6 聖女、散策する

 それからラプタニア王国と帝国との間で大揉めであったが、アンナが「王子は悪漢から自分を庇い犠牲になった」という作り話カバー・ストーリーを流布させ、哀れなる王子を英雄、聖人に仕立て上げることで事なきを得た。国王並びに王国民は落涙、なぜかアンナの株も上がるという奇怪な事態となった。


 リンダリアの西方に位置するラプタニアでは、ダガスという土着の太陽神が信仰されており、帝国とはたびたび宗教上の衝突が巻き起こっていた。今回の件は、王国におけるローギル教会の勢力拡大の一助となるだろう、とのことで、教会はアンナに多額の報酬を贈った。


 偉業を達成したアンナは悠々と、帝都中心街を歩いていた。

 かつて自分がいた世界の大都市以上に発達した巨大な街。多階層に渡って建造物が密集し、魔導機関を搭載した飛空挺が優雅に飛び交う。スチームパンクもののSF作品のような、完成された都市だ。


 歴史上何度か現れた異世界人が、この都市の発展に大きく貢献しているらしく、今や産業の要になった魔導機関も、たったひとりの異世界人がその理論を構築したものであるという。


 辺りには、観光客らしい、アンナと同じく周囲をきょろきょろと見回して歩く一団を含め、多くの通行人がいた。敬虔な信徒は、聖女を一目見ると頭を下げ、祈りを捧げたり、携帯端末で撮影したり、まるで芸能人かなにかのようだな、とアンナは思った。


「聖女様、いかがでしょうか、我が都は」


 護衛の、ジョーンズ隊長の部下である騎士マーガレット・ペイジが尋ねた。アンナと同年代だが、その口調は落ち着き、年嵩の雰囲気だ。隊長と同じく軍服の上から簡易的な軽鎧を着用し、腰には刃のない儀礼用の剣を下げているが、懐には大口径の拳銃を帯びている。


「見事なものだ。これほどにまで帝国が発展したのも、ローギルの賜物であろう」


「勿体無きお言葉。聖女様がご降臨されたとあれば、より一層の発展は約束されたも同然でしょう」


「もちろんだ。それより、どこかに食事のできる所はないか? 空腹だ。できれば安っちいファースト・フードを所望したいな」


「それでしたらこの辺りにハンバーガー店が……」


 と話しかけたマーガレットの懐から賛美歌が流れた。携帯端末の着信音だ。応答するマーガレットの顔は次第に不快なものとなっていく。

 通話を終えて、マーガレットは説明する。


「聖女様、どうやらフォーマルハウトの奴らが貴女と話したいそうです」


「フォーマルハウトだと?」


「ええ、魔導機関を含む、異世界よりの技術を管理する財閥です。しかし奴らは私腹を肥やすだけの守銭奴、聖女様のお手を煩わせるほどのこともありません。追い払いましょうか」


「いや、会おう。彼らが信仰心を持たぬのなら、それを正すのも我が役割。ハンバーガーをテイクアウトして食べながらそいつらと話そう」


「なんと寛大な。かしこまりました」


 聖女はその場を立ち去りながら、今一度振り返り、これから自分が守護していく巨大な街を一瞥した。リンダリアに祝福あれ。

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