第一章 8 『行き詰まる手掛かり』




「――何だ……この感じ……また暗闇を彷徨ってるのか……じゃあ、気絶したのか、それとも死んだのか……でも、いつもより変な感じだ……」



 卓斗は、この世界に来て三度目の暗闇を彷徨っていた。だが、一度目とニ度目とは感じ方が違う。すると、またしても誰かの声が耳に入ってくる。いつもの、三葉や卓也が卓斗に呼び掛けてくる声とはまた違った声だ。



 ――君はまだ死ぬには早い。



 そう聞こえた。だが、姿は一向に見えてこない。


「誰なんだ……?」



 ――それを知るのもまだ早いかな。



 姿も名前も、何も分からない状況。だが、声の質、それが女性っぽい事だけは分かった。



「俺は、死んだのか?」



 ――ううん、まだ死んでないね君達が張ってたバリアが割れた瞬間で、世界の時は止まっているよ。



「は? 時が止まってる? 何言ってんだ……? 状況が把握出来ねぇ。お前は何者で、何がしたいんだよ」



 ――うーん……私が何者かはまだ教える訳にはいかないかな。けど、君に資格があるなら、その時が来るはずだよ。着々と、その資格を得てきているからね。今こうして、私と話が出来ているのがその証拠だよ。前回の、君が盗賊に襲われた時は、話す事が出来ないまま勝手にしちゃってごめんよ。君がこの世界に来てからすぐだったからね、資格が足りなかったみたいでさ。でも、私も凄く嬉しいんだ。君がこの世界に来てくれて、その時が来るのを、楽しみにしているよ。



 素性の分からないその女性は卓斗の耳に、そう語りかけてくる。


「ちょっと待てよ、まさかこの世界に飛ばしたのは……お前なのか?」



 ――それは違うよ。君がこの世界に来た理由は私にも分からない。けど、君が資格を得てきているのはもっと違う理由でね。でも、それを今話す事は出来ないんだ。その時が来た時に、話す事にするよ。それじゃあ、そろそろ時が動くよ。少しの間、私が力を貸してあげるからこの試練を乗り越えてみてよ。さぁ、少年この運命に……


 ――抗え。



 その瞬間、卓斗の視界が光り輝き再び、時が動き出す。


 雷が三重のバリアを粉砕し卓斗達を襲う、その瞬間、卓斗が右手を横に振り切ると雷を押し寄せ、次第に雷は消えていく。


「えっ……何が起きたの……?」


 三葉は、雷が突然消えた事に目を丸くして驚いていた。繭歌も同じく、驚いた様子でその視線の先は、卓斗を向いていた。卓斗の表情は、先程とは打って変わり勇敢な表情で、眼は紅く染まっていた。


「これが……あいつの力……お前は一体、誰なんだよ……けど、その時が来れば分かるって言ってたし、今はやる事をやるしかねぇ」


 卓斗は、自分の手の平を見つめながら素性の分からない女性の言葉通り運命に抗う事を決めた。


「三葉、繭歌、ここは俺に任せてくれ蓮と村人達を頼む」


「え、卓斗くん? 急にどうしたの? それに、その眼……」


 三葉は、一度卓斗の眼が紅く染まっているのを見た事があった。この世界に飛ばされた次の日盗賊に襲われた際に、卓斗は眼を紅く染め盗賊を蹴散らした事があった。

 だが、その時は、卓斗の意識は無く三葉も、少しだがその卓斗に対し恐怖心を抱いていた。


「どうしたもねぇよ、俺が戦う。今度は、巻き添いとか無いから……多分」


「急に勇敢で驚くよ。ビビってる方が似合ってるね」


 繭歌の言葉に、少しイラっとしたがそのまま流し、レイテ・マドワールと向き合う。


「お前倒して、この国から出る!!」


「やはりその眼……お前、何者だ?」


 レイテ・マドワールは卓斗の眼に、思い当たる事がある様子だ。


「俺は、越智卓斗!! 何者でも何でもねぇよ。ただの越智卓斗だ!!」


 卓斗は、そう叫ぶとレイテ・マドワールの方に向かって走り出した。



 ――塔の中でも、卓也達がレイテ・マドワールと戦っていた。


「おらぁ!!」


「はぁぁ!!」


 卓也と沙羽が、両サイドからレイテ・マドワールに向けて斬撃を放つ。だが、レイテ・マドワールに触れる瞬間、雷のバリアがそれを弾く。


「ふん、それが貴様らの実力か? 四対一とは、笑わせる」


「あら、なら遠慮は要らない様ね」


 若菜が、そう言葉にすると空気が重くなる様に感じる。


「テラグラン・カルマ」


 若菜が詠唱を唱えると剣が白く光り出す。


「なるほど、貴様は腕が立つ様だな」


「褒めてもらって光栄ね」


 若菜が、剣を振り抜くすると、白い斬撃がレイテ・マドワールを纏う雷のバリアを粉砕し、体を捉える。


「よっしゃ!!」


 卓也が、拳を握り喜ぶが冷静に若菜が口を開く。


「この衝撃で、恐らく塔が崩れるわ。直ぐに出るわよ」


「ちょっと!?」


 沙羽も、慌てふためきながら塔の出口に向かい走り出す。


「団長、強いのはいいけど後の事もちゃんと考えてくれる!?」


 沙羽の愚痴を聞きながら走る若菜達。塔の壁は、大きな亀裂が入り崩れ始める。


「急げ!! 下敷きになるぞ!!」



 ――走り出した卓斗は右手を振りかぶり、レイテ・マドワールに殴りかかる。だが、その拳は、簡単に受け止められてしまう。


「一つ、いい事を教えといてやる。もう片方の俺が消えた」


「消えた? って事は若菜さん達が勝ったのか!!」


「忘れたのか? 俺は分裂している間、実力が半減する。だが、片方が消え、一人になった……つまり、実力が元に戻っている」


 その会話を聞いていた蓮が無表情で、繭歌と三葉に話しかけた。


「多分、越智が勝つね」


「え? どうして?」


 三葉が首を傾げて蓮に質問する。


「レイテ・マドワールはべらべらと喋り過ぎだからね。典型的なやられキャラだよ。まぁ、安心していいよ」


 何故か蓮は、自信満々でそう話す。だが、三葉にはそれが理解出来ない。繭歌は、納得した様子でうんうんと頷いている。


「こういう世界に来た場合、大抵は最初の方の敵はそんなに強くないからね。あくまでも、アニメや漫画の話だから、実際どうかは分からないけどさ」


 繭歌と蓮には、何か通じる物でもあるのか分かり合ってる様子で、三葉だけが疑問符を浮かべていた。


「よく分からないけど……とりあえず、安心していいんだよね」


「うん、ていうか越智も魔法とか使えるんだ。楠本さんも、そうだけどさ、馴染むの早いよね。東雲さんも使えるの?」


「私も……一応なんだけど、防御魔法とかしか出来なくて……」


 三葉は、情けなさと恥ずかしさで顔を赤くしながら、えへへと笑った。そんな三人を他所に卓斗は、レイテ・マドワールと睨み合ったままだ。


「実力が戻った……か、なんか、勝てる気がしなくなってきた!!」


 次の瞬間、卓斗はレイテ・マドワールに殴り飛ばされる。


「痛ぇ!?」


「あれ!? 卓斗くん押されてるよ!?」


 殴り飛ばされた卓斗を見た三葉は再び不安が押し寄せてくる。


「あ、そんな事よりさ。ほら、敵の後ろ」


 繭歌が、そう言いレイテ・マドワールの居る方を指差す。



「――あ!!」


 三葉にも、それが見えた様で押し寄せてきていた不安は消えた。


「あれ、なんか力貰ってるはずなのに、あんまり変わった様子が無いな……さっきは雷消せたのに、なんでだ?」


 そう呟いていた卓斗の眼は普通の眼に戻っていた。


「まさか、時間制限あったとか!? ならそう言えよな!! あいつ!!」


「さっきから、何をほざいている俺の実力に、恐れをなしたか?」


 卓斗は、視線をレイテ・マドワールに向ける。突然ピンチに舞い戻ってしまった卓斗の視界にあるものが移った。


「あ……」


 次の瞬間、レイテ・マドワールは後ろから、何者かに切られた。


「ぐっ!?」


 切った者、それは簡単な答えだった。


「こいつさっき、倒したはずだけど……なんでここに居るんだ?」


 塔から、脱出した卓也達だった。


「卓也さん……」


「大丈夫か? 遅くなった、直ぐに出るぞ」


 リンペル国は、静まり返り塔は崩れ、瓦礫の山となっていた。無事、蓮と村人達を助け出し任務は成功して終わった。


 ――日が暮れ、辺りは暗くなり綺麗な満月が世界を照らしていた。卓斗達は、リンペル国を出た後、村人達を村へと帰しジャパシスタ騎士団のアジトへと戻ってきていた。


「なるほど、じゃあこの人達も日本人で越智と東雲さんが、お世話になってるって事」


 この世界に飛ばされてようやく、三人目の蓮との再会を果たし話したい事が山ほどあった。


「蓮は、最初から一人だったのか? 悠利と、天宮さんは一緒じゃなかったのか」


「うん、僕は一人であの村に。でも正直、越智達が来てくれて助かったありがとう」


 蓮は、深く頭を下げて卓斗達にお礼を言った。常に冷静な、蓮でも流石にこの世界に飛ばされた事に関しては凄く不安だっただろう。


「いいんだよ、神谷くんも無事だったし、後は御子柴くんと李衣だけだね。早く見つけてあげないと」


「そうだね、僕も二人を見つけるまでここに居させて貰うよ」


 そう話したのは、繭歌だった。


「え、でも繭歌って副都で騎士学校に入ったんだろ?」


「日本の高校とは違って、いつでも辞めていいし休学みたいのも出来るんだ。まぁ、その分卒業は遅くなるけどね。どうせ、日本に帰れる方法が分かったら帰るんだしね」


「私達としても、新しいメンバーが増えて嬉しいわ。神谷くんもここに居ていいのよ?」


 若菜の言葉に、蓮と繭歌はジャパシスタ騎士団にお世話になる事となった。これから、卓斗達が成す事は悠利と李衣を見つけ出す事。卓斗と三葉、繭歌に蓮までもがこの世界に居るとなると悠利と李依も居る確率が高い。


 ここまで、順調に再会を果たしてきている卓斗達。最初から一緒だった三葉を除けばこのニ日間で、再会している事を考えればニ人との再会も期待できる。



 ――だが。



「もうかれこれ、ニ週間くらい経つけど全然手掛かりがねぇんだけど!?」


 蓮を救出して、約ニ週間が経ったがこれといって、悠利と李衣の手掛かりは、全く持って見つかっていなかった。


「もしかしたら、この世界に飛ばされて無いのかもね……」


 三葉も、ニ人が心配で落ち着かない様子だった。このニ週間、魔法の使い方や剣技を卓也から教わりながらニ人を探し、そんな日々が続いてるだけだった。



 ――そしてまた、新たな一日が始まる。



 朝、太陽が昇り始め世界を明るく照らす。マイナスイオンが大量のこの世界の朝は清々しく、とても気持ちのいい朝だ。


「あれ、三葉だけ?」


 アジトのリビングには三葉の姿しか無かった。


「うん、若菜さん達はまだ寝てるみたい。今日は、魔法の修行も休みだからね」


 時刻で言うならば、まだ朝の六時だ。


「休みだけど、なんか目が覚めるよな」


「休みの日になると早起きになっちゃうよね。あ、朝ご飯食べる? フレンチトーストなんだけど」


 そう言って、三葉はフレンチトーストを机に置く。


「三葉が作ったのか? 美味そう……ありがとう、いただきます」


 とても、平穏な日々。悠利と李依さえ早く見つければもっと平穏な日々を過ごせるだろう。


「俺達さ、まだ出会って一ヶ月も経ってないのにさ、毎日一緒に居て、なんかかなり仲良くなれた気がするよな」


「そうだね、初めはどうなるかと思ったけど、卓斗くんがいい人で良かったよ。神谷くんも、あんまり話せて無いけど、――卓斗くんと出会えて良かったな」


 満面の笑みでそう話す三葉に思わず卓斗は、胸を打たれてしまった。頬を赤く染め、心臓がドクンと鳴る。


「あ、あー、俺ちょっと外の空気でも吸ってこようかな。フレンチトーストありがとな!!」


 卓斗は、逃げるように外に飛び出してしまう。三葉は、そんな卓斗を首を傾げて見送る。


「はー、なんだこの感じ……ドキドキしてる……いや……まさかな……ん?」


 深呼吸しながら、気持ちを整理する卓斗の視界に、あるものが映る。そこには、赤髪でハーフアップをして左サイドの部分を三つ編みにしていて、整った顔立ち、まさに絶世の美女だ。

 白がメインで所々に赤い布生地が使われたアイドルが着ている様な服装でスカートからは、白くて細い脚が伸びている。

 そんな少女が、ボロボロな姿でジャパシスタ騎士団のアジトの前に倒れこんでいた。


「人……? おい!! 大丈夫か!?」



 ――この出会いが、卓斗の運命を大きく動かしていく。



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