11 聖女、謁見する
玉座の間はやたらと広かった。赤絨毯を踏みしめ入り口から歩いていく間、教皇は寝言で「最終戦争」「審判」「異端者」「弾圧」などの単語を口走っていて、彼女を持ち上げているヘルシング隊長は無表情で聞き流していた。
皇帝デレクは五十歳ほどだろうか。長い灰色の髭を伸ばし、皇帝というより学者のようだった。
左右には関係者一同――軍の長であるヴァスケス元帥、フォーマルハウトの総帥エルモア卿、宮廷魔導師〈黒翼〉のソーニャ、近衛兵長〈太陽齧り〉のキール、その他偉そうな貴族や各界のトップが並び、聖女へ祈ったり、教皇の体たらくを見て呆れたりしている。
聖女は皇帝の前で跪き、アデレードもヘルシングによって操り人形のように平伏させられていたが、皇帝自ら「さすがに起こせ」と進言、隊長が頬を抓ったり花の匂いを嗅がせたり「異教徒が攻め込んできました」「卵が一パック五十フレイムの大安売りです」「終末の日が来ました」など色々囁いてどうにか目覚めたが、寝ぼけたままで皇帝に対し仁王立ちという非礼な姿だった。
「まずは聖女よ、我が世界、我が国へ良くぞ訪れた。余がリンダリア皇帝、デレク・リンダール七世である。面を上げよ」
「アンナ・アッカーマンです、皇帝陛下。この素晴らしき国へ祝福を」
「うむ、まずは先日のオーウェン王子の件、礼を言っておこう。そなたがいればこそ「あれ!? ここどこ!?」」皇帝の声は教皇の大声でかき消された。一同の注目が彼女に集まる。
「聖下、謁見の間です。皇帝陛下の御前なんで静粛に……」ヘルシング隊長が耳打ちするが、
「あれ、そうだっけ? いつの間にここへ瞬間移動したのか、神妙不可思議。あ、どうも陛下、教皇です」
「言われずとも分かっておる。アデレードよ、相変わらずなのか、その体質は」渋面で、まるで出来の悪い生徒に苦言を呈するように皇帝は言った。
「心配要りませんよ陛下、体調は頗る快適なんで。コーヒー飲みたいんだけどないですか?」教皇はどこ吹く風で要求する。
「体質のほうもだが、無礼のほうも相変わらずだな。終わってからにしろ」
「ああ、あとハンバーグも食べたいんですが。あと少し教皇庁に予算があれば、昼夜を問わずハンバーグを食べられる生活となるのに、わたくしはたわしみたいな安くて硬い肉ばかりを食べているのです。なにとぞ七億フレイム、無理ならば五億フレイムほど予算を回していただけないでしょうか。それも無理なら五千万フレイムほどを……」
「恐れながら教皇聖下、いささか口を慎むべきかと」たまりかねて恰幅のよい貴族が口を挟んだ。
「え? あんた誰?」
「あの方はエントウィッスル公爵です、聖下」ヘルシング隊長が言った。「あなたの叔父上です」
「こんな太ってたっけ? 寝る前までもっと痩せてなかったっけ?」
「なぜそなたが眠ると公爵が太るのだ、教皇」皇帝が苛立った表情で指摘する。「それに、ここに来てからずっと寝ているではないか」
「そうだっけ」
「よいかアデレード、そなたはいつになったら礼儀を身に付けるのだ? 一日に十時間、十五時間眠る体質だというのはしかたあるまい。しかし、そなたは教皇となる前、嗜眠を患う前も後もそのように、幼子のような我欲に塗れた態度ではないか」
「それは陛下が気にしすぎなのですよ、わたくしは教皇です。あなたの命令に対して破門をちらつかせるやり方も取れなくはないけれど、それだと陛下との関係性も悪化するではないですか、だからおとなしく、直截に話しているという配慮ですよ。なかなかここまで高度なセンスを発揮した教皇はおりません。そう確信しているんですけど。空から蛙が降り注ぐのが嫌なら大人しく我が言葉を静聴すべきかと存じますが。オーラム。もっとわたくしを大切にせよ、リンダリアよ」
まったく話が進まない上に、教皇があまりにも無礼である。さすがのアンナも、この無体な態度には我慢の限界だった。
仮にも国教であるローギル教会の長たるものが、やれコーヒーが飲みたい、ハンバーグが食べたい。皇帝の眼前でなくとも、一人の大人として、社会人として問題のある態度だ。
聖女たる自分は教会にその身を預けている立場。いわば身内である。ここは自分が、教皇を正して示しをつけなくてはいけない。
そういった使命感から、アンナは教皇アデレードを爆破した。
肉片や内臓が周囲に散らばる惨事となり、間近にいたヘルシング隊長などはもろにそれらを被ることとなってしまった。
玉座の間は水を打ったような静寂に支配された。空気は先ほど、教皇が子供じみた台詞を口走っていたときより悪いように感じられた。
皇帝を含めた全員が、信じられないような顔でアンナを見ている。
自分は教皇の名誉のため行動したのに、なぜこのような無言の非難を受けねばならないのか。
アンナは不条理を覚え、城をも爆破しようとしたが、さすがにそれはよしておいて、一言、
「今のは、冗談です」と告げた。
「なんだ冗談か。聖女よ、堅物かと思っていたが、話に聞いていたよりもずっと愉快な方だ。わっはっはっは!」皇帝が大声で笑ったのを嚆矢として、全員が本当に出来のいい冗談を聞いたかのように腹を抱えて、ある種狂気的に爆笑し始めた。
その笑いが帝国繁栄の福音となればよい、と思いつつ、アンナはなんだか不満な気分だった。
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