第3話 Fish fish with lure
◆
グランド・オルゴールを囲むように作られた宿舎の一室に、私の部屋があった。部屋番号は303号室。部隊の長なら特別室みたいなものをとるべきだが、この私のガサツな性格だ。特別室が可哀想にも思えてくる。それに、今の私は隊の長らしいか?と言われれば、そうではないと断言できるわ。
しかし一兵卒で十分すぎるその部屋はほとんど私の物置として存在している。めんどくさがりな私は家に帰れない時、家に帰るのが面倒だと思ったときを想定してベッドが置いてある。こういった怠惰な性格、私らしいといえば私らしいわ。
「チャッピィは?」
そう呟いた。
一人しかいない部屋に私の声がこだまする。
散在している魔法の杖、コンクリートの冷たい壁に疎らに描かれた色とりどりの魔法陣、脱ぎ捨てられたベージュのコート。
色とりどりの灰色は、誰も何も答えてはくれなかった。
「そう、誰もいないのね」
私はそう呟いた。
◆
アタシがダウニング街10番地、いわゆるナンバー10についたのは昼ぐらいの事だ。口の中に、そこらで売っていたサーモンフライのサンドウィッチをむしゃむしゃ食べながら、配給された・・・いや、この中古車を配給というのはいささか無理がありそうな気がするが、要するにボロ車を走らせたあとだった。
「ここか」
私はボロ車の、立て付けの悪いのそのドアをけって開け、その高級そうな黒いドアをノックした。が、何かあったのだろうわけのわからない訳を言われまともに請け合って貰えなかった。
《アポアリでも面会拒否されたぞ、ヒューゴ、どうする?》
私は車の中で、愛しのビッグボスの返信を待った。残ったサンドウィッチと冷めたコーヒーを腹に収め、ポケットの中から棒付き飴を一つ取り出した。
…おかしい。嫌な予感がする。
アタシは車を別の場所に止め、トランクからパブルポッド製85式魔小銃を取り出した。この魔術小銃は上部にある円柱状のドットサイトを伸ばして銃口に取り付けると、魔術師にとって必要不可欠の空飛ぶ有名な棒切れとなる。
「よいしょ、文明の利器に頼りますか」
アタシは支給されたアーミーコートのチャックを上げ、フードを被った。
そしてちょっとした呪文を唱えるとアタシの姿を一般人の目から消し、魔術小銃のシステムとブラックフードのシステムをオンそして同期させた。
『ハロー、キリヤナナコ』
フード内の補助システムが本部のネットワークを介してアタシに語り掛けた。
「ヒューゴに連絡」
コート内部の魔法陣が魔術小銃を浮上させる。アタシはそれに足を二つ乗せ、音もなくその建造物を俯瞰できるまで急速な上昇をした。
『おかしいな。まさかとは思うが殺害されてる可能性も否定出来ない。窓から侵入できないか?』
軽い電子音と共にヒューゴの音声がフードに内蔵されてるヘッドホンから流れて来た。
「ヒューゴ、アタシだ。かなり緊迫してる可能性がある」
『状況は?』
最悪だ。
俯瞰した首相官邸に蜘蛛の巣状の穴が空いていた。暗殺だ。
『暗殺行動が早すぎる…安否を確認後、弾道元を突き止めろ。うまくいけば早めに暗殺者がわかるだろう』
「了解」
アタシは"R"(ラド)のルーンをあしらった手のひらに収まるぐらいのドローンを起動し、自分のコンタクトレンズに仕込んである魔術回路を使ってその家を表面的にスキャンした。
「ダメか。流石官邸だわスキがない」
どこも開いている場所は無く、入れそうな場所がなかった。
「チャッピィ、聞こえる?」
アタシは音声通信で、ある助っ人に声をかけた。
『ご主人、どうした。手詰まりか?』
嗄れた声がアタシの頭に響いた。
「今からこのまま飛び降りるわ。受け止めて頂戴」
『了解した。槍は出すのか?』
そう言われると同時にドローンをしまい、箒を銃に変えた。そしてそのままビルの屋上のアンテナ目掛けて、真っ直ぐに体を落とし込んだ。
『ビルのアンテナを目掛けてる』
『お安い御用だ』
アンテナに体が吸い込まれそうな感覚に陥る。
何回もやっているとはいえ、とてもなれるものではない。また、理性と落ちるという感覚が互いにすり減り悲鳴をあげている。そして、アタシは目をつぶった。
『ご主人、着いたぞ』
そういうとアンテナから1秒も満たない速さで、犬とも爬虫類とも似つかない動物が急にアタシの体を引き寄せるように噛み、そして名実ともにアンテナに吸い込まれていった。
そして、瞬きするような速さで首相がいるであろう部屋へとまるで3Dモデルを作っているかのように、そのデスクの角からアタシとそのチャッピィと呼ばれた助っ人が飛び出した。
『到着だ』
「ありがと。いつまでたっても慣れないわ」
彼はチャッピィ。人語を理解できる"猟犬"と言われる存在。
猛毒の体液を持ち、時間と空間を超越するいわば魔物だ。小さい頃からなんどか目にしたが、前の主に先立たれアタシが引き取った。
「人に見られると危険だ。元の場所で待機してくれ」
アタシは小声でそういった。
『人使いの荒い主だ』
彼はそう言い放つと、デスクのへと潜った。
さて、仕事だ。
辺りには首相のデスク、と本棚。そして防弾であるはずのガラス窓がある。ガラス窓は綺麗に貫通しており、高級そうなカーペットに傷がついている。
「弾道を見るとビルの屋上か?」
そういうとその弾道が指し示す先を見た。が、そこは空だった。
「斜角45度。おかしな弾道だろう?」
そういわれ、後ろを振り返るとそこには首相がいた。
どういうことだ?透明化の効果はまだ持続している。なのに首相はニヤニヤしてアタシの方を向いている。いや、目を見ている訳ではない、漠然とした目線をこちらに向けて、彼は近づいて指を指した。
「私には分かるのだよ、そのカーペットの窪みでね」
やられた。千里眼でもあるのかこの人は。
アタシは透明化を切り、フードを外した。
「真生REDCROSS部隊だ。以来に応じここに来た。見たところ、ただ事では無いみたいね」
彼は「まぁ、そんなところだろうさ」とコーヒーを片手にソファーに座った。
「まぁ掛けてくれ」
彼はアタシにそういった。
アタシはソファーに掛け、いつこの暗殺が起きたのかを聞いた。
「ロッドがただの糸巻きマシンにならなくてよかったよ。大切な友人からの贈り物だからね。暗殺が起きたのはついさっきだ。使用人達は警察を呼ぼうとしたが、わたしが止めたのだよ」
「それはなぜ?」
アタシは聞いた。彼は気難しい顔をしながら「誠実を志す政治家ほど情報によって国民の心を乱すことはしない」といった。
「政治家の鏡ですね」アタシはそう言い放った。
「そんなにいい人間じゃないですよ。思想が違えば、信念も違う。あわよくばやり方まで変わってくる。私は思想の違うものを敵と見なし、あの手この手と蹴落とす毎日を送ってきました。第三の道は妥協案です。童話のコウモリでしかなかった」
彼はゆっくりとアタシの方を向いた。
「政治家ではない誰かのためが、思想を同じくする仲間のため、思想のためになり心の奥底で悲鳴をあげるている。思想に心はない。私は心ある人のために、妥協案を作ってしまった。賞賛する声もある。しかしこれは、ひと時の夢かもしれない。ふと目が覚めると結局は、皆が皆政治家も政治家じゃない人も争うような、もとの環境になるのでは?私はそう思えてならなのだ」
彼はすくっと立ち上がり、蜘蛛の巣状に広がった人の身長ぐらいはある窓ガラスを、そっと撫でた。
「この事件も、そんな目が覚めた人が起こした奇跡だろうな」
「奇跡、ですか」
アタシは聞いた。彼は手をアタシをエスコートするかのように、アタシを窓へと誘った。
窓の外には政府機関、リッチモンドテラスや、二人を向かわせたロンドン警視庁がある。その町並みを見渡すことが出来るが。
「ならばやっぱり弾道がおかしい」
「そうだろう。見ろ、こいつを」
彼はポケットから袋に入った石を持ち出した。
「これがカーペットに傷をつけたのだ。この石ころがだ。奇跡と言わずなんて言うのだ?」
アタシはその石をカメラで撮った。そして、カーペットの傷とガラス窓を撮り、斜角が分かるように全体図も撮り、ヒューゴへ送り付けた。
「放物線を描かないと」
「ここへはたどり着けない…」
アタシはラドのルーン石を範囲をかたどるように四隅に置いた。
彼はソファーにもう1度深く座った。
「この事件は怪奇だ。そういう意味でもマスコミには公表できない」
「あなたの気持ちは分かりました。一度解析してみます。護衛の件は?」
「大丈夫だ。SPに護衛させてもらう。水面下に留まるよう車にデコイも入れる。君はこの怪奇的な事件を解決して欲しい。親友にもそう言っておいてくれ」
彼は安っぽいタバコを口にした。
「分かりました。ではそのように」
アタシはフードを被り、透明化させほかの窓から箒を使い飛び去った。
『確認した。なんだねこれは?』
『エミリーを頼む』
ヒューゴはエミリーに繋いだ。
『やっほー、ナナコねぇさん!事件?』
彼女らしい、現凄腕のスナイパーとは思えない明るい声が反響する。
『写真を見たか?』
『見たよー』
『跳弾の可能性は?』
『ないわ』
彼女はキッパリと言った。
『石による跳弾なんて有り得ない。あるとすれば偶然や奇跡の類ね。入射角が上を向いてガラス窓を突き破り、天井に跳弾してカーペットに当たるなら分かるけど、天井が鉄の板で貼られていたなら、首都官邸は軍の要塞ね』
『鉄の板で貼られていたのなら、ましてや石なんて砕けちまうな』
確かにそうだ。魔術の類でなければこんな荒業できるわけがない。
アタシは屋上に向かい、事件のあった場所の真上に向かって、同じようにラドのルーン石を置いた。
『それに、その石の直径じゃあ、もっとガラス窓の穴は大きいはずよ』
『そのようだな』
ラドのルーン石は全体図をスキャンし、事件があった部屋を立体マッピングをした。そして、天井にも穴が空いている理由でもなく、ただ上空から45度の入射角を保ったままガラス窓を突き破り、カーペットに穴を開けていた。
『…カスール弾』
スキャンした結果は、リボルバー弾を示していた。
『エミリー、その時上空を飛んでいたヘリを調べてくれ』
『分かったけど、上空のヘリに向かって跳弾なんて私のウェブリーでもできないわよ!動く的ほど跳弾のコントロールしにくいものなんてないわ』
『分かってる。考えられる事柄を述べただけだ。石は初めからあった可能性がある。ラドの立体マッピングもそちらに送る。アタシの息子も使って考察してくれ。アタシは二人を追う。嫌な予感がする』
『気をつけて、ねぇさん』
アタシはラドの石をチャッピィに回収させたあと、箒に跨り、高速を保つスピードで2人の方へ向かった。
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