17 聖女、来店する
聖女アンナはその日、市場に店を構えているベナティアのもとを訪れた。聖女によって一度殺害された後復活したことを、この商人は大々的に宣伝し、教会の折り紙つき、みたいに謳っていることが気になったからだった。どうしようもないものばかり売っている詐欺まがいの場所なら、市場ごと焦土に変えようと聖女は決意し、護衛のマーガレットとモアを伴って店へ向かった。
最初は小さなテントから始めたというベナティアの店は、すでに二階建ての大店へと姿を変えていた。観光客と地元の信者たちは、聖女を一目見るなり携帯端末で撮影しまくってSNSへ投稿し始める。マーガレットが人波を掻き分け、店内へ入るとベナティア自らがアンナを出迎えた。
「聖女様、ご来店感謝いたします。さては寄付をしに来てくだすったんですわな、そりゃそうでしょう。わたくしはローギル様のご意思のもと、この地上へ天啓をもたらす使途ですから。ではさっそく我が足へ祝福の口付けをどうぞ」
「また殺されたいのか? いいか、今回はお前が怪しげな代物を扱っていないか視察に来たのだ。神の名の元に審判を下してくれよう」
「これはまた異なことをおっしゃいますわな。当店で扱っているのはすべて正当な祝福を受けた聖遺物。よろしい、聖女様の目がローギル神の目とおっしゃるなら、神にもご照覧いただきましょうか」
始終、胡散臭げな顔の聖女にベナティアはショーケースを指し示す。
「まずはこれですわ、聖人の不朽体。歴代の偉人のミイラがよりどりみどり。むろんお高くなっておりますが」
「おい、ちょっと待て。なんだこれは」右手のミイラを指差して聖女は詰問する。
「説明書きがございましょう。アミュレットの聖人オーガストの右手ですわ。オーガストは地下鉄工事中に温泉を掘り当て、病人の治癒に大きく貢献したんですわな」
「それくらい知っている、釈迦に説法だ。私が言いたいのはそこではなく、なぜオーガストの右手のミイラが十本あるのかということだ」
「これは異なことを。オーガストの右手が何本あったか、聖女様はじかにその目でご覧になられたのですか? 八十年前のアミュレットにいらっしゃったとでも? もしそうならわたくしの知る以上に、聖女様は奇跡的なお方ですが」
「直接オーガストを見たことはないが、さすがに十本はなかろう」
「聖女様がなんとおっしゃろうと、あるものはしかたがないでしょう」
「やはり詐欺師だったか……こっちのは何だ? アルデバラン大聖堂の壁だと?」
「ええ、聖女様ならびに歴代の偉大な聖人の加護のある、最大の護符ですな」
「さてはこの前の爆発現場から盗み出したのだな」
「失敬な、そんな火事場泥棒みたいなことをわたくしがやらかすとでも? 夜にこっそり忍び込んで削りだしたに決まっているでしょう」
「こそ泥めが! おいマーガレット、警備担当者としてこのような夜盗をなぜ捕縛しないのだ? 最近の夜間警備はお前の担当だったろう」
「ああ」アンナに矛先を向けられ、マーガレットは曖昧に頷きながら、「うっかり見逃していました。いや、気づかなかったです。これはベナティア殿が腕利きの盗賊としての技量を持っているということで、喜ばしい誤算じゃないですか」
「お前も寝言を……よもやお前、ベナティアから袖の下でも受け取ったのではなかろうな」
「いや、違いますよ、ただ、ベナティア殿が夜に差し入れの〈菓子〉を持ってきてくれたことがあり、それに夢中になって数秒壁から目を離したケースがなくもないですが」聖騎士は陳列されている装飾具などに目をやり、聖女を見ずに呟く。
「黄金色の菓子などで誘惑されるとは何事か!」
「たったの六回しかもらっておりませんよ」
「何だと!?」
「月の不正が二桁じゃあないぶん、フォーマルハウトに比べれば軽微ですよ」
「確かに、二桁どころか三桁余裕すからね」
同意する魔導師を見ながら聖女は大きくため息を吐く。
「やはりモアの脳髄の量が多すぎたか……再度誰かから移植したいところだが、この街にはもはや移植元の真面目な人間がいないのではないだろうな」
「しかたありませんわな、聖女様。あなた様が口を差し挟むことすらできない、最も偉大な商品をお見せしましょう。こちらですわ」
それは棺に納められた完全な一体のミイラだった。干からびて黒ずんだ顔は生前の面影を残してはおらず、どうやらかなり古いもののようだった。
「これは誰のだ? 聖クローディアか?」
「いえ、聖アンナのミイラです」
「は?」
「あなたのミイラですよ、聖女様」
あまりのことに口が利けないアンナだったが、しばらくしてようやくベナティアに短く指摘することができた。
「ならこの私は誰だ?」
「何をおっしゃいますか、あなたはアンナ・アッカーマン。異世界よりの偉大なる聖女様ですわ」
「じゃあなぜこの私のミイラがあるのだ?」
「聖女様はあまりに偉大すぎて、神のご加護も常人の数倍。肉体の数も常人より多いとしても、何ら不思議はありませんわ」
聖女はこの場所を爆破することを決め、最後に店主に一言、
「ああ、お前は舌の枚数が常人の二倍だな」
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