特別話 1 『楠本繭歌』

 バスが崖から落下し、地面に当たる寸前彼女の意識は真っ暗闇に消えていく。


 気が付けば、そこは、



 ――異世界だった。



「……ここは……」


 彼女の名前は、楠本繭歌。


 見慣れない景色、そして見慣れない建物がそこにはあった。


「あれ、皆は……この感じ、死んではない……か、じゃあここは……」


 繭歌が、この世界に戸惑っているとある人物が、声を掛けてきた。


「ん? ここで何をしている?」


 その人物とは、紫色の髪色でロングヘア後ろ髪を束ねたハーフアップで眼鏡を掛けた女性だ。

 背も高く、153センチの繭歌に比べてこの女性は、170センチはあるだろうか。胸もとても大きく、平らな繭歌のとは大きく違う。

 谷間が見える様に胸元を大きく開けタイトスカートを履いている。繭歌は、その大きな胸に思わず見惚れてしまっていた。


「何だ、私を見つめてまさか、入団志望者か?」


「入団志望者? ここは?」


「ここは、副都と呼ばれる場所で言わば、騎士学校だ」


 繭歌は、この時悟った。ここが、異世界だと。


「まさか、漫画の様な話が本当にあるとはね……お姉さんの名前は?」


「私は、ここの教官ステファ・オルニードだ」


「ステファさん、僕をここに入れてよ。探したい人達が居るからさ」


 繭歌の決断に迷いは無かった。一刻も早く、三葉達を見つけるべく繭歌は、騎士になる事を決めた。

 これが後に、三葉達に馴染むのが早いと、言われてしまう事に。この時の、繭歌は知る由も無い。


「入団するのはいいが、今入るよりニ週間後の方が、いいかも知れないな。今入ってしまえば、お前だけ中途半端に卒団になるが」


「うーん、やっぱり騎士学校って言っても、入学時期があるんだね。でも、それでいいよ。事は早くしておいた方が良さそうだからね」


「分かった、ならついて来い」


 繭歌は、ステファについて行き、騎士学校の中へと入って行く。教官室と書かれた部屋に入りステファが話し始める。


「取り敢えず、説明する。お前は、中途で入るから三十九期生となるが、卒団は四十期生と一緒になるが、構わないな?」


「うん、構わないよ」


「そうか、なら話を進める。この騎士学校は、半年で卒団となる。四月と十月が入団時期だ。丁度ニ週間後が、四月の入団時期になるがまぁ、仕方が無い。お前はこのまま行けば、三十九期生は、この四月で卒団だが、お前だけ次に入ってくる者達と一緒に十月に卒団となる。入団条件は、これと言って無く年齢制限も無いから、年下がいれば年上もいる、それを承知しておいてくれ。後、入団したからと言って必ず半年で卒団出来るとも限らないから注意してくれ。私達、教官が最終試験で騎士に相応しく無いと判断された場合、もう半年、卒団が伸びる事になる。入団が決まると、次にランクを調べる。テラの質や量でランクは決まるから、お前も直ぐに調べる、手を出せ」


 ステファに言われ、繭歌は黙って手を差し出す。普通なら、日本に居た時には聞く事の無い言葉ばかりに困惑する所だが、今の繭歌は気にしていない様だ。



「――ほう、氷のテラか。珍しいな、量もそれなりにある。これなら、Sランクはいくだろうな」


「それは、いい方なのかな?」


「あぁ、上からニ番目だ。ランクは上から順にUランク、Sランク、Aランク、Bランク、Cランクと並んでいる。事実上、Sランクが最高ランクとされている。Uランクは、副都の歴史上三人しか居ないからな、滅多に出ない。早速、どのランクか、調べてくるからその間に、これに着替えておいてくれ」


 そう言って、ステファは副都の騎士服、白ベースに青のラインが入った服を繭歌に渡す。


「分かったよ」


 繭歌は、制服を脱いで騎士服に着替える。待っている間、教官室の窓から月明かりが照らす広場の様な物が見え、そこにこの騎士学校に入団した者達が何かしらの授業を受けている。


「日本の高校と、あまり変わらないね」


 しばらく待つと、ステファが戻ってくる。


「待たせたな、お前のランクはSランクだ、これを渡しておく」


 ステファは、十円玉くらいの大きさの金色のバッジを繭歌に渡す。


「これは?」


「Sランクの者にだけ、渡される勲章だそれを騎士服に付けておいてくれ」


 繭歌は、バッジを胸の辺りにつける。


「そうだな、一応、詠唱だけ教えておく。氷は、テラ・レイドだ。詠唱にも段階があってだな、テラ、テラレイン、テラグラン、テラグーラの順に、強さが分かれている。上の位を使用するにつれ、テラの消費量は多いから、そこを気を付けておけ。テラ切れになったら、体が動かなるぞ。後、お前の名前を聞いておこうか」


「僕は、楠本繭歌」


「クスモト・マユカ、か、では、クスモト、ようこそ副都へ。ところで、お前の出身はどこだ?」


 繭歌は、少し考えた。日本と答えたところで、ステファには通じないだろうし、かといってこの世界の他の国など知る由も無い。


「うーん、教えてもステファさんには、分からないと思うよ」


「何を言う、私がこの世界で知らない場所など無いぞ」


 ドヤ顔でそう話すステファに少し心を痛めながら、繭歌は答えた。


「日本なんだけどね……」


「ニホン?」


 案の定、ステファは眉を寄せて疑問符を浮かべている。


「ほらね」



「――いや、聞いた事あるな……」


 ステファの意外な答えに、繭歌は目を見開いて驚く。


「日本を知ってるの!?」


「いや、知ってはいない、聞いただけだ。副都の教官に、ヨウジという者が居てな、そいつがそんな事を言っていた」


 ステファの話した、ヨウジという人物。日本を知っている様子の彼の存在は帰る方法を見つけるのに、会っておきたい人物だ。


「その人は、今どこに?」


「訳あって、今は行方不明だ」


「行方不明?」


 日本を知る人物、ヨウジは既に副都には居らず、行方不明だとステファは話した。微かな希望が、遠退いてしまい、繭歌は静かに肩を落とした。


「ニ年前くらいからな。王都での事件を知っているか?」


「うーん、ごめん、僕はこの世界について何も知らないんだ。その、訳あってね」


「何も? クスモトは不思議な奴だな。それより、そのニホンというのはここから遠いのか?」


 遠いも何も、世界が違うと心に思いながら、繭歌は答えた。


「かなり、遠いと思うよ」


「そうか、でも案ずるな。ここには、寮を完備している。後で、部屋を用意するから」


 繭歌は、部屋に案内され中へと入る。


「今日はもう遅いし、授業も何も無いから寝るなり何なりとしていろ。明日、また色々と案内する事になるからな」


「分かった、おやすみ」


 ステファは、優しく繭歌に微笑みかけ部屋を出て行った。繭歌は、部屋に置いてあった部屋着に着替え、ベッドに横たわる。

 今頃、三葉達はどこで何をしているのだろうか。そんな事を考えていると、心配と不安でなかなか寝付けない。

 眠れないまま、刻々と時間は過ぎていきいつしか、窓から太陽の光が降り注いでいた。



「――もう朝なのか……」


 この世界にいる事が、現実なんだと胸が圧迫される様に苦しくなりとてつもない寂しさに襲われる。


「三葉……李衣……」


 彼女の弱い一面は、誰も見た事が無いだろう。何故なら、彼女はそういった事は心の中に閉じ込めてしまうからだ。すると、扉をノックする音が聞こえステファが、中へと入ってくる。


「クスモト、おはよう。よく眠れたか?」


「おはよう、ステファさん。うーん、眠れはしなかったかな」


 寂しさを、心に閉じ込め笑顔を見せる繭歌。


「それとだ、クスモト。お前に、いきなり試練を与える」


「試練?」


「今日一日、副都の案内が終わったらお前に、Sランク昇格の任務に出て貰いたい」


 ステファから話されたのは突然の、任務についてだった。


「僕が任務? 無理だよ絶対」


「大丈夫だ、王都の詰所に行きこの依頼の紙を受け取り、その任務を遂行して貰いたい。本当は、部隊分けにして行くんだが、お前は、中途で入ったからなだが、この任務なら一人でもSランクのお前なら、問題ないだろう」


「問題ないって、戦ったり出来ないよ?」


 それもそうだ。繭歌は、昨日まで普通の高校生だったからだ。


「だから、心配するな。Sランクのお前なら、問題ない」


「その自信は何処から来てるのか分からないけど……どういった任務なの?」


「リンペル国と呼ばれる場所に奴隷として連れて行かれた者達の救出だ」


 繭歌に少しの緊張が走った。


「それ、僕一人がする事なの? とても重要な任務みたいだけど」


「それも案ずるな、もしもの時は詰所に居る、聖騎士団の者達を連れて行けばいい。そのバッチを見せれば、付いてくる者が居るだろう」


「うーん、分かったけど……」


 それから次の日、繭歌は、一人で王都へと向かい依頼の集まる、詰所へと入って行く。


 突然として、繭歌の異世界での物語は、始まったのだ。


 そして――、




 ――三葉!? 越智くん!?


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