解決

 あるところに小俣学という引っ込み思案で奥手の高校二年生がおりました。


 学は転校した高校で毎日のように虐められていましたが、虐めの黒幕である町田昇から、虐める理由を聞かされました。


「そのヘタレと同じ名前のお前を見るとあのバカを思い出してムカつくんで、虐めてたのさ」


 町田が以前虐めていた後藤学という男子と名前が同じだからという理不尽な理由で虐められていたのを知り、学には町田の顔が人間の顔に見えませんでした。


 学は町田に、


「亡くなった人の事をそんな風に言うな」


と反論しました。すると町田は激怒し、学を足蹴にしました。


 その時です。町田の背後に後藤学の霊が現れました。


 後藤の霊は町田に乗り移り、その顔を自分の顔に変えてしまいました。


 町田の取り巻き達はそれに気づき、転がるようにして逃げました。


 町田も自分の顔が後藤の顔になったのに気づき、泣き叫びました。


 町田はそれ以来不登校になってしまいました。


 後藤の霊に救われた学の前に美少女が現れました。


 一年生の岩尾希です。


 彼女は学に自分の兄の制服を貸してくれました。


 学は彼女に思い切って告白し、付き合うようになりました。


 希は学に自分が超能力を持っている事を打ち明け、詫びましたが、学はそれを咎めたりしませんでした。


 


 それからしばらく経った時です。


 学と希はいつものように昼食を摂るために屋上に行きました。


 するとそこには久しぶりに登校して来た町田が待っていました。


 町田は金属バットで学を殴ろうとしましたが、希が超能力でバットを奪い取ってしまいました。


 唖然となった町田の前に再び後藤の霊が現れ、その上希に、


「虐めは許さない。一生を懸けてその罪をあがないなさい!」


と怒鳴られて気を失い、失禁もしました。


 愕然とする学に希は悲しそうな顔で言いました。


「先輩の想像通りです。後藤学は私の実の兄で、私は町田に復讐するためにこの学校に入学しました」


「ええっと……」


 頭の中が混乱しているのか、学は言葉に詰まりました。


「でも、もういいんです」


 希はその愛らしい二つの瞳から真珠のように輝く涙を零しながら言いました。


 涙は流していましたが、希は微笑んでいました。


 彼女は涙を拭って、


「兄が虐めに遭って苦しんでいるのを私は知りませんでした。両親の離婚で兄とは離れ離れになっていましたから」


 学は口を動かすのを諦め、希の話に耳を傾けました。


「兄の事に気づいたのは兄が自殺をした時でした。私、自分の妙な力が嫌いだったのですが、兄の最後の声が聞こえた時は震えてしまいました。ああ、どうしてもっと早く気がついてあげられなかったのだろうと……」


 希はまた大粒の涙を零しました。学は貰い泣きしそうになるのを堪え、


「それで、この学校に入学するのを決めたの?」


 探るような目で尋ねました。希は学を見て小さく頷き、


「はい。兄を自殺にまで追い込んだ連中を見つけて、私の力で同じ目に遭わせてやろうと思ったんです」


 希のその言葉に学はギクッとしてしまいました。すると希は自嘲気味に笑い、


「あいつらは兄の自殺の事など全く気にしている様子もなく、今度は先輩を虐めていました。私は先輩に初めて会った時から何か運命を感じていたので、連中を懲らしめようと思っていました。でも、兄が……」

 

 何故か希は言葉を詰まらせてしまいます。学は怪訝そうな顔で希を見て声をかけようとしました。


「僕が止めたんだ。そんな事をしてはいけないって。何の解決にもならないって。そして、小俣君を見てごらんとも言ったんだ」


 不意に希の隣に後藤学の霊が現れて言いました。


 学は後藤の霊を見ても不思議な事に全く恐怖を感じませんでした。


 むしろ暖かな気持ちになりました。


「嬉しかった。小俣君が、町田に対して言ってくれた事」


 後藤の霊は微笑んで学を見ました。学は何の事かわからず後藤を見つめます。


「亡くなった人の事をそんな風に言うな。君はそう言ってくれた。あの一言で僕は凄く救われた気がしたよ。本当にありがとう、小俣君」


 後藤の霊はゆっくりとお辞儀をしました。学はようやく何を感謝されているのか理解し、


「そんな、僕は只そいつの言葉が許せなかっただけで……」


 気絶したままの町田を見下ろしました。


「そう思っても、言葉にできない人はたくさんいるよ。だからこそ声に出して言ってくれた君に感謝しているんだ」


 後藤の霊も町田を見下ろして言いました。


「妹は君が屋上で町田に酷い目に遭うのを自分の力で気づき、僕の制服を持って来ていたんだ」

 

 後藤の霊はしゃくりあげている希に目を向けました。


「あの時、全部事情を説明すればよかったと思うんですけど、先輩に怖がられるんじゃないかって不安で……」


 希は潤んだ目で学を見ました。学はその目に胸を締めつけられました。


「小俣君」


 後藤の霊は微笑むのをやめて学を真顔で見ました。


「はい」


 学は鼓動を高鳴らせながら応じます。


「今の家では妹は孤立しているんだ。新しくできた義理の兄は、妹も話したとおり、本気で妹を穢そうとしている」


 後藤の言葉に学の頭にある疑問が浮かびました。


「あの時、屋上に現れた義兄は私が作り出したイメージです。でも、あの男の真実の姿なんです」


 希が学の頭の中を覗いたのか、答えてくれました。


 学はそのせいで顔が引きつりそうになりましたが、


「そうなんだ。じゃあ、あのマントのピンも?」


 学は自分の部屋の机の上から消えたピンの事を尋ねました。


「はい。私が消しました」


 希はバツが悪そうな顔で言いました。


「だから、妹を僕の代わりに守って欲しいんだ。お願いします」


 後藤の霊は学に深々と頭を下げました。


「わかりました。妹さんは僕が必ず守ります」


 学は後藤の霊に力強い声で言いました。


「ありがとう。本当にありがとう」


 後藤の霊はそう言って微笑むと、光に包まれて消えてしまいました。


 学はしばらく後藤の霊が消えた方を見ていましたが、希に視線を移し、


「いいお兄さんだったんだね」


「はい。とっても優しい兄でした」


 希がまた泣き出したので、学はアタフタしてしまいました。


 


 二人はその後手早く昼食をすませ、そのままにしておく訳にもいかないので、学が気を失っている町田に声をかけました。


「昼休み、終わるよ」


 その途端、ぱちくりと目を開いた町田は、


「ひいい!」


 悲鳴をあげて屋上から逃げて行きました。


 学と希は微笑み合うと、屋上を出ました。


「じゃあ、先輩、また放課後に」


 希は手を振って廊下を駆けて行きます。


 学は希のスカートの下から覗く太腿に見とれていましたが、


(後藤君が見ているかも知れない!)


 そう思って踵を返すと自分の教室に向かいました。


 


 学は希と後藤が兄妹ではないかと何となく思ってはいましたが、実際にそうだと知ると感慨深いものを感じました。


(後藤君と同じ名前だったから、僕は希さんと出会えたのか)


 去年の学が今の学を見たら、


「騙されているぞ、あんな可愛い子がお前なんかを好きになるはずがない」


 そう諭していたはずだと思いました。


 でも、今の学は違います。希が自分に好意を持ってくれた事は嘘ではない。


 そして、自分を好きになってくれた希を守る。


 彼は希の義兄と話をする事を決断しました。


 


 放課後になり、いつもと同じように希が玄関まで学を迎えに来ます。


 学は希に自分の決断した事を話しました。


「先輩、ありがとうございます。でも、あの人は何を考えているのかわからない人です。気をつけてください」


 希にそんな事を言われ、学はちょっとだけ後悔しかけました。


 しかし、後藤との約束を守らなければならないと思い、希と共に彼女の家へと向かいました。


 考えてみると、学は一度も彼女の家に行った事がありません。


 希の家は学の家がある場所からそれ程離れていない住宅地の一角にありました。


 学の家の倍くらいある大きな家で「お屋敷」と呼ぶのが相応しいくらいです。


 希の母が再婚した相手は大手企業の重役で、年齢が一回り違うそうです。


「母と義父ちちはうまくいっています。あの人はそこにつけ込んで、二人の前ではいいお兄さんを演じているんです」


 希は悔しそうに言いました。


「まだあの人は帰っていないですから、私の部屋に行きましょう」


 希は玄関を開いて学に言いました。


 二人は二階にある希の部屋に向かいました。


 階段を上がり切って廊下を歩き始めた時、不意にその先の角から何かが現れました。


「希、待っていたよ! 今日こそ、僕のモノにするぞ!」


 それは野獣のような目をした彼女の義兄でした。


 彼はまさか学が一緒にいるとは思わなかったのか、目を見開いて驚きました。


「どうして君がここにいるんだ!?」


 先程の言動を取り繕う事が無理だと判断したのか、義兄は学に掴みかかりました。


「先輩に酷い事しないで!」


 間に希が割って入りました。


「何故お前は僕の気持ちがわからないんだ、希? お前を愛しているんだよ。大切に思っているんだ」

 

 義兄はあたかも悲しそうな表情になって言いました。


「嘘ばっかり! 貴方は私を犯したいだけなのよ! 貴方が同級生の女性達に何をして来たのか、私が知らないとでも思っているの!?」


 希の言葉に義兄は一瞬怯みましたが、


「黙れ! お前の初めての男はこの僕だ! それだけは誰にも譲らない!」


 狂気の目になって希に襲いかかります。すると希は、


「残念でした、お義兄さん! 私の初めてはもう小俣先輩にあげたわよ!」


 学が仰天するような事を言ってのけました。


「そんな……」


 義兄は眩暈でもしたかのように揺れ動き、階段を駆け下りると玄関から飛び出して行ってしまいました。


「あの……」


 驚き過ぎて言葉にならない学を希が恥ずかしそうに見ます。


「ごめんなさい、先輩、とんでもない事を言って」


 彼女はスッと学の両手を包むように持つと、


「でも、先輩に初めての人になって欲しいのは本当ですよ」


 学は卒倒しそうなくらい顔が赤くなっているのを感じました。


 彼の青春はまだまだこれからです。


 めでたし、めでたし。

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小俣学の青春日記 神村律子 @rittannbakkonn

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