2 聖女、煽動する
「アンナ様、申し遅れました。わたしは司祭のワルラスといいます」
大聖堂。体育館ほどもある石造りの建物内は薄暗く、銀色の灯火が点在し、厳かな雰囲気だ。香が焚かれ、ループ再生されている賛美歌と、大聖人クローディアの像が掲げた甕から流れる水が、泉に注ぐ音だけが響いている。
ワルラスと名乗った司祭は三十前の若さだ。草臥れた灰色の目のこの男こそが、アンナを最初に聖人に認定した張本人だ。
「異世界よりのご来訪によりお疲れでしょう。しかしご安心を、今後は貴女の生活はすべて我々教会にお任せください。最盛期ほどではありませんが、我々は潤っています、自慢じゃないですが。人民は愚かです。なんの効果もないのに過去の慣習にしたがって寄付を行うわけです。そんなことをするならドブに捨てたほうがマシってもんですが、おかげで我らが新たな虚構を作り上げる助けとなります」
「ずいぶん正直だな、司祭殿。正直は美徳だ。あなたは私を見出した功績とその徳により、死後楽園で酒池肉林の生活を送れるのはもはや約束されたも同然だ」
アンナは甘やかされて育ったせいで元来傲慢だったが、転移後すぐに聖女らしい態度を身に付けた。教皇からの「とりあえず偉そうにしてそれっぽいこと言ってればOK」というアドバイス、浪人生活でのストレス、そして、あるいは本当に神ローギルの御業を受けているせいか、不遜かつ神聖な聖女が既に誕生していた。
「ありがたいお言葉。さて、本日のスケジュールですが、近所の信者たちに説教を行う予定です。あと数分で彼らがやって来ます。何か偉そうな、それっぽいことを言っておけば大丈夫です」
「なるほど。ではそのようにしよう」
「聖女様に感謝を。オーラム」
長椅子で横になっていると、信者たちが入ってきた。老若男女二十人くらいだ。アンナは立ち上がり、彼らの前に歩み出た。
「これは聖女様。貴女に見えることができるとは何よりの眼福であります」信心深そうな老人が言った。
「子供たちよ、よく来たな」
「儂はもう八十五で、子供と呼べる歳じゃありませんが」
「信者はすべて我が子も同然に加護を与えられるべきだ、という意味だ、耄碌爺。あなた方に言っておくことがある。現在、我らが帝国は混迷の極みにある。なぜだか分かるか?」
若者が挙手して述べる。「道徳心が低下しているからでしょうか」
「全然違う。五点」アンナは冷淡に一蹴した。
「五点は何の分ですか?」
「私の慈悲だ。だけど五百点満点中五点だから相当に悪い。そっちの小娘は何か意見は?」
「お金がないから?」指された少女が答える。
「七十六点。間違ってはいない。きりがないので正解を教えよう。怠惰だ。怠惰が人民の性根を腐らせているのだ。そして自分だけは特別だという誤った認識のせいだ。いいか、あなたがたはいつだって犯罪者を非難しているが、自分はどうなのか?」
「いえ、清廉潔白ですだよ」労働者らしい男がそう言った。
「まーたそうやって自己憐憫を行うのか、悪鬼め。それではいずれ死……いや、あなたがたはもう明日、我らの強制執行部隊によって処刑だ」
「そんなバカな」民衆はにわかに青ざめた。「どうかお慈悲を」
「では、試練を与える。あなたがたが救済されるための試練だ。表へ出て武器になりそうなものを探し、各自最低三人へ暴行を加えるのだ」
「それにはどういった意味が?」
「そうすることにより、苦痛を味わう相手への優越感を得て、より人生のありがたみを実感できる。自分が苦痛を与える側へ回る、これこそ救い。そして暴力こそ、ローギルの与えし聖なる混沌の一つ。これも一つの布教活動である。分かったら、一人五千フレイムを寄付し早く行け。オーラム」
「聖女様のお望みのままに」
人民たちは財布から紙幣を出して聖女へ渡すと街へ出て行った。
残ったアンナは侍女に金を渡して、「ダイエットコーラと普通のコーラを買って来い」と命じた。
「なぜその二種類を?」侍女が問うと聖女は、
「まずダイエットコーラを飲んで、ああやっぱり普通のコーラのほうがいいな、って思ってから普通のを飲む」
という神聖な回答を述べられらた。
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