啄木の歌集という陳列前の図書だけが並べられ書棚を見付けた。

 それから石川啄木の歌集「一握の砂」を読み始めたまでは記憶があるが、それ以降は途切れていた。

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