19 聖女、策謀する

 内乱は泥沼の状況を呈していた。アデレード率いる審問隊は既に正気を失っており、話は通じなかった。それどころか、狂気は警官隊や軍、そして宮廷関係者にまで及んだ。幸いなのは彼らが必ずしも戦闘に参加するわけではないという点だった。延々、穴を掘り続けては埋めなおしたり、宇宙の起源について他者と語り合ったり、そこらにある道具で謎の機械を組み立てたりしていた。それでも、やはり大部分の箇所では戦闘が繰り広げられていて、日々それは拡大していた。


 アルデバラン大聖堂は難民の避難所になったが、人が多いとうるさい、邪魔、などと聖女が非道な発言をし、彼らは外で寝泊りすることになった。デレキアは半ば無政府主義状態であった。


「これはまずいぞ、ジョーンズ」アンナは贅沢にも巨大な高級ステーキを食べながら言った。「この期に乗じて私が国を乗っ取ろうと思ったが、フォーマルハウトの奴らがここぞとばかりに食料品や水をバカ高い値段で売りさばいているそうだ。このままでは奴らが皇帝を殺害し、企業国家リンダリアを構築しかねないではないか。だから最初にやつらのトップであるエルモア・フォーマルハウトを殺害し、まず財閥を乗っ取る。そのあとで城を占拠し、私が教皇の座につく」


「聞かなかったことにしたい陰謀ですね。しかしなんでまた、教皇はこのような暴挙に」


「何の不思議もない。ある意味ローギルという神の使途にふさわしい行いだ。すなわち混沌だ。神聖にして不遜、混沌なる自由、あるいはアデレードに神の断片がインストールされたのかもしれぬ」


「断片とは?」


「神の象徴する概念そのものだ。アデレードはもはや混沌の使途。いや、あるいは、このまま混沌が国中に広がるのを待つべきかも知れないな。神のご意思はそちらであろう」


 ジョーンズ隊長は渋い顔になった。彼としては、混沌よりも平穏な日々がもっとも望ましい。聖女ももはや正気とは言えないのではないか、という今更な疑惑が隊長の内部に生まれつつあった。


「聖女様、ソーニャと審問隊が城門付近で激突したようです」外から入ってきたワルラス司祭が言った。「審問隊は全滅したかに見えましたが、何度でも復活し、ソーニャを打ち倒した模様。しかし彼女もまた復活し、審問隊とともに泥団子を延々作り続けているとか」


「キール兵長は何をしているのだ? 奴の力を持ってすれば、アデレードの首を落とすこともたやすかろう」


「国に帰ったそうです」


 さもありなん、近衛兵長はもともとラプタニア出身の流れ者だ。風向きが変わればそうなるだろう。

 フォーマルハウトを落とすにはどのような手段を用いるべきか、と聖女が考えていると、表で悲鳴が上がった。


「難民たちが騒がしいですな」


「ゴキブリでも出たんじゃないですか」暢気に言うジョーンズを尻目に、聖女は鋭く告げる。


「刺客だな。魔導師だ。戦闘準備をしろ」


 入り口から入ってきたのは、フォーマルハウトの制服を纏った男だった。その全身からは血が滴っている。


「ヴィダルか。久しぶりだな」モアが同僚の名を呼ぶが、相手は血走った目を向け、剣を抜いた。「おっと、ありゃ完全にイカれてるな。ストレスとは無縁の職場だったはずが、どうしたんすかね」


「我は反逆に成功せり! 我らは先ほどエルモア卿をぶっ殺したのさ。この調子で聖女の首をいただく。完全なるプランだ。俺は夏休みの宿題とかもちゃんと計画通りにできた人間なので間違いはない。我らが主、ラヴジョイ総統に貴様の素っ首をプレゼントしよう。そしてフットサルが国民的スポーツになり、全民家に三つ風呂場を設けることが義務となろう」


「なんであんなイカれたやつの相手ばかりしなきゃいけないんだ」ヴィダルの狂乱にうんざりする隊長だったが、


「いや、潜在的なフットサルの人気はこの国ではもともと相当なものだった。そして、先月テレビで見た限りでは、入浴の時間帯が家族と被って殺意を抱いたことのある市民が三人に一人はいるというアンケート結果が出ていた。奴の言うことはあながち的外れではない」


「聖女様、あいつはオレに相手させてくれませんかね」モアがアンナに言った。


「かまわないが、お前の仕事は私の監視であろう。それにお前の魔法でパンダに変身したところで、どうにもなるまい」


「そいつはどうですかね。パンダってのは意外と恐ろしいもんだってのを皆さんに証明するいい機会っすね」


 まあモアが死んでも損もしないし、というので許可したところ、彼は光に包まれ、いきなり恐るべき変貌を遂げた。


 そいつはまさしく怪物と呼ぶべき存在だった。身の丈は五メートルほど、四肢は大木ほどもあり、口からは火が溢れ出ている。

 確かに全身のカラーリングはパンダそのものであったが、それはパンダではない異形の何かであった。

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