第7話奇妙な世界での出来事

 奇妙な世界に紛れ込んでしまったような違和感を感じることがある。ひどい迷路に迷い込んだような錯覚であり、人生とはこんなものではないはずだと思うのである。自己が住む世界や選択した職業など、すべての存在が遠い世界の出来事であり、自分とは関係のない世界のように思えるのである。

 多くの者は、このような奇妙な違和感を感じずにすむのだろうか。


 彼らは、悪意を込めて囁きあった。

 何であんな奴を取ったんだ。どんな意味があるのか。彼は沖縄に縁が深いのだ。沖縄の実情を暗黙の内に、認識させるために必要があるのだ。沖縄の海兵隊が射撃の転地演習を円滑を終わらせるためには必要なんだ。

 それが私の存在価値だった。

 それでも一年は、静かにしていた。ところが一年後に彼らの態度は急変した。

 私は孤立し、途方にくれる日が続いた。

 その時に、私は再び、書き始めた。

 露骨な姿ではなく、獣の物語としてである。

 彼らの態度が急変した理由は、後日に気付くことになったのであるが、丁度、二十代頃に散々、嫌な目に遭わされたあの男が私を追い越し、昇任していたのである。

それは彼らに私を苦しめても差し支えないと言う大義名分を与えたようである。

 それが分かるのは、丁度、一年、経ってからである。

    「キツネの嫁取り」




 昔々、森深い山の奥のあるところに銀色の美しい毛並みをした狐がいたとさ。

 その狐は悪い知恵が働き、おまけに異常な色狂いだったとさ。

 その狐がある日、思ったとさ。

 自分もそろそろ嫁御が欲しい。それも、どうせなら賢くて美しい人の娘を嫁御にしたいものだ。まともな方法では人の娘がキツネの元など嫁に来るはずがない。

 愚かな人間の手玉にとってやろうと考えたとさ。

 誰か適当な者はいないかと彼は周囲にいる人の顔を一人一人思い浮かべたとさ。


 「ああ、一人いる」

 狐は手をたたいて喜んだ。

 山のふもとに住む臆病で人の良い漁師の弥助だったら簡単に手玉にとるができると思った。

 狐は弥助に近づくために人に化けた。

 「あんたがた、どこさ。

 肥後さ。肥後どこさ。

 せんばさ」

 ちょうど、その時、狐の寝床のある峠の山道を旅支度をした弥助が飛び跳ねるように歌いながらやって来るのではないか。

 「せんば山には狸がおってさ。それを猟師が鉄砲で撃ってさ、焼いてさ、煮てさあ。食ってさぁ。ルンルンルン」という具合に歌いながらである。

 道にはシンシンと金色の雪のような光の粉が青い木立の間から降っていた。

 あまりの間の良さに銀キツネは狸に自分を化かそうとしているのでは疑ったほどである。

 でも考えてみれば、狸自身が猟師に食われる歌などと残酷な歌を声高に歌うはずはない。

 同時に自信満々の狐は狸だったらそんな目に遭おうが、だが賢い自分は、自分はそんな目に遭わないと弥助の歌をあざけ笑った。

 銀キツネは大きな椎の木の陰に隠れて、エイと気合いを入れて若く美しい娘に変身した。

 胸はほのかに膨らませ髪も都風に束ね、全身から色香が匂うようにうまく化けたのである。

 「弥助ドン。弥助ドン」

 聞き慣れない美しい若い女性の声に弥助は驚き、振り返った。

 そこには見たこともない美しい女性が立っていた。もちろんその女こそが狐の化けた姿だった。

 しばらく弥助は美しい女性を見とれてしまった。

 「弥助ドン、どこに行きなさる」

 「実は隣村に嫁御を頂きに参るのだ」

 弥助は美しい女性の姿に、つい心を許してしまった。

 これはうまく騙せそうだと狐は思った。

 弥助は一瞬顔を曇らせた。

「どうなすった」

 「実は迷っているんだ。嫁御を貰うのはまだ早いのでないかと」

 美しい女に化けた狐は巧みに、小首を傾げ、色香が匂うような不思議そうな表情を作り、弥助に次の言葉を促した。

 「まだ、やり残したことがあるんだよ」

 「それは、どういうことですか」

 「山の奥に住む悪賢い銀ギツネをしとめたいのだ。

 嫁御は、その後、落ち着いて貰いたいと思っていた。一刻も早く、その銀キツネを仕留めなければ、村人が困る。

 その銀ギツネという輩はとんでもない奴で村人にいつも悪さをして、村人を困らせている。だから何とかしとめてやろうと思い追いかけていた」

 銀ギツネは驚いた。

何しろ、こんなところで自分の名前が出るなどと思いもしなかったのですから。

 しばらくすると心の中でクツクツと笑った。弥助が目を鱗にして探している自分が今、彼の目の前に立っているのに、彼は気付かないのである。狐は彼の愚かさを笑い、計画はうまくいくと確信した。

 何しろ狐は自分の化身の術に絶大な自信を持っていた。

 もちろん弥助は銀キツネの心中など、気付きません。

 実は弥助も自惚れていた。

 こんな人里離れた峠道でこんな若い美しい娘に声を掛けられたのです。何も慌てて嫁御を貰うの必要もないのではなかろうかと。

 普通なら、おかしいと思うはずですが、弥助は銀キツネの色香に魂を抜かれ、狂ってしまった。

 でも銀キツネは焦りました。

 銀キツネは弥助から嫁取りの話を聞いた時、弥助に同行し、弥助の嫁を横取りしようと思いついたのです。でも、ここで弥助が自分の化けた娘御に気を抜かれて、嫁取り止めてしまったら、せっかく思いついた自分の計画が台無しになってしまうのです。

 「弥助ドン、弥助ドン、それは遺憾。

 若い娘は弥助ドン待っておる。ここで止めてしまったら娘御を傷つけることになる。やはり、この峠を越えて嫁御を貰いに行きなさい。

 心細ければ私もついて行きましょう」

 この申し出に弥助は納得しました。こんな若く美しい娘と一時でも、旅を続けることが出来ることに、心がときめいたのです。

 三日後の夕方に二人は嫁御のいる村に着きました。

 その夜、弥助と若い娘御に化けた銀キツネは村人の大歓迎を受けました。

 なにしろ銀キツネから愚かでお人好しと思われている弥助ですが、村人にとっては悪い銀キツネを退治する頼りになる猟師だったのです。ですから弥助の嫁御にと、村人が用意した娘は村一番の美人で賢い娘でした。

 弥助と一緒に来た銀ギツネの化けた娘はと言うと、村人は弥助の妹だろうと思いこんでしまい深く詮索をすることなく、歓迎したのです。

 銀ギツネも弥助の嫁御になるはずの娘を一目で気に入りました。

 でも、このままでは美しい娘を弥助から横取りすることできません。悪賢い銀キツネのことです。また一計を思い付きました。

 「弥助ドン弥助ドン。実は一緒に旅をするうちに、弥助ドンが好きになってしもうた。あんな田舎娘に弥助ドンを盗られるかと思うと、身も焦がれるようだ」

 村人が催す宴席の席で、ソーと弥助に近付き銀ギツネの化けた娘御が弥助に打ち明けたのです。弥助は、もちろん吃驚しました。

 弥助は自分は何と罪作りな男だろうと自惚れもしました。

 「私を嫁御に貰ってちょう。私はあんな田舎娘より垢抜けしているし、弥助ドンの嫁御にふさわしい」

 銀ギツネは、炎が燃えるような激しい憎しみの籠もる目で弥助の嫁になるはずの娘を睨みつけながら言った。

 弥助は迷いました。

 もちろん村人が用意した娘御も嫌いではありませんが、銀ギツネが化けた娘御に心が揺れていたのです。

 銀キツネは弥助の心の動きを巧みに掴みました。

 「お願いだから今夜の床入りは止めてちょうだい」

 銀キツネは弥助の心を溶かすような甘い声で囁いた。

 弥助は分かったと答え、その夜は、したたか酔いつぶれてしまった。

 次の日、とにかく結婚式を無事に終えて弥助と銀ギツネ、それに弥助の嫁さんになるはず娘の三名は弥助の村に向かって旅立った。

 途中の道は大きな木々がうっそうと茂り、地面を苔がおおい尽くす、昼間でも日が当たらない寂しい道だった。

 さすが山道を歩き慣れた猟師の弥助ですが、娘を二人を連れての峠越えは気を遣った。

 もちろんその娘御のうち一人がその峠の奥深い山に住む悪賢い銀キツネですが、弥助は気付きません。銀キツネも正体がばれないように怖そうに、品をつくり、弥助ににじり寄ってくるものです。むしろ弥助の嫁になるはずの村娘の方がたくましく思われました。

 そのような哀れな姿に弥助の心は、ますます銀ギツネの化けた娘に動かされていくものでした。

 村娘も銀キツネが化けた娘を弥助の妹のように思いこんしまっていました。

 そんな弥助の心の動きを見抜いた銀ギツネが弥助にそっと囁いた。

 「実は私の兄が都で商人をしております。 商いも非常にうまくいっているが、まだ嫁を娶っておりません。是非、あの娘御を兄の嫁にしたい」

 銀キツネは弥助の耳元で囁いた。

 「あの娘御なら兄さんも絶対に気に入るはずです。商売もうまくいっているし、娘御も幸せなれるはずです。その後に私たち二人も晴れて夫婦になりましょう」

 弥助は銀ギツネの言葉を信用した。

 やがて三名は都に入る道と弥助の村に入る道の分かれ目に至った。

 「実は弥助ドン、私はこう見えても出は都でも格式のある家の生まれです。

 兄は非常に服飾にはうるさい人なのです。 このままの姿ではあなたを兄に会わせることが出来ません。

 しばらくここの三つ又角で待っていて下さい。とりあえず私はこの娘を連れて兄の元に行ってみます。ついでに服も用意して来ましょう」

 人の良い弥助は簡単に同意した。後は娘をそそのかすかだけだと銀ギツネは微笑んだ。

 悪知恵の働く銀ギツネのことですから、若い娘を唆すことなどを簡単なことです。でも長い時間と根気が必要なことも分かっておりました。

 銀ギツネ美しい娘は二人で都に入りました。

 銀ギツネは若い娘を都の道を連れ回した後、街角の大きな屋敷に入って行った。そこから出て来ると悲嘆して言った。 

 「兄が行方不明なってしまっている」

 「まあ、どうして」

 銀キツネの悲嘆に性根の優しい娘は心底同情した。

 「理由は家の者にも分からない様子でした。商いに出たきり帰らないと言う。あの深山の銀キツネにたぶらかされたのではと下々は語っていた」 

 もちろん彼の言うことはすべて嘘です。 

 「どうしましょう」

 「仕方がありません。兄が待っている所に帰りましょう」

 銀ギツネは、これまで娘の前では弥助のこと兄さんと呼んでいた。

 二人は元の道を帰ることにした。

 しかし銀ギツネと違い娘は都など始めての来たのです。それに銀ギツネに都中の道を連れ回されたのですから、自分たちがどこに居るのかも娘には分からず、銀ギツネに置いて行かれないように着いていくしかない。

 実は、銀ギツネはまったく違う道を歩いていた。ですから二人は歩るけど歩るけど弥助が待っている場所にはたどり着きません。とうとう銀ギツネは娘を拐かし、木々が生い茂る深い森の中の自分の家に連れ込むことに成功しました。

 「弥助ドンに会いたい。弥助ドンに会いたい」と娘はさめざめ泣いた。

 また彼女は自分が弥助の嫁になると信じていた。銀ギツネは、正体を露わにし娘を恫喝した。

 「娘っ子、自分こそはせんば山で恐れられている銀キツネだ。諦めて自分の嫁になれ。猟師の弥助は自分の正体にも気付かない愚か者だ。だから稼ぎも少ない。

 自分は弥助より稼ぎが多いから弥助より偉い。弥助より偉いから弥助より稼ぎも多い」

 娘は銀キツネの説得に承伏しません。ますます「家に帰してくれ」と泣き叫び、銀ギツネを困らせた。

 そこで銀キツネは、またも一計を図った。

 娘を薄暗いに深山に取り残し、姿を消した。娘は心細さで大声で泣き叫んだ。

 娘の泣き声を聞いたと身目麗しい若者が娘の前に姿を現しました。

 近くを通りかかった者だと紹介し、若者は優しく娘の肩を撫でながら慰めた。

 娘は心を許してしまいました。

 「恐ろしい銀ギツネに拐かされて、深山に連れ込まれました」

 娘はこれまでのいきさつを、若者に打ち明けました。

 「とんでもない話だ。

 銀キツネもとんでもない奴だが、猟師の弥助もとんでもない奴だ」

 もちろん若者は銀ギツネの化身ですから細かいいきさつを知っています。

 若者は弥助のことも悪く言い、彼も悪者に仕立て上げてしまったのです。

 娘にも思い当たることがたくさんありましたから、若者の言うことに納得しました。

 「とにかく逃げることにしましょう」

 二人は手を取り合い深い森の中を闇に乗じて銀キツネのねぐらを跡にしました。

 娘は闇夜に瞬く星を涙ぐみながら、見上げながら、助かったと思ったのです。  

 実は、数日間、姿を消している間に銀キツネは新しいねぐらをこさえていたのです。昔、人が住んでいた古い小屋をうまくねぐらに変えていたのです。 

 娘と銀ギツネは、その夜に、その銀キツネの新しいねぐらで結ばれました。

 生活を共にれば、次第に娘御が若者に疑問を抱き、正体に気付くのも時間の問題だった。

 正体を知って、娘は怒り狂って、銀キツネを罵った。

 でも銀キツネは手慣れたものです。

 娘の怒りに脅える様子で答えた。

 「とにかく好きだ。好きだ。何が何でも。どのような卑怯な手段でも君を手に入れたかった。私に多くの親戚縁者も多い。あの弥助をやっけるぐらい朝飯前だ」

 娘はしばらく考えた。

 「分かりました。それほどまでに私のことを好いて下さるなら考え直しましょう。こうなったも前世の宿命でしょう。子供も産まれます。こうなったら徹底してあなたに尽くしましょう。でもあの弥助のことは許すことは出来ない。このような数奇な運命を辿るのは、弥助のせいです。耳を削ぎ、目の玉を抜き取り、全身の皮を剥ぎ塩漬けして、牛に股を裂かせ、火あぶりにし、糞だめに放り込み。全身を串ざきにし、バーベキュー台であぶってやりたい。これでも怒りは収まらない」

 娘の目は妖しく光っていた。悪い銀キツネも女の情念の深さに身の毛もよだつような恐怖を感じた。

 その後、打算的に女は言葉を語り継いだ。

 「生まれる子は人間の子として村で育てたい。村に帰っても二人の秘密が暴かれることも困る。二度と私の目の前に姿を現させないように仕組むのはもちろん、徹底的に痛めつけて下さい」

 彼女は母親として子供のために豹変したのだと銀キツネも気付いた。


 哀れなのは弥助ドンです。

 弥助ドンは二人の娘の帰りを、都の入り口の三叉路で待ち続けました。

 稲ワラで小さな庵を作り、たまには都に入り物乞いをし、姿を消した二人の行方を捜す生活が続いたのです。もちろん誰も心当たりの者はおりません。

 まるで深山の銀ギツネに騙されたようだと疑いながらも、待つしかないと決めていました。


 刈り取りの終わった田圃にキラキラと細かい雪が降り、周辺がうっすらと白く雪化粧し、やがて深い雪が庵の周囲の村の道を埋め尽くす時になっても、弥助はみすぼらしいワラの庵で吹き込む風に震えながら待ち続けた。

 ところが一年も経った頃でしょうか。風の便りで娘が子供を連れて、美しい若者と生まれ故郷の村に帰って来たと噂を耳にしたのです。

 その頃には、弥助の身なりも変わり、物乞いを乞食に身を落としていた。

 その噂を聞いた時の、弥助の驚きは言い現しようがありません。

 その時、彼は自分が初めて銀キツネに化かされたと気付いたのです。

 弥助は別の噂も耳にしたのです。

 娘の村でも弥助が生まれ育った村でも、彼の愚かさが評判になっているということです。

 「娘をほったらかしにした弥助ドン。

 娘を銀ギツネに奪われた馬鹿な猟師の弥助ドン」

 弥助は、何とか名誉を回復し村に帰ろうと知恵を尽くしたが、村には近づくことも出来なかった。あまりの評判の悪さに近づくことも出来なくなっていた。

 結局、漁師の弥助は衆人の嘲りの内に若く短い生涯を終えました。

とさ。




 あんたがた、どこさ。

 肥後さ。肥後どこさ。

 せんばさ。

 せんば山には猟師がおってさ。

 それを狐が鉄砲で撃ってさ、焼いてさ、煮てさあ。食ってさぁ。

 ルンルンルン・・・。


 実はこれが真実、本当の歌詞です。

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