特別話 2 『御子柴悠利、天宮李衣』

 何も変哲の無い、いつもの日常。月明かりが照らす、山道をバスは走っていた。


 ――だが、事態は一変する。突然、崖から落下したのだ。バスが地面に当たる寸前彼と彼女の視界は、真っ暗闇に包まれた。


 彼と彼女が目を覚ますと、そこは


 ――異世界だった。


「ここは……」


 彼の名前は、御子柴悠利。


「死んだの……?」


 彼女の名前は、天宮李衣。


 ニ人は、突然場所が変わった事に思考が追い付いてこない。


「バスは!? 卓斗達は!?」


 悠利は、辺りを見渡すがそこには、何も無くただの広大な大地だけで人も、ニ人以外には誰も居なかった。


「ねぇねぇ、御子柴くん」


 キョロキョロと辺りを見渡す悠利に李衣が冷静に話し掛ける。


「手、離して貰っていい?」


「あ、悪りぃ」


 二人はバスが落下する瞬間、恐怖のあまり手を繋いでしまっていた様だ。


「それで、どういう事なんだろうね、これはもしかして、天国? それとも地獄?」


 李衣は、満天の星空を眺めながらそう話した。


「死んだ後ってこんな感じなのか? なんか、生きてる時と変わらなくないか? それに、天宮さんと俺しか居ねぇし」


「三葉達は生きてて、私達だけ死んだとかそれだと、何か悲しいね……」


 李衣は、そう話すと、手を後ろで組んでゆっくりと歩き出した。


「どこ行くの?」


「折角だし、散歩しようよ。何かここ、すっごく空気が美味しいし、星も綺麗だし、ジッとしてるの勿体無いでしょ?」


「まぁそうだけど、まずはここが何処かも知りたいしなしばらく歩くか」


 それから二人は、目的地など無くただひたすらに歩いた。月明かりが照らす広大な大地をその間、二人に会話は無く、歩く音と、風が靡く音だけが聞こえていた。その沈黙を破る様に、李衣が言葉を漏らした。


「ふぁぁ……」


 そう言って、しゃがみ込む。


「どうした? 休憩するか?」


「でも、あそこほら」


 李衣が指差した方向に、炎の灯りが見えていた。焚き火の様な、誰かがそこに居る事は明確だった。


「でも、足痛いんだろ? あそこまで歩けるか? 無理なら、おぶってくけど」


「ふぅ~、イケメンだね御子柴くん。じゃ、お願いしよっかな」


「はいはい」


 悠利は、李衣をおんぶして炎の灯りがある方向に歩いていく。



「――御子柴くんってさ、かなりモテてたよね。女子達に、キャ~とか言われたりしてたし」


「まぁ、昔からそうだし、そうなのかな。でも、好きな人には一度も振り向いて貰った事はないんだよな、実は」


 ここが何処かも分からず、気を紛らわせる様に何の変哲も無い会話を続けるニ人。


「へぇ、なんか意外だね。全ての女の子は、好意を抱きそうだけど。ま、私と三葉と繭歌はそうならなかったけど」


「告白してないのに振られた気分だよ、どうも。俺は、仲良くしてる女子には好意を抱かれないんだよな。喋った事も無い子達が、キャーキャー言ってるだけで距離が近ければ近いほど恋愛は遠ざかっていく。だから、俺はちゃんとした恋愛はした事が無いんだよな。見せかけだけの、建前だけの偽物の恋愛しか……」


 李衣は、おんぶして貰っている悠利の後ろ姿を静かに見つめていた。


「なんか、大変だね、チャラチャラしてる割には弱いっていうか、可哀想だね」


「あのさ、天宮さんって結構毒吐く人?」


「へ? んー、これはね。仲良くなりたくないなって人には、笑顔振りまいて、素は見せないの。でも、仲良くなりたい人とか仲良い人には、気使わずに思った事言っちゃうの、ごめんね」


 悠利は、少し心臓がドキッとした。李衣の言葉を裏返せば悠利に素を見せるという事は仲良くなりたいという事になるからだ。


「あの時、御子柴くんが、私に声を掛けてくれて合コンしよって言ってきた時は、あー、この人無理だなって思ったけど」


「ストレートにありがとう……」


「でも、越智くんの為って聞いて、私も三葉の事、何とかしたかったし、私と同じで、友達の事大切にしてるんだって思って、ちょっと感心しちゃったんだ。お陰様で、三葉に男の友達が出来そうだし」


 二人の考えが同じだった事、それは。卓斗と三葉、二人の友達を作る事だった。ニ人の共通点は、人見知りで仲良くなるまでに時間がかかる事。

 そこで悠利が考えたのが合コンだった。そして、たまたま声を掛けたのが李衣で、李衣も悠利と同じ事を考えていて二人は意気投合したのだ。


「なのに、こんな事になってしまってさ。楽しい高校生活もこれからだってのに何処なんだよ、ここは」


「ね、寄りかかってもいい?」


 李衣は、悠利の肩に手を置き頭を起こした状態でおんぶされていたが悠利の、不安で寂しそうな後ろ姿を見てそう言葉にした。


「え? あぁ、いいけど」


 すると、李衣は手を、悠利の首の方に回し抱きつく様に寄りかかる。


「ありがとう」


 李衣の言葉は、悠利の耳元で囁かれた。


「(天宮さんも、気使えるじゃんか。俺が不安なの、悟られたか……天宮さんも、不安なはずなのにさ俺がしっかりしねぇとな)」


 そう心に思っていた瞬間、耳元に何かが聞こえてきた。



「――ぐぅ……ぐぅ……」


「寝てんのかよ!!」


 李衣は、ぐっすりと悠利の背中で眠っていた。悠利は、静かに、李依を起こさない様にゆっくりと歩いた。しばらくすると、炎の灯りがあった場所へと辿り着いた。


「馬車?」


 そこには、数台の馬車があった。悠利が、キョロキョロとしていると誰かが声を掛けてきた。



「――どうかなさいましたか?」


 声を掛けてきたのは、屈強な体つきの老人だった。


「あの、ここは何処ですか?」


「ここは、レディア高原ですが、珍しい格好ですね。騎士でもなく魔法使いでもない格好……貴方達は?」


 その老人は、不思議そうに悠利を見つめていた。


「えーっと、俺は悠利って言います。この寝てる子は、李衣って子で気付いたらこの場所に居て……」


「どうやら、この世界の人間ではなさそうですな」


「この世界?」


 悠利は、その言葉に引っかかった。


「取り敢えず、中へどうぞ」


 そう言われ、老人に案内された馬車へと乗り込んだ。


「ウィル、どうかしたの?」


 馬車へ入るとそこには、絶世の美女が居た。


「すっげぇ、美人……」


 悠利は、思わずその絶世の美女に見惚れてしまっていた。


「誰、この人達」


「ここに迷い込まれた、ユウリ様とリエ様でございます」


 絶世の美女は、舐め回す様に悠利を見つめている。


「変な格好ね」


「紹介が遅れました、私はウィル・ヘスパーと申します。そして、こちらに居られる方がエレナ・カジュスティン様で御座います」


 そう言って、ウィル・ヘスパーは悠利に、頭を深く下げた。すると、李衣がようやく眠りから覚める。


「んー……御子柴くん?」


「おー、起きたか、着いたぞ」


 李衣を背中から降ろす。李衣は、目を擦りながらウィル・ヘスパーとエレナ・カジュスティンを寝ぼけた顔で見つめる。


「人? もしかして、天国からの遣いの人?」


「何言ってるのこの人、寝ぼけ過ぎよ」


 エレナは、腕を組み、足を組んで李衣を睨む様に見つめる。


「一つ聞きたいんですけど、ここは天国でも地獄でもないですよね」


 悠利の唐突な質問に、エレナが眉を寄せて答えた。


「はぁ? 当たり前じゃない!! 貴方まで寝ぼけてるの? 私の前で失礼よ」


「いや、失礼も何も俺達、ここが何処なのか何も分からないんですよ」


「へ? もしかして、私の事も知らない感じなの……?」


 エレナの言葉に、悠利も李依も当たり前だと言わんばかりの表情をして答えた。


「当たり前じゃないですか。今さっき会ったばっかですよ?」


「私は、あのカジュスティン家の第三王妃よ!? 本当に知らないの!?」


「王妃!? 日本に王妃なんて居たか?」


 悠利が李衣に話しかけるが、李衣も首を傾げながら答える。


「そもそも、名前も日本人じゃないよね。けど言葉は分かるし……どういうことだろ」


「いや、まさかな……」


 突然、悠利が顎に指を当てて考え出した。


「どうしたの、御子柴くん」


「ここは、異世界なのかも知れない。信じ難い話だけど、だって、ほら痛いし、夢じゃねぇよ」


 悠利は、自分の頬を抓ってそう話した。


「異世界!? 嘘でしょ!?」


「だって、ウィルさん? も騎士だとか、魔法使いだとか言ってたし」


 悠利と李衣には、とても信じ難い話だった。異世界の存在など、アニメや漫画の話で実際にあるなどと、誰も思わない。

 だが、今目の前の光景は疑いの余地も無く、ここが異世界なんだと思うしか無かった。


「ウィルさん、ここの世界について色々と教えて下さい」


 悠利は、ウィルにそう頼んだ。ウィルは、疑問符を浮かべながらもそれを了承した。

 それから、この世界について色々と話される。国、テラ、騎士、魔法、全てが、信じ難い話でニ人は、ただ困惑するだけだった。



 ――それから、数日後。



「魔法ってすげぇな……」


「見て見て、御子柴くん。私、ここまで出来る様になったよ」


 李衣は、手の平で水を浮かべて色んな動物の姿に形態を変化させていた。


「この世界に、随分馴染んで来ましたね」


 悠利と李衣は、ウィルから魔法を教わっていた。


「でも、本当にいいんですか? ここの騎士団にお世話になっても」


「大丈夫ですよ、貴方方のお友達が見つかるまでの間、ここに居て貰っても」


「ありがとうございます」


 悠利と李衣は、この世界に必ず卓斗達も居ると信じ、エレナ達と行動を共にして探す事に決めていた。




 御子柴悠利と、天宮李衣の二人の物語がここに、始まった。


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