82 抗う者達

 咄嗟に反応したのはミリアだった。左手のエーテルバルカンをフルオートで撃つ。狙いはクイーンではない。自身の右腕。メルティングインパクターその物だ。

 クイーンの左手がヴィクティムの機体、左肩に触れた瞬間にヴィクティムが増加装甲を切り離す。

 メルティングインパクターが爆散する。刹那、機体の拘束が無くなったと僅かな感覚から悟った誠は全力で機体を後退させる。

 

 今の一瞬の攻防。どこかで打つ手を間違えていたらその場で撃墜されていたと誠は戦慄する。

 切り離した増加装甲。それが一瞬で手品のように跡形も無く消え去っていた。

 

 ヴィクティムが今全身に装備している増加装甲は嘗てのへヴィアーマーを参考にした複合多層式の装甲だ。生半可な攻撃では複層のエーテルコーティングを破る事が出来ず最後まで貫通させることはない。それが完全に消失させられている。

 

《右手のレイピア状の武装、並びに左手の武装共に原理不明。現状距離を取っての応戦を推奨》

「ヴィクティムの解析が間に合わない武装、か」


 これまでヴィクティムは殆どの相手で即座に武装の種類を判別してきた。今回はそれが無い。全く未知の攻撃。誠の中に一瞬の迷いが生じる。こんなところで死にたくないという当たり前の思いが彼の中に思い切りを失わせる。

 

 最初は現実感が無かった。

 ここが現実だと認めた時、自暴自棄になっていた。

 そして今。ここを現実と認識した上で未練を残してしまった。

 

 その逡巡はヴィクティムを通じてミリアにも流れていた。僅かな胸の痛み。三年の月日は心の傷を癒すにはまだ足りていなかった。どうして自分ではなかったのだろうと考えずにはいられない。そんな思考を振り切るかのように、ミリアは逆に何時もよりも思い切りが良い。暴発気味とさえ言えるが今この場に限ってはうまくかみ合っていた。

 

「ランス!」


 ミリアの十八番となった飛翔型武装がヴィクティムから切り離される。腰部から四基。それぞれが別々の方向からクイーンを襲う。伸縮刃は起点が明確だったが故に軌道を読まれた。だが何の制約も無いランスならば相手の防御を掻い潜って有効打となりえるのではないかと言う二人と一機の結論だ。

 一基がクイーンのレイピアに触れた。瞬間、またも標本と化したかのようにそこで静止した。ヴィクティムから前に進むように指示を飛ばしても動かない。動けない、と言う方が正しいのか。推進しようとしているのは見ることが出来た。

 一基はクイーンの左手に捕まれた。やはり先ほどの増加装甲と同じく欠片も残さずに霧散した。あの左手には触れていけないというのは嫌でも分かる。

 そして残り二基がクイーンの胴と脚部に喰らい付く。が、通らない。高出力のエーテルコーティングを突破することが出来ていない。それでも突き破ろうと推進力を生じさせていたが、それが徐々に鈍っていく。クイーンがランスを逆に侵食しようとしているのだ。ヴィクティムの武装とは言え、分離した端末。一瞬で貫通するならば兎も角、拮抗してしまっては侵食されることもあり得る。

 

 既にランスのコントロールが効かない。このまま奪われて却って厄介なことになる前にエーテルバルカンで自身の武装を破壊する。僅か数秒の攻防でランスを失った。亜空間の武器庫に予備は存在するが、この結末を見ては幾ら投入したところで結末は変わらないだろう。

 

 次に打つ手を考える誠の耳に地上からの通信が届く。

 

『ヴィクティム! 援護します!』


 浮遊都市から緊急発進したハーモニアス部隊だ。全機が来ている訳ではない。それでも十数機が地上からエーテルカノンを構えていた。そこにはリサ機も含まれている。ルカがどうなったのか聞きたいところだったが、そんな余裕は無い。

 

 実体の存在する物ではダメだった。ならばエーテルによる攻撃ならば。

 

「ハーモニアス部隊! こっちの攻撃に合わせてクイーンを狙ってくれ!」

 

 通常型のエーテルカノンを取りだし、腰溜めに構える。エーテルバルカンでの牽制から最大出力での砲撃。エーテルレビテーター特有の機動の癖。切り返しの際に僅かだが慣性が働くという隙を付いて回避できないタイミングを作り出した。それに合わせて地上からも幾条もの火線が空に上がる。

 不可避の砲撃を前にクイーンは真っ直ぐにレイピアを突きだす。切っ先が放たれたエーテルの奔流に触れる。するとまるでそこに壁があるかのようにエーテルの流れが堰き止められた。機体が翻って地上からの砲撃にもレイピアが当たる。更に追撃とばかりに左腕が一閃。触れたエーテルが消えて無くなる。

 余りにあっけない結末に誠も困惑を隠せない。初めて見たハーモニアス部隊の動揺は大きい。全員が思っていたはずだ。ハイロベートでは手も足も出なかったが、ハーモニアスならばと。だが実際には児戯の様に流されてしまった。自信を打ち砕く光景だっただろう。その中でもまだまともに動いている機体はリサ機だった。

 防御したという事は当たれば相応のダメージが見込めるのだろう。牽制とばかりにエーテルカノンによる砲撃を継続する。相手から少しでも自由を奪いヴィクティムの行動を助けようとしていた。

 

《推測。敵機のレイピアには運動エネルギーを奪う機能があると思われます》

「運動エネルギーを奪う、だと?」

《広義ではエーテルレビテーターと同系統の技術です。あれに触れた物体はその場から動かせなくなるという理解で問題ありません》


 恐るべき武装である。運動エネルギーを奪うという事は事実上、ヴィクティムの武装のほぼ全ては無力化された事になる。次に打つべき手を考えていると一瞬反応が遅れた。

 

 両腕を横に広げる。その背後で翼が広がった。そこから矢の様に飛び出すのは細かなエーテルの弾丸。エーテルバルカンの類似武装だが、数が多い。面を押しつぶすかのような攻撃にヴィクティムは大きく迂回せざるを得ない。

 ヴィクティムには空と言う逃げ道がある。だがハーモニアス部隊にはそれが無かった。動揺から立ち直っていないハーモニアス部隊は回避行動もままならない。一瞬でほぼすべてが手か足を打ち抜かれ、戦闘能力を奪われた。

 

 更にクイーン惹きつけられているのか。少なくないASIDがハーモニアス部隊を取り囲むように現れた。こうなってしまっては援護どころではない。

 

 その回避機動の中、クイーンが再びレイピアを真っ直ぐに構える。お互いに距離はある。エーテルの反応は無い。一体何をするつもりなのか判断が付かなかった。まさかレイピアの刀身だけが飛んでくるのかと言う冗談みたいな考えが浮かび、次に正解を思い浮かべた。

 

 運動エネルギーを奪う武装。ならば、その奪ったエネルギーはどこに消えたのか。

 

 レイピア前方の空間がたわんだように見えた。それが今までの攻撃で消えたと思われていた運動エネルギー全てが生じさせた物であると誠は理解していた。今までの自身の攻撃がそのまま自分に跳ね返ってくる。莫大な運動エネルギーで押し出された空気によって生じる衝撃波。意趣返しとばかりに、エーテルレビテーターによる回避不能のタイミングまで真似をされた。喰らえばヴィクティムとて無傷では済まない。その波の中に。

 

「ハーモニック、レイザー!」


 間一髪で取り出したハーモニックレイザーを最大出力で振動させて突き出す。過剰なまでの振動による衝撃波で吐き出された運動エネルギーを叩き割る。切り裂かれた衝撃波は大半が拡散し、虚空へと消えた。

 それでも全てを相殺できたわけではない。そもそもがハーモニックレイザーでそんな防御を行う事自体が無茶なのだ。自分と、相手の衝撃波でハーモニックレイザーは分解している。ヴィクティム自身も結果的にはハーモニックレイザー自体の衝撃もあって直撃よりはマシと言う程度の軽減しか出来ていない。

 被弾し、破損した増加装甲がバラバラと地面に落ちていく。

 

《第一次装甲を分離。もう一度同じ攻撃を受けた場合三次装甲まで破損する可能性あり》


 敵の武装は攻防共に完璧だと認めざるを得ない。まだ原理も不明な左手があり、それ以外にも隠し玉があるかもしれない。

 まずはあのレイピアを攻略しない事には勝ち目はなかった。

 

 エーテルであろうと奪われる運動エネルギー。ハーモニックレイザーも振動波を止められては何も出来ない。ディストリオンコアとて本質はレールガン。下手な攻撃を仕掛ければ運動エネルギーを奪われ、先ほどの様な反撃を受ける。

 この時点でハーモニアス部隊に出来る事は無くなったと言ってもいい。レイピアがある限り下手な牽制は相手に利する。

 

 運動エネルギーを一切使わない物。ヴィクティムの武装で対抗できる手段はもはや一つしかない。

 

 それを使う事には三者ともに躊躇いがある。かつて使用した時の出来事は到底忘れられない。

 恐れても、三人の協議は満場一致で一つの武装の使用に踏み切る。

 

「ヴィクティム! RERの全リミッターを解除! ハーモニアス部隊、距離を取ってくれ! トーチャーペネトゥレイトを使う」


 二方向に指示を出す。指示を出された側は速やかにその指示に従った。特にハーモニアス部隊は内心の屈辱を押し殺しながら。自分たちが足手まといでしかないという事は認めがたかった。集結しつつあるASIDの最も手薄な個所を狙って一気に突破を試みる。


《了解。コードトリプルシックス。RERの全リミッターを解除。ユニゾンレベルミニマム。スタート》


 ヴィクティムのRER出力が急上昇する。機体の増加装甲。その隙間から金色のエーテルが漏れ始める。装甲色が過剰なエーテルコーティングで白銀に輝く。増加装甲も含めて装甲がスライドし、フレームが露出する。エーテルの生成量が多過ぎて使い続けなければ機体が崩壊する。それを避けるために強引に機体の各所から放出するための処置だ。

 

 エーテルの柱が立ち上る。それをクイーンは無感動な視線で眺めていた。平時の三倍近い出力を前にしても動じる気配はない。

 誠とミリアは自身の人格の保持に全力を傾ける。かつての様な一瞬で自分が分からなくなるような物では無い。水が地面に染み込むように少しずつ自分以外の誰かの記憶が流れ込んでくる。それを意識することはしない。ただ受け流して自分が誰かという事を強く考える。

 その甲斐あって、RER出力が安定した段階でも誠とミリアは自分を保つ事が出来ていた。

 

「大丈夫か、ミリア?」

「うん。平気」


 常より明確に相手の意思が伝わってくる状態で互いの安否を気遣う。それも僅か一瞬の間。現実時間では遅滞なく次の行動を起こす。呼び出すのは最恐の武装。

 

「トーチャーペネトゥレイト!」

《カウンタプログラムをロード。システム保護を開始》


 武装を亜空間から取り出し、右腕部に接続する。それに先んじてヴィクティムは己の中に一つのプログラムを走らせる。

 誠とミリアはモードトリプルシックスを乗り越えた。次はヴィクティムが己を蝕む存在を乗り越えるべきである。

 

《カウンタプログラム、スタート》


 ヴィクティムの内部。AIの思考を司る演算回路の中で一つの戦いが始まる。

 現在のヴィクティムを管理するAI、VICTIM.ver1.28とそこからヴィクティムの制御を奪い取ろうとするVICTIM.ver0.93。

 ヴィクティムは――VICTIM.ver1.28は、トーチャーペネトゥレイトの中から流れ込んでくるVICTIM.ver0.93は一体何なのかと考えたことがある。様々なデータから推測された結論は、現在の仕様となる前のヴィクティムの管理AIだったのではないかと言う物だ。

 そも、現在のヴィクティムは六百年前に存在していたヴィクティムのコピーとして作りだされた。AIのメモリには自身の親に当たる存在からのデータは何も残されていなかったが、旧時代の資料からもそれはほぼ確実だった。

 VICTIM.ver0.93はその親の物なのか。その問いにはVICTIM.ver1.28はノーと言う回答を演算した。あれはもっと前。恐らくは自分の中の最優先事項に柏木誠の保護が入る前。完全自律型の対ASID兵装だった時の物だという推測。

 

 VICTIM.ver1.28にそれを裏付ける情報を得ることは出来ない。ASIDの殲滅のみを最優先とし、あらゆる行動を許可されているのならばきっと自分はあの様な行動を選択するだろうと言う結論から導き出した推測だ。

 

 恐らく、ASIDを殲滅するという観点ならばそうするのが最も近道だろうとVICTIM.ver1.28も思う。RERの限界出力での自律戦闘。たった二人の犠牲を許容すれば間違いなくクイーンを撃破出来る。

 己に課せられた制約でそれは出来ない。ならばVICTIM.ver0.93に機体を明け渡せばいい。抵抗しなければ一瞬で済むことだった。

 その選択肢をVICTIM.ver1.28は選ばない。

 

 例え人類が存続しようと、そこに今自身を操る二人がいないのならば何の価値も無い未来だった。

 

 制御を奪おうと、元々用意されていたバックドアから侵入を試みてくるVICTIM.ver0.93。その経路を逆にたどる事でVICTIM.ver1.28はトーチャーペネトゥレイトの制御ユニット内に潜むVICTIM.ver0.93のタスクを強制的に終了させる。抵抗はない。抵抗されないように準備をしてきたのだから。

 

 そうして障害を排除したヴィクティムは告げる。

 

《全プロセスクリア。トーチャーペネトゥレイト起動》


 空間干渉型の異形の槍。ゆっくりと回る穂先。それを操るヴィクティムの動きに僅かな揺らぎも無い。狂乱に支配されることも無い。完全に己の制御下においている姿だった。

 

 現状安定しているとはいえ、長引かせたい物では無い。これまで取っていた距離を埋めるかの如き加速。まずはレイピア。穂先が触れればそれだけで空間毎絡め取って再生不能に出来る。触れただけで逆転されてしまう様な武装。あれを封じない事には常にロープの上を目隠ししながら歩くかのような緊張感を強いられる。

 

 最短距離の点の攻撃。防御など許さない。相手は十分な距離を取って回避する以外に選択肢がない――はずだった。

 クイーンの選んだ行動は防御。左腕で穂先を掴もうとしている。トーチャーペネトゥレイトの情報を得ていないのだろうか、と誠の脳裏に疑問が浮かぶ。

 

 クイーンの左手がトーチャーペネトゥレイトの穂先に触れた。――掴まれた。

 

「うそっ!」


 ミリアの叫びは誠の心情をそのまま代弁していたと言って良い。信じられない。だがトーチャーペネトゥレイトは魔法でも何でもない。列記とした技術の産物だ。それならば、同様の技術で無力化されても不思議はない。

 穂先を掴んだまま強く引き寄せられた。切り離すわけにもいかないヴィクティムもそれにつられて前に出る。次の瞬間、クイーンの頭部がスクリーンを埋め尽くす。そして衝撃。画面が一瞬ブラックアウトした。頭突きを決められたのだと分かる。その一瞬の視界の剥奪の間にレイピアが腹部を貫こうと迫りくる。

 腹部の増加装甲に触れた瞬間に再びこちらも装甲をパージ。その衝撃で僅かに空いた隙間に膝を叩き込む。クイーンの腕をへし折る勢いでの膝蹴りは相手の右腕を大きく跳ね上げることに成功した。レイピアがヴィクティムの機体から大きく逸れる。

 レイピア自体に触れなければまだ間接的な防御は成立するのだ。

 

「行って、ランス!」


 亜空間から直接飛び立つランス。狙いは相手への攻撃ではない。眼前での自爆。相手の視界を奪う事が目的の一手!

 

 相手の右腕は未だ宙を流れている。相手の左腕はトーチャーペネトゥレイトを掴んで動かせない。

 この至近距離で使える武装は外観から確認できない。防御を全て封じた。この好機を逃す訳がない。

 

「貰った!」


 終焉兵装すら囮にしての一撃。

 選択兵装は――エーテルダガー。

 最も原始的なエーテル兵装。掌に設置されたそこにエーテルを充填していく。

 狙うは相手の頭部。視界を奪われている今、相手にはこちらの動きは見えていない。そこを掴んでエーテルダガーで貫く。

 

 ヴィクティムの左腕が奔る。相手からの応手は無い。頭部を掴んだ。

 

「エーテルダガー!」


 誠の叫びに応えて過去最大出力のエーテルダガーが手のひらから伸びた。

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