第一章 9 『絶世の美女』

 ――絶世の美女。


 その美少女は、ジャパシスタ騎士団のアジトの前で、傷だらけで倒れていた。


「おい!! 大丈夫か!! しっかりしろ!!」


 卓斗が揺さぶっても、返事も無いだが、呼吸はしている様子で死んではいない様だ。卓斗の声が聞こえたのか三葉もアジトから出てきた。


「どうしたの?」


「女の子が倒れてたんだ」


 心配そうに覗き込む三葉を見た卓斗は、再び頬を赤く染めてしまう。今日の三葉の髪型はポニーテールで若菜から渡されていた部屋着の様な物を着ている。

 倒れこんでいる少女も美少女だが、三葉も十分に美少女である。卓斗は、三葉に対して何か芽生えた気持ちになっていた。


「えっと……そんな事より早く手当てしなきゃな!!」


 気持ちを落ち着かせて倒れこんでいる美少女をアジトの中へと運ぶ。リビングにあるソファに寝かせ三葉が、治癒魔法をかける。ゆっくりだが、徐々に傷が癒えていく。


「っ……」


 美少女の意思が、戻り始める。すると突然、美少女は起き上がる。



「――しまった!!」


「おわっ!? びっくりした!! 急に大きな声出すなよ!!」


 卓斗はその声に驚き、心臓がバクバク言っている。先程、三葉に対しても心臓の鼓動を早めていたがおさまった途端に、今度は美少女に驚かされてしまった。


「傷が治ってる……もしかして、貴方が治してくれたの?」


「いや、治癒魔法をかけたのは三葉だ」


 そう言われ、美少女は卓斗の横に立っている三葉を見つめる。


「借りが出来てしまった……でも、ありがとう」


「ううん、ごめんね、万全な魔法じゃないから完全には治せなくて……」


「全然いいのよ、これだけでも十分に有難いわ。それと、もう一つ借りを作るけど構わない?」


 美少女は、突然思い詰めた表情を見せた。


「もう一つ?」



「――助けて欲しいの、私を、皆を」


 美少女が、ジャパシスタ騎士団のアジトの前で倒れこんでいた理由。それは、助けを求めに来ていたからだった。


「助けて欲しい? まずは、何があったか話してくれ」


 そう話す卓斗を、美少女はまじまじと見つめる。美少女に見つめられてはまた頬を赤く染めるだけだ。


「な、何だよ」


「貴方、もしかして強いの? なら、私の護衛に抜擢してあげるわ。私と一緒に来て」


「は!? 護衛!? 何で俺がお前の!?」


 美少女からの突然の言葉に卓斗は、理解が出来ない。


「私が、直々に護衛に付いていいって言ってるのよ? 何で文句言うの? 信じられないわ」


 頬を膨らませ、理不尽に怒る美少女。


「理不尽だな!! 大体何でそんなに上から話すんだよ!!」


「立場が、私の方が上だからに決まってるでしょ!?」


 美少女の言い分は滅茶苦茶で卓斗は怒りしか込み上げてこない。三葉も、思わず顔が引きつってしまう。


「どうした、休日の朝から騒がしいな」


 騒ぎを聞きつけ、卓也が眠たそうな顔でリビングにやって来る。美少女と卓斗の言い合いで眠りを妨げられた様だ。


「って、お客さん?」


 卓也は、美少女を見つめる。


「お客さんっていうかアジトの前で倒れてて、助けてやったのに、すげぇ嫌な奴なんだよ」


「嫌な奴って、誰に向かって言ってるの? 私を誰だと思ってるのよ!! 護衛の分際で、図が高いわよ!!」


「いつから護衛になったんだよ!! 誰もやるだなんて言ってねぇだろ!! 誰がお前の護衛になんかなってやるもんかよ!!」


 ニ人は、近寄りながら激昂しあう。相性は最悪の様だ。


「三葉、これは何だ?」


 卓也は、状況が掴めず三葉の隣に立ち、罵声を言い合う2人を見つめる。


「私にも……よく分からないです……」


「助けたって言ってたけど三葉がやったのか?」


「はい、治癒魔法をかけました。でも傷を塞ぐくらいで完全には治癒出来ませんでした……」


 少し落ち込む三葉の肩に手を置き、笑顔で卓也は口を開いた。


「最初にしちゃ、上出来だ。傷が塞がるだけでも、全然違うからな。この世界に、大治癒術師って異名が付いた人が居るらしいんだけど、死に値する傷でさえ、治癒してしまう程、強大な治癒魔法を持ってるそうだ。まるで、神の力を得たみたいにな。ま、神話みたいな話で、実際居るかも分からねぇけどな」


「そんな人が……私も、そんな風になれますかね」


「お、早くもこの世界に馴染んできたか。お前なら、すぐなれるよ」


 卓也の笑顔に、三葉は嬉しくなり頬を赤く染める。


「必ず、生きて帰りたいですからね。私、頑張ります!!」


「おう、応援してる。一緒に生きて帰ろうぜ」


 卓斗と美少女は、相変わらず罵り合っていた。


「大体お前は、ここに何しに来たんだ!!」


「だから助けてってお願いしたじゃない!! もう忘れたの!? 信じらんない!! もしかしてあんた、頭が馬鹿なんじゃないの?」


「はぁ!? 絶対に俺よりお前の方が馬鹿だからな!! それだけは断言する!!」


 すると、他に部屋で眠っていた慶悟が眠りを妨げられ、不満そうにリビングに入ってくる。


「うるさいですよ、朝から……一体どうしたん……です――っ!!」


 慶悟は、美少女を見るなり目を見開いて驚き、そのまま固まってしまう。


「おーい、慶悟、どうした?」


 卓也が慶悟の目の前で手を振り、意識を確認する。


「卓也さん……何故このお方が……ここに?」


 慶悟の驚きは、絶世の美女では無く美少女の素性の方だった。


「何だ、お前知り合いなのか。いや、卓斗と三葉が倒れてたこの人を助けて、んで今は喧嘩してる」


 慶悟は、美少女を見つめたまま口をパクパクとさせている。


「何よ、あんた」


 そんな慶悟を冷たい視線で睨み返す美少女。


「生きて……いたんですね」


「誰なんだこいつわ」


 慶悟に卓斗が、質問する。


「このお方は、エレナ・カジュスティン様。王都の王族、カジュスティン家の第三王妃様です」


「王妃様!?」


 全員が目を丸くして驚く。絶世の美女の正体、それはヘルフェス王国の王族、カジュスティン家の第三王妃だった。


「だが、カジュスティン家はニ年前に滅亡したと聞いてるが?」


「滅亡!? じゃあ……お前って……ゆ、ゆゆ、幽霊!?」


 卓斗の表情が、一気に青ざめていく。


「馬鹿な事言わないでくれる!? 幽霊な訳ないでしょ!? やっぱりあんたって馬鹿なのね!!」


「んだと!! 本当ムカつくなお前!!」


「滅亡したはずの、カジュスティン家の王妃が、何故ここに居る?」


 卓也がそう質問すると、エレナは曇った表情を見せた。


「ニ年前に、クーデターが起きたの。私はその時、たまたま国を出てて帰ってきたら、カジュスティン領が火の海で何も出来ないまま、皆死んでいった……私は、必ずカジュスティン家を復興させる。その為に、強くなるって決めたの」


「て事は、言い方は悪いかも知れねぇけど、生き残りって事か……お前にそんな過去があったとはな……」


 卓斗も、先程まで散々エレナに対して罵声を浴びせていたが、エレナの過去を知り、反省する。だが、その反省も直ぐに無意味になる。


「だから、王妃の私の護衛にしてあげるって言ってるのよ。あんたも、光栄な事と思いなさいよね」


「な!? せっかく人がちょっと反省してやったのに、何だよその態度!!」


 やはり、二人の相性は最悪な様だ。


「お客さんが来てるの?」


 再び、卓斗とエレナの喧嘩が始まると若菜、沙羽、繭歌、蓮も起きてきて、リビングに入ってくる。


「団長、このお方……」


 慶悟が、若菜に近寄り小さな声で話しかける。若菜は、エレナを見ると驚いた表情をして、直ぐに表情を曇らせた。


「まさか……」


 そんな若菜を見ていたエレナも首を傾げていた。


「ここに来た要件わ?」


 若菜は、強張った表情でエレナに話しかける。


「あ、そうだ!! 助けて欲しいの!!」


 卓斗との喧嘩で、すっかり本来の目的を忘れていた様で思い出した様に声を上げた。


「助けて欲しい? どういう事だ?」


「ニ年前のクーデターで国を出てから、ある騎士団にお世話になってるの。国に属さない騎士団なんだけど対立している騎士団と戦争中で負けそうだから、援護して欲しいの」


 国に属さない騎士団。卓也がかつて言っていた話だ。訳あって国から追い出された三つの騎士団。それの、一つだ。


「戦争……」


 この世界では、戦争は付き物。騎士団同士や、国同士平和とは、ほど遠い世界。


「そう、なら卓也と沙羽で解決してあげて。私は、これから王都に行かなくてはならないの。慶悟は、付いてきて」


「分かりました」


 そう言うと、若菜と慶悟は支度しに、部屋へと戻って行く。


「何か、若菜さんとお前面識でもあんのか?」


 卓斗は、若菜の表情が少し、引っかかっていた。避ける様な態度で、強張った表情を。


「私は、面識無いけど王族の王妃だし、向こうは知ってて当然でしょ」


「俺は知らなかったけどな」


「本当に知らないの!? あのカジュスティン家の王妃よ!? 私はまだしも、カジュスティン家も知らないの?」


 エレナが、ここまで言うとなるとカジュスティン家は、この世界で大きな存在だった事が分かる。だが、日本から来た卓斗達にとってはそんな歴史も全く知らない。


「カジュスティン? それも知らねぇ。悪いけど、この世界については何も分かんねぇから」


「あんたまで、まるでこの世界とは別の世界から来ました、みたいな事言うのね」


「貴方まで? 他にも居たのか!?」


 エレナのその言葉に卓斗の脳裏に、悠利と李依の姿が思い浮かぶ。


「え、うん、私の居る騎士団にもニ人、あんたと同じ様な事を言っていたけど……」


「そいつらの名前は!!」


 卓斗が、エレナの手を掴み顔を近づけ質問する。やっとの手掛かりになりそうなだけに思わず、手を握ってしまった。絶世の美女の手を。


「あっ!! 悪りぃ……!!」


「ちょ、ちょっと!!  護衛の分際で私に触れないでよ!!」


 ニ人は、距離を取り顔を赤くして、視線を逸らす。単に、目を見れないのだ。そんなニ人を他所に、繭歌が咳払いをして、話を戻す。


「話を戻すよ、その二人の名前教えてくれるかな」


「えーっと、ユウリとリエだけど……」


 エレナから、出てきた名前はユウリとリエ。それはまさしく、悠利と李衣だった。


「悠利!!」


「李衣!!」


 卓斗と三葉は、声を揃えてそう叫んだ。繭歌と蓮とニ日で再会を果たしたがその後は、約ニ週間、ニ人の手掛かりを得る事が出来ないでいた。

 だが、この美少女、エレナとの邂逅の後、得る事が出来た手掛かりに卓斗達は、心を踊らせる。そんな二人に、思わず気圧されるエレナ。


「な、何よ……」


「お前の依頼は受ける。その場所に俺も行く!! いいよな、卓也さん」


 この手掛かりを、見逃す訳にはいかない。


「あぁ、いいに決まってる。今すぐ準備するぞ」


「結局、行くのね。なら最初から行くって言えばいいのに」


 エレナの言葉に、腹を立たせる所だが今はそんな事は、卓斗にとってどうでもいい事だ。一刻も早く、悠利と李依と再会し安堵したい所だ。


「やっぱり、悠利達もこの世界に居るんだ。やっと……やっと会える!!」


「あんた達、ユウリとリエと知り合いなの? その、こことは別の世界が関係してるとか?」


「そうなんです。日本って言うんですけど、皆で生きて帰りたいんです」


 そう話す三葉を、エレナは不思議そうに首を傾げていた。こっちの世界の者からすれば日本という異世界の存在など信じれる話では無い。


「まぁ何でもいいんだけど。取り敢えず、来てくれるなら。あんたは、私の護衛って事ね」


「護衛には、ならねぇ」


 そこの部分だけは、冷静に言い返せる卓斗だった。

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