特別話 3 『消えた存在』
――行ってくるね、お兄ちゃん。
そう言葉にした少女。セーラー服を着て、茶髪でポニーテール。幼さがまだ残る少女は、現在中学一年生になったばっかりだ。
少女の名前は、
そう、越智卓斗の妹だ。
この日は、桜が舞い散り卒業と入学シーズンも少し落ち着いてきた頃。少女、越智結衣は、今日も元気に新たな学校生活を迎える。
「おっはよー!! 結衣!!」
朝から結衣に飛び付いて来たのは同じクラスで、小学校の頃から仲良しで幼馴染の、
顔立ちも整い、結衣と変わらず可愛い方だ。背も、余り結衣と変わらず145センチ程度。
ニ人の美少女は、学校でも有名になる程のニ大美少女とされていた。
「おはよー、ふみちゃん。制服って何か、慣れないよね。でも新鮮で、テンション上がっちゃうよ」
「そうだね、私なんか、リボン結ぶのに時間かかっちゃってさ、これは、慣れるのに時間かかりそうだよー」
二人の歩く通学路には中学生や高校生、社会人など色んな人が歩いている。
「今日ね、夢の中でヒーローになった気分で、お兄ちゃんを蹴飛ばしちゃったんだよ」
「またお兄さんの部屋で寝てたの? 相変わらず、仲良いねニ人は」
「お母さんみたいに口うるさいけどね、今日も、スカートの丈が短いってうるさかったんだよぉ」
「本当、いいお兄さんだよね。私のお兄ちゃんなんか、全然口も聞いてないよ」
何気ない、女子中学生の会話。今日も、越智結衣の平凡で平穏な日々が始まる。
――あの時までは。
学校に着くと、クラスは授業の始まる前の、友達とのお喋りで賑わっていた。結衣のクラスは、ニ組で進学コースだ。
「はぁ、学校は楽しいけど、勉強は相変わらずだね」
結衣は、勉強は得意な方では無く毎日の授業は憂鬱で、友達と喋る事が毎日の楽しみの様になっている。
「本当だねー、放課後はデパートに行こうね」
「うん!! 楽しみだね!!」
学校で友達と喋る事以外の楽しみ、それは、放課後に寄り道をする事だ。小学校の頃は、授業が終われば集団で下校し、家に帰ってから遊びに行っていたが、中学生にでもなれば帰り道に何処かしらに寄り道が出来る。それが、何より楽しみなのだ。
――放課後。
授業も終わり、待望の放課後だ。
「ふみちゃん!! 行こ!!」
「待ってよ、結衣!!」
二人は、街に出てデパートへと向かう。雑貨屋に寄ったり、プリクラを撮ったり楽しい時間はあっという間に過ぎていく。次第に、日が暮れ、街灯が灯り月が街を照らしていた。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
もう帰ろうとした時、結衣の視界にあるものが映り込んだ。
「――ん? お兄ちゃん?」
結衣の兄、卓斗の姿だ。
「と、隣に……女の人が居る……まさか、か、彼女!?」
「どうしたの? 結衣」
「あのお兄ちゃんが、彼女らしき人と歩いてるの!! ほら!!」
結衣が指差した方向を、文香も見やる。
「本当だね、可愛い人」
「これは、からかわないと!!」
結衣が、大きな声で卓斗を呼ぼうとした時文香が、それを止める。
「駄目だよ、デートの邪魔しちゃ」
「そ、そうだよね……じゃあ、帰ってきてからお母さんと、とことん質問しちゃお!! でも、お兄ちゃん達、今からバスに乗って何処に行くんだろ?」
「さぁ? 高校生の遊ぶ場所は分からないよね」
「私達は、帰ろっか」
結衣と文香は、放課後を満喫し家へと帰る。
「ただいまー!!」
「おかえり、結衣」
結衣が家に帰ると、玄関で夕食の匂いがほんわりと香ってくる。この匂いが、帰ってきたんだと心があったまり、幸せを感じる。
「今日ね、ふみちゃんと街に行ったんだけど、そこでね、お兄ちゃんを見たの!! しかも、彼女らしき人と!!」
「あら、卓斗が?」
「そう!! これは帰ってきたら質問攻めだね!!」
「そうね、ちゃんと紹介して貰わないとね」
結衣も、結衣の母親も卓斗が女の人と歩いていた事に驚きが隠せないでいた。越智家にとって、重大な事件の様だ。
だが、いくら待っても卓斗は帰ってこなかった。既に時刻は、日を回りそうだった。
「遅いね、お兄ちゃん」
結衣は、パジャマ姿で待ちぼうける様に、ソファに座ってテレビを見ていた。
「悠利くん達とお泊りでもしてるのかしらね。だったら、連絡くらいくれてもいいのに」
「お父さんも、寝ちゃったから私も寝ようかな」
「そうね、話はまた明日にでもね」
――その時だった。
見ていたテレビがニュースに代わりある事を報道した。
《本日、午後20時過ぎ頃バスが崖から転落する事故がありました》
「――え?」
結衣は、思わずテレビから目が離せなくなった。
《乗客は8名のうち、6名が行方不明という奇妙な現象が起きています。2名が重体で、運転手は重傷との事です。詳しい事が分かり次第、もう一度報告します》
「このバス……お兄ちゃんが……」
「結衣、どうしたの?」
結衣は、目を見開いたまま何も言葉にせず、座り込んでしまった。ニュースで報道されていた、バス転落事故。
そのバスは、紛れもなく卓斗が乗っていたバスだった。
「そんな……お兄ちゃんが……」
母親も、テレビを見やり背筋を凍らしていた。
「卓斗……」
結衣は、涙が止まらず母親に抱きついていた。
「結衣、今日はもう寝なさい。お兄ちゃんなら、きっと大丈夫だから」
「うぅ……うん……」
この日、結衣にとって悪夢の様な日になった。結衣は、自分の部屋へと向かう途中卓斗の部屋の前で止まり徐に卓斗の部屋の扉を開けた。
「お兄ちゃん……大丈夫だよね……」
そして、自分の部屋へと戻り涙を流したまま、眠りについた。
小鳥が囀り、朝日が窓から降り注ぐ。結衣は、鳴り響くアラームを止め上体を起こす。眠い目を擦り、あくびをしながら部屋を出ると、隣にある卓斗の部屋の前で、また足を止める。
扉に付いている、「卓斗」と書かれた文字を結衣は、黙ってジッと見つめていた。そして、徐に扉を開ける。そんな結衣は、眉を寄せて不思議そうに部屋を見て、言葉を零した。
「卓斗って……」
――――――誰の事?
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