9 聖女、爆破する
エルドリッジはやはりまだ歳若い、眼鏡をかけた白い髪の少女だった。
ワルラス司祭が、面倒だったので彼に任せましょう、とジョーンズ隊長を連れてやって来る。隊長は少女を見るなりげんなりした顔になった。
「げー、こいつは確か消える魔法を使うやつだろ? 司祭殿、なぜ俺が彼女と決闘しなければならないんですか」
「聖女様にお聞きしたまえ、隊長」
「なぜだ、聖女様」
「退屈だからだ。たまにはあなたも戦え、ジョーンズ隊長」
「強い奴をご所望ならとっつぁんとか、ヘルシングの野郎を連れてきたほうがいいんじゃないの?」
「騎士団長や教皇親衛隊の隊長を、こんな戯れに引っ張り出すというのか? この大聖堂の守護は貴君の役割だろう、隊長」
ワルラスにそう言われ、隊長は首を捻りながら嘆息する。
「やれやれ」
水甕を掲げる聖クローディアの前で二人は相対した。イナゴと化した剣の代わりに、予備の短剣をエルドリッジは構えている。
「エルドリッジ、この女性が誰で、何をしているのか分かるか」
泉に安置された像を指差しながらアンナは問うた。
「昔の聖女……が水を与えている。民草に慈悲を注ぐことの比喩……と思われる」
「大外れだ。五百点満点中二点。クローディアは不信心な者の頭に水甕を叩き付けようとしているのだ。彼女がローブの下に纏っている衣を見よ。私と同じ、しゃれこうべの描かれたパーカーだ。この聖衣は立ちはだかるものを殺す死神であることを示唆している」
「そうなの?」隊長が司祭に尋ねると、
「聖女様がそうおっしゃるのだから、それが正しい解釈であるのだ」との答え。
アンナは長椅子に腰掛けて足を組んだ。「始めよ。隊長、聖堂を踏み荒らした不埒なこいつを断罪せよ」
「簡単に言うけどね」
ジョーンズは拳銃を構え、撃ったが、すでに相手は消えていた。虚空をすり抜けた弾丸が石壁にめり込む。エルドリッジは隊長の背後に現れる。飛びのき、クローディアの掲げる水甕の上に退避する隊長。
再び射撃するが、またしてもエルドリッジは消えている。
「何をしている隊長、やつが攻撃しようと姿を現したところを狙え」
「撃った瞬間には消えてるよ、当たるわけないだろ」
「それは努力と信仰心が足りていないからだ。大聖堂の守護者たる隊長がなんというざまだ」呆れてアンナはかぶりを振った。
「参ったな。聖女様がどうしても、とおっしゃるならやり様はある。このような余興で見せる技ではないが――」
「もうよい、いい機会だ、私が奇跡を見せてやろう」
聖女はそう言うと立ち上がり、大仰に両手を掲げてぶつぶつと何事かを唱え始めたが、姿を消しているエルドリッジには道化にしか見えなかった。
クレア・エルドリッジは改造人間である。脳や主要な筋肉に人工の生体部品を埋め込んでおり、反射神経は常人を遥かに凌ぐ。
それだけではなく、彼女の代名詞である消失の魔法――視床下部にある生体魔導機関を増大させることで発現したそれは、地味ながら恐るべきものだった。
彼女が用いる能力は、存在の消失と再出現を意志の力でコントロールするものだ。
自らの姿を消し去ればあらゆる攻撃を無効化し、また、刃に魔法を纏わせれば触れた部分すべてを消し去る、切れないもののない剣が誕生する。
あるいは、消耗を覚悟で本気を出せば、直接的に眼前の存在を消失させることもできた。つまり、ジョーンズ隊長はおろか、聖女も彼女の意思次第でいつでも葬り去れるのだ。神の奇跡も信仰も、市場原理、膨大な資産、そして魔導技術の前では蜃気楼も同然。
ジョーンズ隊長に少しばかりの手傷を負わせ、聖女を消沈させて帰還しよう。
そう思っていた彼女を、唐突に激痛が襲った。
腹部を何かが貫いている。
槍だった。奇怪極まることに、ジョーンズ隊長が背負っていた、儀礼用に他ならない刃のないそれが、先端をまるで触手のようにうねらせて伸ばし、存在を消しているはずのエルドリッジを貫いていたのだ。
何が起きているのか分からないままに、エルドリッジは倒れ、意識を失った。
同じように困惑する隊長と司祭、関係者一同。しかし、奇跡はそれに留まらなかった。大聖堂の床が突如として光を放ち、恐るべき大爆発が起こって、数百年の歴史を誇る聖地は瓦礫の山と化した。
近所の町人、近くにいた教会関係者が駆けつける中、砂煙から聖女ただ一人が無傷で姿を現した。
「せ、聖女様、これはいったい!?」
付近を巡回中だったマーガレットが駆け寄り、混乱しながら尋ねる。
聖女はただ一言、「神罰」とだけ答えた。
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