10 聖女、登城する

 エルドリッジ来襲とアルデバラン大聖堂崩壊のニュースは三日くらい騒がれたが、そのあと急ピッチで再建が進み、死亡者も何か知らないうちに復活したので、翌週には人々の話題に上ることもなくなっていった。全てはなんとなく復帰した。これこそが、人々がローギル教会を信奉する最大の理由である〈神の加護〉だ。徳の高い僧侶や、聖女、多額の寄付をした信者ほど、ひどい損失にあってもなんとなく平穏な生活が復活し、天寿を全うできる。最高位の聖女アンナが座す大神殿ともなればその加護も最大級である。


 報復として後日、また聖堂騎士がフォーマルハウト社屋へ行って暴れた。エルドリッジは何事もなかったかのように復職したが、人が変わったようにローギルを信仰するようになって周囲を困惑させた。


 落ち着いたころ、教皇アデレードと聖女アンナに、皇帝から宮廷への呼び出しが掛かった。国内外で話題の聖女を一目見ておこうという、皇帝デレク七世の思惑があってのことのようだ。フォーマルハウトとのいざこざを耳に入れ、釘を刺しておこうという意図もあったのだろう。


 帝都の中心部に位置する城は、ひときわ巨大だった。

 機械仕掛けの尖塔は山のごとく聳え立ち、都市のどこにいようとも目に入れることができる。

 護衛のジョーンズ隊長を伴って登城したアンナは、天守への昇降機で教皇と合流した。


 当代の教皇アデレードはまだ三十前だ。ジョーンズやワルラス司祭もそうだが、国教の要職に配属されるには若すぎる。それはローギル教会が年齢ではなく神聖さを要求するためだ。神聖さは教会への寄付の額、要点から家への距離、奇跡を起こせるかどうか、などの総合値によって決まる。アデレードは教皇庁の近所に住んでおり、実家が金持ちなので多額の寄付を積んでいた。また、二の腕の痣が角度によって初代教皇の横顔に見えないこともない、という奇跡により、若くして教皇に就任した。選任されたとき彼女は「えー、面倒そう」という声を上げ、これはその年の流行語大賞になった。


 アデレードは数人の親衛隊を引き連れており、そのうちの一人は長身のジョーンズよりさらに頭ひとつ大きい、痩躯の青年だ。鋭い目はその印象を「悪人顔」と言っていいものにしている。彼こそが話に聞いていた、教皇親衛隊の長グスターヴ・ヘルシングらしかった。一方の教皇は小柄で童顔であり、年齢よりさらに若く見える。その理由は彼女が長時間睡眠を取らなければいけない体質(自称)であるためらしく、一日十五時間も寝るという有様だった。


 ヘルシング隊長は、昇降機に乗るなり舟を漕ぎ出した教皇の両腕を背後から掴み、なんとか彼女が立っているかのように見せかけていた。挨拶を終えると彼は先日の事件について尋ねてきた。


「聖女様、聖堂に侵入してきた魔導師の剣をイナゴに変えたってのはマジですか? あと、そこなジョーンズの槍を伸長させ、姿を消した奴を正確に打破したってのも」


「マジ。完全に真実」


 力強く頷いた聖女を見てヘルシングは、


「ならあなたは、歴代の聖女の中でも最も神聖であるかも知れねえ。かつてデレク大帝と聖クローディアは多くの異端者、反乱軍と戦ったが、皇帝の剣は離れた相手をも両断し、反対に敵の刃は土くれや木の葉、虫けらになっちまって常勝だったって話さ。大聖堂を爆破したのも〈炎旗兵団〉の狂える長、聖エレオノーラの再来のようだ。あなたは教会千年の歴史をその身に宿しているって言っても過言じゃあねえ」


「もちろん宿している。十二分に。私こそが神のご意思そのもの。神聖そのものなのだ。ジョーンズ隊長は既にその身をもって知っているであろう」


 水を向けられたジョーンズが、確かに先日の爆発は神聖だったとかなんとか、思ってもないことを答えているうちに、昇降機の扉が開いた。その向こうは皇帝デレク七世の鎮座する玉座の間だ。

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