20 聖女、浄化する

  まず仕掛けたのはモアだった。巨大なる狂った獣が飛び掛るが、ヴィダルも伊達にフォーマルハウトの特務部隊に所属しているわけではなく、両手から謎の赤い光を放ち、パンダの豪腕を受け止める。


「ジョーンズ、これは千載一遇の好機かも知れんぞ」やおら聖女は隊長にそう言う。


「好機とは?」


「モアを仕留めるチャンスだ。いけそうならやつの目を潰せ」


「いやいや、彼はあなたを守るために身を挺して戦っているのではありませんか」


「だからこそ今が好機と言っている。まさか臆したのではあるまい」


「まあ、隙があれば行きたいですが、あのヴィダルという男もただ者ではないので、両者の間に入るのは容易じゃあありませんよ。なんでもあの男は両手から放つ光で、任意のエネルギーを消滅させ、さらに自分でも自由にエネルギーを放出できるということです。詳しくは知りませんが」


「上限はないのか?」


「さすがにないということはないでしょうが、かなりでかい出力を放てるという話ですよ。負債を返さない相手を制裁するために、団地五棟を跡形もなく吹き飛ばしたとか」


「なら、やつがその気になればいつでもこの聖堂を破壊できるということか。今はモアを倒すために意図的に出力を抑えているようだが、狂っているというのに律儀なやつだ。こうなれば私が先にここを焦土に変えておいたほうがいいのではないか? フォーマルハウトの尖兵より聖女たる私が優れていると示すべきだろう?」


「聖女様が優れているのは国民の総意です、今更指し示さずとも」


 聖女が、しかしやっぱり吹っ飛ばしたほうがいい気がするなあ、とつぶやいた時、二人の魔導師の均衡が崩れた。ヴィダルがさらなる圧をかけ、自分の二倍以上の怪物パンダを吹き飛ばしたのだ。


「ほら見ろ、あの監視屋は己の使命を果たすことすらできない縫いぐるみではないか。もう死をもって償うしかない」


「分かりました、聖女様、あなたの意思は。だけどこの俺も聖堂騎士団の隊長、ここを守ることが使命なのです。だから、最後に賭けをしようではありませんか。今から百フレイム硬貨を投げて、表が出たら俺、裏が出たら聖女様の勝ちです。勝ったほうの望むままにするというのはどうです。もちろん、俺の望みは聖女様が破壊をしない、ということです」


「なら私の望みはお前の死だ」


「何故に俺まで死ぬことになっているのですか」


「お前は今期に入ってまだ死んでいないではないか。死は混沌を強める。敗北した暁には潔く自決せよ」


 まあどうせ復活させてもらえるのだろう、とジョーンズ隊長はこれを承諾した。というのも、彼には勝算があったからだ。

 彼がこの度、用いようとしていたのは、ベナティアの店で買い求めた両表のいかさまコインであった。


 ヴィダルが倒れたモアに追撃を加えている中、コインが高く放り投げられ、ジョーンズの手の甲に納まった。


 あらわになったコインはしかし、裏であった。


「そんなバカな」


「残念、神はお前に微笑まなかったな。では死だ」


「こんなことが起こるはずがありません、聖女様、いかさまをしましたね?」


「隊長、あなたも聖職なら潔く死にたまえ」と告げる司祭と関係者一同にはがい絞めに合い、隊長は呻いた。


「分かりました、死にますよ。それでいいのでしょう」


「いや待て。お前だけが死ぬのは不公平だと私は思った」


 突如聖女は前言を覆す。一同が唖然とする中、彼女は続ける。


「やるならもうあのイカれた教皇と、いずれ消す予定の皇帝と、反逆者たるラヴジョイも一緒にやったほうが時間の無駄がなくてよいではないか。

 今からアデレードの中から断片を取り出す。そしてすべてを覆す。この地を私の母国とするために、私が分解されてよみがえったように、一度すべてを砕いて再構築しよう。ジョーンズ、お前にちなんで、その国で使われる硬貨は両方が表だ。コインの裏と表を同じにするにはどうすべきだ? コインを砕くしかない。この手を血に染めて全国民の魂を地獄へ送る。すべての祖先も、楽園から引き摺り下ろされ地獄行き。つまり、すべては唾棄される」


「それでは救いがないではありませんか!」


 ワルラス司祭はかつてないほどに動じた。それもそのはずで、彼は去年までスーパーの店長を務めていたところをいきなり天啓を受け、聖職者へと転身したのだった。聖女の発言はこの一年をすべて無駄とするものだった。同じく聖堂の関係者一同も慌ててそこらじゅうを走り回っている。まさか、聖女がそんな暴挙に出るとは思えなかったからだ。自分たちは聖女の側に立っていると思い込んでいた。しかし、アンナは最初から誰の側にも立ってはいなかった。


「そうだ、救いはない。なぜなら混沌は誰も救わないからだ。お前たちは混沌となるのだ」


 一同はどうにか聖女アンナを止めようと彼女に殺到したが、暴風の前の木の葉のように心もとない。


 聖女が息を吐くと、そこですべてが白い光に包まれた。


 白い光はデレキアじゅうを飲み込んだ。聖女以外のすべてが灰となって混じり合い、それは二重螺旋を成して空に昇った。


 白い更地に無傷で立つ聖女の衣装の、しゃれこうべだけが静かに笑っていた。

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