第一章 10 『数多の邂逅』

 絶世の美女、エレナ・カジュスティン。ヘルフェス王国の王族、カジュスティン家の第三王妃で、滅亡したカジュスティン家を復興させるべく、王都を出てとある騎士団に入団した。


 彼女の依頼とは、戦争中の自軍の騎士団の援護に来て欲しいとの事。そして、エレナ・カジュスティンの口から出てきた二人の名前、悠利と李衣。約ニ週間もの間、探し求めていた手掛かり。

 卓斗達は、悠利と李依に会うべく準備をして、エレナ・カジュスティンの言う戦場へと向かう。


「それで、王妃様の騎士団とやらはどういった騎士団で?」


 馬に乗り、戦場へと向かう途中で先頭を走る卓也が、そう質問した。


「エルティア騎士団って言うんだけど、そんなに規模の大きい騎士団じゃなくて、国に属さない小さな騎士団で、国を出た私を、温かく迎えてくれたの。当然、何処かの誰かさんとは違って私を王妃だと、知っていて良くしてくれたわ」


 エレナは、チラッと後ろで馬に乗る卓斗を見つめる。


「んだよ、知らなくて悪かったな王妃様」


 嫌味気味にジト目で話す卓斗をフンと鼻を鳴らして、再び前を見やるエレナ。しばらく馬を走らせるとあちらこちらで、戦闘の形跡が見える。

 地面が抉れてたり、森が焼けていたりと初めて生で見た戦場に卓斗達は、思わず息を呑んだ。

 馬をゆっくりと走らせエレナの言う、エルティア騎士団の陣地へと入って行く。

 鎧を着た騎士団の人々達が二十人程居て、治癒魔法で傷を癒したり戦線に出ていない人達が、そこには居た。すると、エレナを見かけたある人物が、走り寄ってきた。


「エレナ様!!」


 白髪で、白い髭を生やした老人。屈強な体つきで、いかにも強者というオーラを漂わせている。


「お帰りなさいませ、そちらの方が援軍として来て頂いた方ですか」


 エレナに深く頭を下げてから卓斗達を見やる。


「そうよ、ちなみにこの人は私の新しい護衛なの」


 エレナは、卓斗を指差して白髪の老人に話す。


「だから、いつから護衛になったんだよ」


「ここに来たって事は、そういう事でしょ? ましてや、貴方の友人かも知れない人の情報を与えたのは、この私よ? なに、逆らうの?」


「ぐっ……!!」


 返す言葉も出てこない。まさしく、その通りだった。


「でもまだ、そいつらが悠利達って分かってねぇからな」


「そうですか、わざわざ来て頂き誠にありがとうございます。ご紹介が遅れました、エレナ様の執事を担当させております、ウィル・ヘスパーと申します」


 白髪の老人、ウィル・ヘスパーは卓斗達に深く頭を下げた。


「ウィルさん、今回の敵はどういう騎士団で?」


 卓也が、ウィル・ヘスパーに話しかける。そう、ここに来た目的は悠利と李衣との再会と、エルティア騎士団の援軍だ。


「オルダン騎士団という無所属の騎士団でして、数は然程変わらないのですが一人、手強い者がおりまして」


 三十人程の、エルティア騎士団はたった一人の者に、苦戦していた。


「たった一人の者に?」


「はい、不思議な能力でして恥ずかしながら、私達だけでは、到底勝てそうにもありません」


「そいつは今どこに?」


「今は、戦線で我々の騎士団が戦っております。負傷した者は、ここに戻り治癒魔法をかけていた所です」


 そう言い、ウィル・ヘスパーが見やる方向を見ると、爆炎が上がっていた。


「じゃあ、悠利と天宮……じゃなくて李衣もそこに居るのか!!」


「はい、ユウリ様とリエ様をご存知なのですか?」


「はい、友達なんです。早く行きましょう」


 卓斗は、焦っていた。三十人程の騎士団でさえもたった一人で抑え込む力を持つ者と悠利と李衣が戦っているとなると心配で仕方がない。


「私も、回復しましたし、戦線に向かいましょう」


 卓斗達は、ウィル・ヘスパーに連れられ、戦線へと向かう。近くに行くにつれて、激しい戦闘の音が聞こえてくる。


「すげぇ音……」


 卓斗が、その爆発音に気を取られた時卓也が大きな声で叫んだ。


「卓斗!!!! 横だ!!!! バリアを張れ!!!!」


「へ?  え、あ、テラ・フォース!!」


 訳が分からないまま、卓斗は防御魔法を唱える。次の瞬間、バリアに剣が触れる音が響く。


「敵か!?」


 卓斗の、目に映ったのは



 ――悠利だった。



「卓斗!?」


「悠利!!」


 約ニ週間ぶりの再会に、時が止まる様に感じる。


「やっと見つけた!!」


「あれ、越智くんじゃん!!」


 そこに、李衣も駆けつける。三葉は、李衣を見るなり飛びついて抱きつく。李衣は、まるで犬をあやす様に頭を撫でる。


「三葉、元気にしてた?」


「李衣……会いたかったよ……」


「ていうか、繭歌何その格好……」


 やはり、李衣から見ても繭歌の格好は不思議だった。繭歌を除くメンバーは全員が高校の制服のままだが、繭歌だけが副都の騎士学校の制服だった。


「僕の事は、後でゆっくり話すよ。まずは、この場を何とかしなきゃね」


「繭歌の言う通りだ、あれを見ろ」


 卓也が、そう言って前方の方を指差す。そこには、一人の人物が片足を貧乏ゆすりしながら静かに卓斗達を見つめていた。

 黒髪のロングヘアで、ボサボサしていて常に睨んでいる様なつり目をしていて、半分白色で、もう半分が黒色の騎士服を着ている。


「あいつが、言ってた人か?」


 卓斗達に、緊張が走る。すると、その人物が口を開く。


「感動の再会? を果たしている所悪いけど僕の事忘れないでくれるかな? かなりムカつくんだよね」


「あいつがかなり強くてな、俺達だけじゃ苦戦してたんだ。卓斗達が来てくれて、助かった。話したい事はいっぱいあるけど、それは後でって事で、卓斗、もちろん戦えるよな?」


 この時、卓斗は少なくとも悠利の方が自分より強いと察したが敢えてそこには触れず、強気に返事をした。


「当たり前だ、足引っ張るなよ悠利」


「おぉ、あのお前がもうこの世界に馴染んでるとはな。成長してるじゃんかよ」


 そんな二人の会話を聞いていた一人の人物は、苛立ちを募らせていた。


「だから、僕を放って話さないでくれるかな、本当ムカつく。かなりムカつく。滅茶苦茶にしたくなる」


 とてつもない殺気を漂わせるこの人物に卓斗は、恐怖を感じた。これまでに対峙した、敵とは何かが違う、見ただけでかなり強いのが分かる。


「もう決めた、全員滅茶苦茶にする」


 謎の人物が、そう言葉にした瞬間卓斗の視界から、突然と姿を消す。次に瞬きをした瞬間、目の前にその人物が視界に映った。


「は……」



 ――速い。



 そう言葉にしようとした時、卓斗の右の頬に衝撃が走る。体が宙に浮き、口の中は血の味がしていた。殴られたのだ。


「卓斗!!」


 突然、隣に居た卓斗が吹き飛びら突如として現れた謎の人物に切り掛かるが、それよりも速く回し蹴りで、蹴り飛ばされてる悠利。


「簡単にはやらせないよ、テラ・レイド!!」


 繭歌が、機転を利かして詠唱を唱える。氷で出来た波動が謎の人物を一瞬で凍らせる。


「やった!!」


 三葉の喜びも束の間、シューっと音をだして氷がどんどん溶けていく。謎の人物から、かなりの湯気の様な物がでていた。


「溶かした!?」


「氷のテラは悪くないね、でも相手が悪いよ。ムカついてる僕は、誰も止められないからね」


 そう話すと、手をパンと叩く。


「皆!!! 離れろ!!!」


 卓也が、そう叫び、三葉を抱き抱えて謎の人物から距離を取る。他のメンバーも、訳が分からないまま一斉に離れる。

 次の瞬間、地面が赤く光り出し大量の溶岩が噴き出す。辺り一帯の温度を一気に上げていく。


「熱っ!? 何なのこれ……」


 噴き出る溶岩を、呆然と見つめる三葉。他の者達も、その凄まじい光景に目を奪われた。


「おい、空見ろ!!」


 悠利がそう叫び、全員が空を見やる。すると、噴き出した溶岩が雨の様に、降り注いだ。


「防御魔法だ!!」


 卓也の言葉をかわきりに、全員がバリアを張る、だが、溶岩はバリアを溶かしていく。


「まずい、バリアが保たない!! 直ぐにこの場を離れろ!! 溶岩に当たらず走り抜けるんだ!!」


 卓也は、そう言葉にすると三葉を抱き抱えたまま、噴き出る溶岩から離れる。当たりそうになる溶岩は、バリアを一瞬張り防ぐ。卓也に続く様に、他のメンバーも走り出す。


「逃がさないから」


 溶岩を噴き出した張本人が、バリアも張らず溶岩に触れても平気そうに、噴き出る溶岩から出てきて、走り去る卓斗達を見つめる。


「何なんだ、あいつ……熱くねぇのかよ……まるで化け物だな」


「そりゃ、苦戦するよな、あれじゃ」


 卓斗は、後ろに目をやり、その人物を見ようとしたが、そこに姿は無かった。


「居ない!? まさか!!」


 卓斗は、すぐさま辺りを見渡すとエレナの前に、移動し、右手を振りかざしていた。


「まずい……」


「まずは、君から」


 謎の人物の拳が、エレナの顔を捉える寸前。



 ――テラ・ジルガ。



 突然として、謎の人物は吹き飛んでいく。


「え?」


 エレナは、その光景を呆然と見ていた。


「おぉ!! やってみるもんだな!!」


 謎の人物を吹き飛ばしたのは、卓斗だった。


「今のは、何も見えなかった……ムカつく……」


 謎の人物は、体勢を整えて卓斗を睨む。いつしか、噴き出ていた溶岩は止まり降り注いでいた溶岩も止んでいた。


「大丈夫か!!」


 エレナは、駆け寄って来た卓斗をジッと見つめていた。


「何だよ」


「あんたがやったの?」


「あぁ、感謝しろよな(まぐれだけど)」


 エレナは、しばらく卓斗を見つめると視線を逸らして、口を開いた。


「さ、流石は私が見込んだ護衛ね!! 特別に感謝してあげるから、これからも精進しなさいよね」


「助けて貰っておいて、その態度は何だよ!! それから、護衛じゃねぇ!!」


 絶世の美女の頬が赤く染まっているのを、この時の卓斗は気付いていなかった。それもそのはず、謎の人物から目を離す訳にはいかないからだ。


「不思議なテラを使うんだね、ムカつく。まずは君から殺す事にするよ」


 謎の人物は、再び手をパンと叩くと、謎の人物と卓斗、エレナを囲む様に炎の壁が現れる。


「くそ!! 熱くて近づけねぇ……!!」


 卓也達が、近づくにも熱くてどうしようもない。


「私、水のテラだから任せて!!」


 そう話したのは、李衣だった。


「本当か!! 頼んだ!!」


「オッケー、テラ・ツヴァイ!!」


 炎の壁に向け、水をかけるがその水は直ぐに、蒸発してしまう。


「そんな!?」


「この炎、特別なテラが流れてるみたいだな」


 卓斗とエレナは、炎の壁に閉じ込められてしまった。


「くそ、閉じ込めてどうする気だ」


「どうも何も、殺すだけだよ」


 初めて体感する恐怖に、気圧されるも何とか、冷静を保とうとする卓斗。エレナも、謎の人物からの恐怖を感じ取っていた。


「そんな事より、あんたは何者?」


「僕? 僕はセルケト。死んでも覚えててよね」


 謎の人物の名は、セルケト。だが、名前が分かっただけで詳しい事は、未だに分からない。


「セルケト……!!」


 次の瞬間、卓斗は何かを感じとっさに頭をずらすと、槍が炎の壁から伸びてきて頬を掠める。


「なっ……!?」



「――上手く避けたわね」


 低く落ち着いた女性の声がするとその女性は、炎の壁を切り中へと入ってくる。

 その女性は、茶髪で横に髪を束ねていて服は白い漢服を着ていて、下のスカートから伸びる華奢な脚には、黒いニーハイソックスを履いている。

 終始無表情で、クールな印象。手には、槍を持ち、静かに卓斗とエレナを見つめていた。


「ちょっとあんた、誰よ」


 突然割り込んで来た、女性にエレナが睨みを利かせて話しかける。


「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗るのが常識よ」


 この緊迫した状況で、冷静に落ち着いて話す女性。エレナは、腕を組み更に睨みを利かせる。


「ふーん、まさかこの私を知らないって言うの?」


「王族カジュスティン家第三王妃エレナ・カジュスティン」


「知ってるじゃないの!! 何が常識よ!!」


「王妃様は、この様な常識も存じてないのね。流石、上等種族ね。私達に戦いを挑む時点で、常識知らずだけれど覚悟は出来てるの?」


 その女性は、無表情のままスッと槍を構えた。


「ニ対ニか、エレナだっけか? お前、戦えんのか?」


「私? 当たり前よ、強くなるには戦うしかないじゃない」


 拳を構える卓斗の横で、エレナも剣を抜き構える。すると、割り込んで来た女性が眉を寄せて、首を傾げた。


「ニ対ニ? 貴方、何を言ってるの? 三対一でしょう、どう見ても」


「は? いやいや、そこの奴お前の仲間じゃねぇのかよ」


 卓斗は、セルケトを指差した。セルケトは、下を向いたまま聞こえない程の声で、何かを呟いている。


「この人は、貴方達の仲間じゃないの? 突然、私達の騎士団に攻撃を仕掛けたから、今こうして私が戦線に来ているのだけれど」


「そっちが、私達に攻撃を仕掛けたんでしょ!?」


 少しの沈黙が流れると卓斗とエレナ、そして割り込んで来た女性はセルケトの方に視線を移す。すると、小さな声で呟いていたセルケトが突然、大きな声を出した。


「僕を、無視して話し込むなぁ!!!! ムカつくんだよ!! 殺してやる!!」


「お前がこいつの仲間じゃねぇんなら、今だけ手を貸してくれよ。話はそれからにして、まずはこいつを倒さなきゃよ」


 どんどん殺気を、こみ上げるセルケトに、卓斗は背筋が凍っていた。目が合えば、直ぐに殺される様な感覚。


「別に、構わないけれど足は引っ張らないで。貴方、相当弱そうだから」


「んな!?」


 思わぬ皮肉に、少し苛立ちが募るが今はそんな事より、目の前のセルケトだ。


「何か、すっげぇムカつくけど……まぁいい、俺は越智卓斗、お前は?」


「私は、セラ・ノエール。別に覚えなくてもいいけれど。貴方、直ぐに死にそうだし」


「んな!?」


 恐怖と苛立ちが、同時に来たのは初めての経験だった。



 ――セルケト。



 異様な存在感を漂わせるこの人物に卓斗は立ち向かう。


 生きて帰る為に。



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