13 聖女、帰宅する

 その人物は時代錯誤なプレートアーマーを纏い、魔導師隊の軍服と同じ深い青のマントを靡かせて歩いてきた。

 特記すべきはその大きさで、身長は二メートル半、下手をすると三メートル近くはありそうだ。腰に差した剣も巨大だが、抜く気はないようで、腕ずくでアンナを拘束するつもりのようだった。


「アンナ・アッカーマン! 貴様は聖女と謳われても、所詮ただの小娘。ブリッグスの巨体にどう対抗する?」片眼鏡の男が威勢よく叫ぶ。アンナは鎧の巨漢越しに彼に話しかける。


「お前がこの警備部隊の隊長か? 確かワルラス司祭はエルモア卿の私兵と呼んでいたが、クレアを聖堂へ遣したのも彼の差し金か、それともラヴジョイか?」


「ラヴジョイ主任の指示だ。我ら、フォーマルハウト特務部隊の任務は単なる警備ではなく、財閥全体の守護。攻撃こそが最大の防御と言うだろう。その時の最大の脅威に対して全力で攻撃し続ける、それが我々だ」


「特務部隊か、構成人数が何人か知らないが、私一人にかまけていていいのか? 見たところこの敷地はずいぶん広い。このブリッグスというやつだけを寄越せばよいのではないか? それだけの大所帯で来る必要があるか疑問だな」漫然と観戦している隊員達を指差して聖女は言った。


「隊長たる我が輩が、直接貴様の討伐を見なければ主任も安心できまい」


「なら他の奴らは?」


「同僚の応援あってこそ、最大の力が発揮できるというものだ。そうだろう」振り返って部下たちに同意を求める隊長。彼らは頷き、口々に賛同する。


「いかにもそうです、パイパー隊長。決して他の仕事をサボってるわけではありません」


「その通りです。第三区域で変異した実験動物が暴れて、多数の死傷者が出ているという報告が来ていますが、今は聖女を倒すことを優先しなければなりませんからね」


「ノーフォーク、あれがお前の先輩になるんだぞ。どう思う?」


 少年は聖女の問いかけに答えず、渋い顔をしている。


「そんなことはどうでもいい、何をしている、ブリッグス! 聖女を拘束するのだ!」


 パイパーの呼びかけにもかかわらず、巨大な鎧は動かない。他の隊員たちと同じく棒立ちのままだ。


「おい、どうしたブリッグス! 怠けるのではない! 最年少だからといっていつまでも甘えていると……」隊長は歩み寄りまくし立てるが、鎧はいきなり彼の方を向いて、顔面をぶん殴った。

 吹き飛ばされて昏倒、というレベルではなく、頭部がばらばらに飛び散るという惨事。


「いったい何が!?」と慌てる隊員たち。彼らも攻撃してくるか? とアンナは一瞬警戒したが、「隊長が死んだってことはもう帰っていいんじゃない、今日」と誰かが言ったので、皆がそのまま散会した。


 去り際、エルドリッジだけが深く一礼し、アンナもそれに答えて頷く。


「ノーフォークよ見たか、クレアはこのような悪辣な企業にいても信仰心を抱いた。お前もそのような真実を――」


「いやいや、それどころではありませんよ聖女様! いきなりあの鎧の人が造反を!」


「奇跡だ。私に敵対するということは神に敵対するということ。それは成し遂げられるはずもなく、矛先が他の悪へ向かうのは当然。そして見よ。さらなる奇跡だ」


 巨大な鎧が、聖女に対して跪いたのだ。空からは突如、陽光が降り注いで聖女と鎧を照らす。


「すいません、勝手に人の鎧で遊ばないで欲しいんですけどー」そこで不意に聖女のもとへやって来た、特務部隊の軍服を着た少女が不満そうに言った。ノーフォークよりもさらに若いようだった。


「お前は誰だ?」


「あたしはマリー・ブリッグス、その鎧を魔法で動かしてたんだけどー。お姉さん何かしたでしょー、隊長死んじゃったじゃん」


「私ではなく神がした。ちょうどいい、ブリッグスよ。ここにいるノーフォークは魔導師の素質があり、フォーマルハウトの学校に入学しようか悩んでいる。お前からセールスポイントを述べよ」


 そう言われてブリッグスは、自分も魔導師学校の生徒であること、素質を見込まれ特務部隊でバイトとして勤務していること、バイトといえど多額の収入が見込めること、部隊の仕事はきわめておざなりでサボりまくってもカネは出るので楽だということを述べた。


 ノーフォークはそれはどうなのか? と疑問を抱いたようだったが、面倒になったアンナが「もうどうでもいいから入れ! 神の啓示」などと言い、少年は年下のはずのブリッグスに、「では入ります。よろしくお願いします、先輩」などと挨拶し、一同は帰宅した。

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