12 聖女、来訪する

 謁見を終えて大聖堂へ帰ってくると、懺悔をしたいという少年が来ていた。

 アンナとしては懺悔など、井戸か自室の壁にでも向かってすればよいと考えており、まともに聞くつもりはなかったのだが、どうしても少年が言うので懺悔室へと移動する。

 カーテンで区切られた狭い部屋の中、少年の話が始まった。


「この度、学校の定期健診で僕に魔法の素質があることが分かりまして」


「それまでは分からなかったのか?」


「成長期に魔力機関が活性化するタイミングがあって、そこまでは分かりづらいそうです」


「なんにしろめでたいことだ。それが問題なのか?」


「両親は僕をフォーマルハウトの魔導師学校へ入学させたいそうで、僕もそうしようかと思うのですが、それは不信心、異端的ではないかと思うのです」


 少年は最近の、というかアンナとラヴジョイの接触以降の抗争を耳に入れ、ためらいを抱いているかのようだ。

 彼の純粋な信仰心に感心するとともに、その懸念を打ち払いたいと思い、アンナは彼に進言する。


「いいか少年、ええと、名前は何だったか?」


「ノーフォークといいます。ナサニエル・ノーフォークです」


「ノーフォーク、心配することはない。確かに私はフォーマルハウトの金儲け主義、教会蔑視などを許しはしないが、だからといってかの財閥の全員が異端であるわけではない」


「そうなのですか、聖女様?」


「そうだ。ある団体に所属しているだけでその者を攻撃するなど、恥ずべき行為だ。確かにラヴジョイの奴は殺したいくらい嫌いだし、実際殺したが、フォーマルハウトにいても信心深い者はいる。実際に会わせてやろうではないか」


「それは一体?」


「いいから来い」


 そうしてノーフォーク少年と聖女は、タクシーに乗ってフォーマルハウト社屋まで移動した。

 

 異世界の魔導師フォーマルハウトがやって来て七百年、彼の興した財閥は既にひとつの小さな国のようになっていた。社屋と工場、社員の居住地と商業施設が一纏まりになり、電車の駅が複数内部に存在するほどだ。入り口から続く商店街は財閥全体と同じく、青白い魔力因子の混じった蒸気が立ち込め、辺りは存外、雑然としていた。

 アンナの姿を見るなり、社員たちは色めき立った。これまでも教会との関係は良いものではなかったが、ここにきて聖女がそれを一気に悪化させたのだ。

 またぞろ破壊に訪れたのか、と聖女から離れたところで囁いている。


「聖女様、歓迎されていないようですね」ノーフォークが不安そうに言う。


「拝金主義者の巣窟に信仰の居場所はない。こんな場所にいるのは異端者だけだから、すべて焼き払ってしまうか」


「さっきと仰っていることが違うように感じられるのですが」


「実際来たら気が変わった。おや、どうやらお出迎えのようだぞ」


 社屋へ通じる大橋を渡って、数人の集団が足早にやって来る。

 武装した魔導師の警備兵だ。アンナはさっそく、彼らをどうしてくれようか、などと考える。

 しかし、その集団からひときわ早く聖女の元にやって来て、平伏した者がいた。


「聖女様の御幸に立ち会え……まことに光栄」


 それは白い髪の少女、先ごろ大聖堂を来襲した魔導師クレア・エルドリッジであった。


「エルドリッジ、いや、聖クレア。お前をそう呼ぼう。お前は新たなる真実を見出したのだ」アンナは跪き、エルドリッジの肩に手をかける。「ローギルは必ずや、お前の未来に黄金の栄光を約束しよう。世界がお前を祝福している」


 聖女の言うとおり、雨も降っていないのに虹がかかり、石畳に花が咲き乱れる。

 見たことのない鳥が奇怪な鳴き声を上げながら横切る。

 突然、そこらの壁の染みが聖人の顔に見えてくる。

 周囲の人民はそんな奇跡の連続に恐れ戦き、エルドリッジと同じく平伏するものも少なくなかった。


 しかし、警備兵の長らしき片眼鏡の男は動じることがなかった。


「聖女め、何度も我が社屋を破壊させはせんぞ! 我らこそがこの帝国の礎なのだ! 来い、ブリッグス!」


 号令に応じて蒸気の向こうから、巨大な影が姿を現した。




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