8 聖女、苦慮する

 大聖堂でアンナがテレビを見ていると、死んだはずのラプタニア王子オーウェンが出ていた。


 怪訝に思って、近くにいたワルラス司祭に尋ねると、フォーマルハウトが蘇生を行ったのだという。

 もちろん蘇生技術は万能ではなく、死後間もなくであること、脳が一定以上のダメージを受けていないこと、そして重要な〈因子〉が欠けていないこと、などの条件を満たしていなければならない。


 フォーマルハウト財閥のテクノロジーは、異世界の技術を魔導機関を用いて再現したもので、ほとんどがブラックボックスだ。蘇生において必要な〈因子〉が何かは明らかにされておらず、そんなものはなくて、金次第で蘇生の合否を決めているのではないかとまことしやかに囁かれている。早い話が、財閥に袖の下を送ったかどうか、ではないか、ということだ。


 帝国内で王子が死亡するという外交問題をも、蘇生を取引材料にうまいこと処理したのだろう。テレビの画面内では聖女を救った英雄として、瀕死の重症からリンダリアの誇る魔導技術で蘇ったという王子を讃えている。


 これにはアンナは再び激昂、また財閥の社屋で暴れるように命令を下そうとしたところ、首筋に刃が突きつけられた。


「そう何度も暴れられては困る……から止めに来た。オーウェン王子の件はもはやあなたの与り知らない所……なので矛を収めるべき」


 冷たげな声はまだ幼い少女のそれだ。聖女はしかし、怯むことなく言い放つ。


「死者を弄ぶとは万死に値するな、そちらのやり口は。ましてや聖女たる私にこの蛮行。その穢れた魂を断罪してくれよう」


 アンナの言葉に対し、相手も動じることなく、


「王子を射殺しておいて無罪放免……のみならず、救われたヒロインとして王国ですら賛美される貴女。めでたく幕を引くべき……なぜなら王子と貴女を救ったのは我々だから」


「聖女様、この闖入者を排除したいところではありますが、なかなかの難問。こやつはクレア・エルドリッジ。フォーマルハウトの首魁たる、エルモア卿の私兵部隊が一人。その中でも随一の完成度を誇る、ラヴジョイの最高傑作とも謳われた精鋭でございます。どうやらあの冒涜者ラヴジョイの奴めは、貴女に殺されたことを随分根に持っているようですな」


 苦々しく解説したワルラス。聖女は冷淡な調子で言う。


「ラヴジョイにはきつくお灸を据えねばなるまい。だが司祭殿、一企業の使い走りごときに土足で聖堂を踏み荒らされるこの醜態。活を入れねばならないのは教会も同様だ。いいか、聖堂騎士随一の兵を連れて来い。この女と決闘させようではないか」


「さすがは聖女、豪胆……だけど、それに応じるとでも?」首に当てた刃に力を込めるエルドリッジだったが、


「応じなければならない。さもなくば、お前は三秒で死ぬ。この刃が届くことはないが、仮に首を切られたとて、私は死なないぞ。ローギルの加護があるからな。お前にはない。死後は地獄で五千垓年強制労働。哀れなるかな」


 エルドリッジは言い返そうとするが、手に持った剣の変化に気づいてそれどころではなくなった。

 白刃がいつの間にか無数のイナゴに変化していたのだ。

 イナゴが大聖堂の中に飛び立ち、柄だけになった得物を呆然と見ているエルドリッジを聖女は振り返り、不遜に言う。


「さあ、私と神を楽しませろ、エルドリッジ」

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