18 聖女、頭突する

「ジョーンズ、最近治安が悪くなっている気がするんだが私の気のせいか?」


 聖女は隊長にそう言った。今もパトカーのサイレンと銃声が外から聞こえている。


「恐らく、気のせいでしょう。この街は完全に秩序が保たれた理想郷。犯罪じたいが今年に入ってから四件しか起きていませんので」雑誌を読みながら胡乱な返事をするジョーンズに、アンナは顔をしかめた。


「四件だと? その百倍、千倍は発生しているだろう。現実から目を背けるな、ジョーンズ。人心はひどく乱れているぞ。ガキ共は窃盗や援助交際、傷害に手を染め、年寄りまでもが銃を手に強盗に勤しんでいるんだ。このままでは犯罪都市へとデレキアは姿を変えてしまうであろう」


「もうそうなってるんだから、今更どうしようもありませんよ。それに、犯罪者は警察の管轄でしょう」


「我らが人民の心を、魂を救済すれば誰もが清い人格を得ることができよう」


「人格ですって? 我が国の国民の魂はとうにストレスで腐りきっておりますよ。下手に触れないほうがいい、藪蛇ってやつです。それにあなたを最初は誰もが敬い、崇拝していましたが最近は誰一人としてこの聖堂に訪れないではありませんか。飽きられたんですよ。そんな落ち目の聖女が何か言ったところで誰も聞く耳を持ちますまい」


「お前は何気に私に対して無礼だよな、隊長。一方お前はどうだ、モア、同意見か?」


 近くの長椅子で携帯端末を操作していたモアが水を向けられ、そのままで答える。


「人民は飽きっぽいっすからね。隊長の言うことも一理あると思います。だけど犯罪者が増加しているのは、たぶん審問隊のせいだと思いますよ。警察はそっちの相手で大忙しっすからね」


「審問隊? なんだそれは」


 モアは携帯端末のニュース記事を見せた。

 それによると、数日前に教皇アデレードが突如かなり急進的な人格へと変貌し、膨大な資金にものを言わせ、軍やフォーマルハウトから強力な兵士たちを雇い入れ、新たな部隊を作り上げたのだという。

 それだけでも、教皇へ事前に、異端審問の相談をしたいと申し入れていたアンナが無視された形になり、激昂せんばかりだったが、さらに聖女を憤慨させたのはその活動方法だった。審問隊とは名ばかりで、彼らはほとんど何の審査もなく、適当に異端者のレッテルを市民に貼り、その家を焼き払ったり、金品を強奪しているとのことだ。


「なんという愚かな。皇帝陛下はあの女の狂態に何もおっしゃらないというのか!」


「陛下も近く教皇を解任する動きのようですが、既に城を審問隊が取り囲んでおり、今はその対処で忙しいようっすね」


「何だと、それでは反逆、内乱ではないか!」


「まあそうっすね、下手をすると教皇は陛下を亡き者とし、自分が皇帝へ即位せんばかりの勢いのようです」


「ジョーンズ、どうなっている! なぜこんな異常事態を報告しなかった!」


 すると隊長はしばし考えたあと、


「いや、でも気のせいかも」などとつぶやき、聖女に頭突きを浴びせられる羽目になった。

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