第4話 信じる者は救われる
大きな湖と森林がいくつも入り混じっている中にその都市はあった。
その都市は巨大な茶色のレンガの城壁に円状に囲われていた。そして東と西、南から都市に通じる道が伸びていた。
灰色の空の下、南から続いている道を二人の男女が歩いている。
「見えてきた」
白シャツを着た若い女性が言った。女性は黒色のジャケットを着ており、背中にリュック(水筒などが横にぶら下がっている)とと丸めた毛布を背負っている。
そして左腰に刀(号は「防人」)をぶらさげ、その黒い瞳を前方の都市に向けている。
「思っていたより、でかいですなぁ」
隣を歩いている初老近くの男性が言った。男性はフロックコートにウエストコートを着用し、共生地のパンツを履いている。そして女性と同じようにリュックと毛布を背負っている。
フロックコートを着ているため見にくいが、右腰には回転式拳銃M1848(彼は「ハニー」と呼んでいる)を携えている。また肩にボルトアクション式のライフルM1903を掛けている。
「後一時間くらいかな。うーん…ビリー、お腹すいた。一旦休憩してお昼にでもしない」
ビリーと呼ばれた男性は
「ケイ、後一時間くらいならあの国でご飯を食べればよいではないか」
と女性に返す。
「我慢は体に良くない」
ケイと呼ばれた女性はお腹を両手で抱えてそう言うと、近くにあった木の下に歩いて行った。ビリーはやれやれといった様子でケイと一緒に木の下に移動した。
二人はリュックを下すと中から、乾燥肉とパン取り出し食べ始めた。
「そろそろ、美味しい食べ物が食べたいわ」
ケイがちぎった乾燥肉を見つめながら呟いた。
「うむ、流石の吾輩もずっと乾燥肉とパンは飽きてきた」
眉間にしわをよせながらビリーも同意した。
昼食を食べ終えると、再び都市に向かって歩き始めていった。一時間ほど歩くと、二人は大きな城門の近くに到達した。
「すごく大きいわ」
城門を大きく見上げながらケイが感嘆の声を上げる。レンガ状の城壁は小さな山くらいの高さがあった。そして、城門の真上には修道着を着た男性が両手を広げており、その周りに群衆が恭しく首を垂れている様子が描かれていた。
「これは中々立派なものであるな」
ビリーも髭をさすりながら、彫刻を見上げていた。
二人が城門の前で感心していると、鎖帷子を身にまとった番兵が近づいてきた。
番兵は青い色の外套を着ており、外套にはこの都市のエンブレムなのか二股の剣が描かれていた。
「やあ、あんたら。もしかして入信者か?」
若い門兵は言った。ケイとビリーは首を振り、
「いや、旅の途中で寄ってみただけである」
とビリーは言った。
「旅人でしたか。なら、この宗教都市に寄ったのは正解だったと思いますよ」
「と言うと」
ケイが言った。
「東の修道院でビトス様の加護を受けられます。そうすれば旅の途中で病気になることはないでしょう」
「ビトス、様?」
「ふむ、聞いたことがない神様であるな」
「ビトス様を知らないのですか!?ではなおさら東の修道院に寄られることをお勧めいたします」
若い門兵はそう言うと、では仕事に戻りますと言い元の場所に戻っていった。
「じゃあ、まずは市場に行きましょ。食料を買いに行かないと」
「おや、修道院ではないのかね」
「まずは食料を買っておかないと、後は宿も探さないと」
「修道院は明日になりそうであるな」
二人は門をくぐり、住人に市場の場所とおすすめの宿を聞いた。そしてこの都市の宗教に熱心に入信することを勧められた。
教えられたとおりに市場に着き、食料などの必要品を二人は購入した。そして市場でも二人は入信することを勧められた。
おすすめの宿の前に着き、中に入ると修道着を着た男性の石像が置いてあることが目に留まった。ケイは整った眉をしかめる。
中年太りした宿主に空き部屋があることを確認し、鍵をもらうと
「お二人さん、明日は修道院に行って入信することをおすすめしますよ。旅の間の無病息災が保証されますから、この都市に来た人はみんな入信していきます」
宿主が言うと、ケイはまたかとうんざりした表情になった。
「ありがたい、明日修道院に行ってみようと思っております」
ビリーが言い、夕食と朝食の時間を聞くと二人は部屋に上がっていった。
「あー、もう鬱陶しい。二言目には入信、入信って、私が何を信じようと勝手じゃない」
「まあ、落ち着きたまえ。気持ちは分からんでもないが、それにもしかすると本当に病魔に効くかもしれんぞ」
「私病気どころか、今まで風邪すらひいたことがないんだけど」
ケイは冷めた顔つきで答えた。ビリーは
「君には神の加護など不要であったか」
とあきれ顔で言った。
陽が傾き始め、夕日は厚い雲に遮られ室内が暗くなり始めた。
陽が落ち暗くなると二人は一階に降りて夕食を食べた。
夕食中、宿主が「ビトス」について二人に延々と語り続けた。
ビリーは興味を持って話を聞いた。宿主の話はこうであった。
この周辺は昔から疫病が絶えなかった土地であった。そして約500年近く前にも、全身に膿が出来、死に至る疫病が流行った。その時にビトスはこの土地にやってきた。そして、まだ病気にかかっていないものの腕に二股の剣を軽く突いていった。そうすると病気にかからなくなった。そしてビトスから突かれることを拒否した者はたちまち疫病にかかり死んでいった。
またビトスはこの都市の基礎を作り上げた。最後は今の修道院がある場所で没し神になった。その後この都市はビトスの加護を受けるようになり、ビトスを信じる心がある限り病気になることはないとのことであった。
宿主が話し終えると、
「じゃあ、この都市で病気になった人はいないの」
とケイが宿主に聞いた。
「残念なことに心の底から信じていない不信心者が病気にかかることがある。」
宿主は悲しそうな顔をしながら言った。
「ああ、でも安心して下さい。不信心者は北の施設に隔離されていますので、病気を移されることはありません。ですので旅の皆さんが街を歩いても病気にかかることはありません」
「病院ではないの」
ケイが言った。
「病院?いえ、ないですよ。ビトス様を信じる我々には必要のないものですから」
ケイは絶句していた。宿主は何か変なことを言ったかと首を傾げていた。
「貴重なお話、感謝いたしますぞ。では我々は部屋に戻るとしよう」
ビリーがそう言うと、二人は部屋に戻っていった。部屋に戻るとケイはさっさとベッドに入り眠りについた。ビリーは「ハニー」の分解、簡単な整備をしてから眠りについた。
次の日、二人は朝食をとると、宿代を払い東の修道院に向かって出かけて行った。
木造の家が所狭しと建っている中東に向かって歩いていく。どの木造の家にも二股の剣を模した彫り物が玄関にぶら下がっていた。
宿から一時間ほどで修道院に辿り着いた。修道院は白く大きな建物であった。周囲には家は建っておらず、街中の喧騒もなく、おごそかな雰囲気を醸し出している。そして修道院の入り口の前には修道着を着て、二股の剣を持った男性の大きな像が建てられていた。
二人は修道院の入り口を掃除している神父を見つけると話しかけた。
「いやー、素晴らしい修道院ですな。心が洗われるようです」
ビリーが言うと、神父はこちらを向いた。神父はまだ若かった。
「あ、ありがとうございます。ええと、旅の方達ですか」
「はい」
ケイが返事をする。
「街の方々から、修道院には是非行った方が良いと勧められてやって来ました。」
「そうですか、わざわざすいません。立ち話も何ですから中の方へどうぞ」
神父は入り口を開け、二人を聖堂内に案内した。聖堂内は誰もいなかった。
聖堂内は白を基調としており、派手な飾り物などもなくシンプルな作りになっていた。聖堂の奥にはビトスと思われる像が、壁には二股の剣を模した燭台が設置されていた。後は椅子や
講壇が置かれているだけであった。
神父は前の方まで歩いていくと、二人に椅子に腰掛けるように促した。
「私達が信仰するビトス様のお話はお聞きになられましたか」
神父が尋ねてきた。
「ええ、それはもう宿主からばっちりと」
ビリーが答える。
「あのビトス……様とは関係ないですけど、城壁はどうやって作ったんですか?街中は木造ばっかりでしたし、周りは森ばっかりだったので少し気になってたんです」
ケイがおずおずと手を揚げながら聞いた。
「ケイ、唐突すぎやしないかい...」
ビリーが額に手を当て、呆れた様子で言った。
「確かに始めてくると疑問に思いますよね。この都市の近くにたくさん粘土が取れるところがあるんですよ。そこからとれた粘土を100年前に使って建てられたみたいですよ」
神父はにっこりと爽やかな笑顔を浮かべて返した。ケイは成程と言った様子でうなづいていた。
「では、今度は私から質問よろしいでしょうか」
「構いませんぞ」「ええ」
そうすると神父は思い詰めたような表情になり、そして辺りに誰もいないことを再確認してから口を開き始めた。
「お二人はビトス様のお話はもう聞いたそうでしたね。では隔離施設の話も聞きましたか?」
「はい」「うむ」
「正直、どう、思いましたか?」
ビリーとケイは顔を見合わせた。
「この街の者は信じれば病気にはならないと信じ切っています。…ビトス様に仕える私が言うのも何なのですが、おかしいと思いませんか?奇跡はめったに起こらないから奇跡なのです。そのため多くの人を救うためには医学を発達させる必要があるのです。しかしこの街の人達は医学を認めようとしません。私は医学を広めるべきではと考えています。それとも本当に神の御加護でこの街の信者は守られているのでしょうか」
神父は冷や汗を額に浮かべ、上ずった声で二人に尋ねた。
「はい、そう思いますよ」
ケイが即答した。ビリーは少し驚いた様子でほぅと呟いた。
「あなた方の熱心な信仰のおかげで、この街は神の加護を受けられているんだと思います」
「そう、ですか。分かりました」
神父は肩を落とした。
「……私達旅人も常に自分の信じるものに従って生きてます。ですのであなたもあなたの信じるものを信じるのがいいと思います」
ケイは神父を真っ直ぐに見つめながら言い、少しだけ白い歯を覗かせた。
「…そうですね、ありがとうございました」
「私達はこれで失礼します。あなたの信仰に幸あらんことを」
「ではさらばだ」
二人は神父に一礼すると聖堂から出ていった。
二人が出ていった後に「そうでしたか」と呟くと神父は像の前に座り、両手を合わせ
「彼らの旅に祝福があらんことを」
と祈った。そして彼は修道院を後にした。
厚い雲から日差しが漏れている中、二人は都市を後にしようとしていた。
「君にしては珍しい、他人ことを心配するとはな。もしかして、あの神父が好みであったのかな」
ビリーがにやにやしながらケイに言った。
「まさか、ただ理由があるとしたら、彼、私達を勧誘しなかったの」
「それだけかい」
ケイは半回転して、身体ごとビリーの方に向き直った。
「ええ、さて、ビリー次はどこに行く?」
「気の向くままさ、それが我らの信ずることであるからな」
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