14 聖女、回顧する

 アンナはジョーンズ隊長と町を歩いていた。飲み屋ばかりの繁華街のアフターファイブ、そこらじゅう罪に塗れている。饗宴で酔い、夜の早い時間にも関わらず暴れたり路上で寝たり、吐いたりしている者が多数だ。


 聖女は隊長に言う、「ジョーンズ、前世の記憶はあるか? おぼろげにでもいい」


「そういうのは、ありませんね。たぶんですけど」


「私はある。鮮明にある。沼の男の話を知っているか? 雷で分解されまた再構成された人物の話だ。偶然の産物だ」


「哲学的な問いの一つですか? まあ知ってますが」


「私がそれだ、それによる再誕でリンダリア人になる前、私は苦しんでいた。これとは異なる顔と異なる人格だった。周囲にいらついていたし、周囲も私にいらついているようだった。世界は悪質だったからな。向こうでは神はいなかったし、誰もがいないのを知っていた。だから険悪にならざるを得なかった。罪が定義されていなかったのだから」


「そこから、こちらへ来て悩みとは無縁になったと」


「何だと? 馬鹿を言うな」聖女は隊長を睨んで言った。「変わらない。私が日々どれだけ苦心していることか、貴方は一番近くで見ているのに理解していなかったというのか? ドブ底だ、この町も他所もそうだろう。これからは異端審問を強化する、今決めた」


「それはなんというか、ご熱心な」


「どうにかして教皇聖下をけしかけられないものか」


 ジョーンズはしばし黙考し、それは可能であると告げた。


 アンナよりも付き合いの長い隊長には、アデレードの不可解さがある程度分かっている――彼女の性格は覚醒のたびにころころと変わる。謁見のときのようにひどく子供じみたわがままなものであったり、高潔な聖人であったり、あるいは苛烈な原理主義者であったりするのだ。子供のような人格になることが一番多く、これが彼女の本来の性格であると思われる。


 ヘルシング隊長に、アンナの要求と合致するような性格になった場合、会合の場を設けてもらえるよう頼んでみる、とジョーンズが言ったところで、二人は酒場の前に到達した。


「たまには息抜きも必要だろう、隊長」聖女は店を指差しながら言う。「今日は私が奢ろう、好きなだけ飲むといい」


「明日も仕事なもんでほどほどにはしておきますが、聖女様がそうおっしゃるならお言葉に甘えますかね」


 中に入ってカウンター席に座る。隊長はビールを、アンナはコーラを注文した。


 アンナは一口飲んで、ジョーンズに対し内外の体制を厳しく説教しようとしたところ、隣で酒も飲まずに肉ばかり食べていた女が話しかけてきた。


「失礼、あなたは聖女であらせられるアンナ・アッカーマンではありませんか?」


「いかにもそうだ。そちらはグラブより来た方か?」


 褐色の肌に、白に近い金髪、そして深い緑色の目を見ればそれは明らかだった。女は旅行者のベナティアと名乗った。


 リンダリア建国のあと、聖クローディアの三人の弟子のうち、一番弟子のアデレードは初代の教皇となったが、二番目のグラブ人、リジェル・ジタンは東国へ帰り、かの地の王と民にローギル教を伝えた。複数の土着神と融合したそれは、今日ではもはやリンダリアの教会とは別物になっている。


 もっとも大きな違いは、帝国では男神であるローギルが女神となり、市場と流通をつかさどる神としてあがめられている点だ。だから、グラブ教会は聖水とか魔よけの札とか言って、信者や観光客に高値でさまざまな道具を売りさばいているし、有名人の広告塔も数多く立てている。富の蓄積は神聖なる行いと考えているのだ。しかしそれでも、フォーマルハウトとは違い同胞だとアンナは考えていた。


「聖女様にお会いでき、まことに光栄ですわ。これで故郷に帰った後ハクが付くってもんです。お近づきの印にから揚げをどうぞ」


「感謝する、ベナティア」


 聖女が施しを受け入れようとしたところで、ベナティアは無造作にから揚げにレモンを絞った。

 アンナは短く、「ジョーンズ、消せ」と告げ、隊長は即座にライフルにものを言わせた。


 ベナティアはその後、脳の損傷がひどかったので復活するのに一週間かかったが、聖女に祝福された者として自ら宣伝し、観光客相手にデレキアで商売を始め、暴利を貪った。

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