3 聖女、慰問する

「あなたが降臨したという聖女か」


 聖堂騎士団の隊長、サミュエル・ジョーンズが話しかけてきた。今日の騎士が纏うのは軍服と儀礼的な甲冑であり、手に持つのは軽量の模造槍だ。ジョーンズは聖堂騎士というより、メタルバンドのボーカルのような長髪だった。


「いかにも私が聖女だ、隊長」アンナは長椅子に横たわったまま不遜に答える。


「お初にお目にかかる。まあ色々大変だろうな、神輿にされるとは」


「大変なことなど一つもない。他人の金で遊んで暮らす、これぞ万人の夢。それに信者の誰もが私の言葉をありがたがって聴いてくれる。これほどの幸福があろうか」


「そんなもんかね。ああ、あなたがこの前煽動した信者たちの中から、聖人が出たぞ」


「ほう」


「グリムというおっさんだが、拳銃を用いて通行人を三人ほど銃撃したところ、そのうちの一人が魔導師で、反撃に大規模な爆発を引き起こした。一帯の交通は麻痺して、大騒ぎになった。死傷者五十人。発端となったおっさんを詰問したところ『聖女にやれって言われた』と答えたそうで、なんか面倒だったから聖人に認定したそうだ」


 ローギル教会の聖人認定のシステムにおいて、「なんか神聖だから」と並び重要な要素となるのが「なんか面倒だったから」である。この黄金律により週に何十人かが聖人の名をほしいままにしている。


「あと、アンナ・アッカーマンは頭がおかしいという風評が早くも広がっているようだ。同時にファンもだいぶ付き始めている。あなたの説法は過激で受けがいい。聖クローディアの再来とかなんとか言ってね。俺たちも精精お零れに預からせてもらうよ」


「そのようにしたらいい」


「では俺はこれで失礼する。オーラム」


「オーラム」


 隊長が去った後、ワルラス司祭が今日の予定を説明しに来た。病院への慰問だという。アンナはこれを快諾し、何人かの騎士とともに出発した。


 病院は患者でごった返していた。重傷者も多く、待合室を埋め尽くさんばかりだ。


「いったいこれはどうしたんだ? 大繁盛じゃないか」アンナが看護師へ質問すると、


「聖女様、どうやら反教会の勢力が民衆を煽動し、警官隊と衝突した模様です。付近の住民にも多数の被害が出ています」


「なんということだ。いたずらに民を煽り暴力を促すなど、鬼畜の所業。ローギルが鉄槌を下すであろう」


「アンナ様、ここはひとつ彼らに道を示してやるべきです」騎士の一人が助言すると、アンナは頷き、大音声を発する。


「子供たちよ! 私はローギルの聖女、アンナ・アッカーマンだ」


 あまりに大きい声だったので驚きのあまり心肺停止に至った患者を除き、全員が慈悲を請う眼差しでアンナを見た。彼らを睥睨し、聖女は厳かに述べる。


「残念ながら、この場にいる全員がもはや助からないことが確定した! あと五分で全員が死ぬであろう!」


 これには医療関係者及び騎士たち、当の患者たちも唖然とした。


「なんということだ。おれの一生はなんだったんだ」近くで治療を受けていた若い男が絶望したように囁く。


「無駄だったのだ。一寸の虫のように無意味に生まれ、無意味に死んでいくのだ。哀しいがこれが現実。遺言を書く時間は幸い残っている。ではさようなら。オーラム」


 アンナはそう言って病院を出て行く。小走りに追いついた騎士が、


「聖女様、どうしてあんなことを言ったのです?」


「簡単だ。ああして脅かしておいて、五分経っても死なない、となれば、これは神の奇跡、感激で苦痛も忘れて皆が喜ぶであろう」


「なるほど、なんというご深慮。てっきりただの嫌がらせかと」


 しかしその五分後、本当にその場にいた患者たち全員が原因不明の死を迎え、これ以来ローギル教会への慰問の依頼はなかった。

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