78 オービットパッケージ

 数時間前。ネストの最深部でクイーンの残骸を見つけた誠たちはそこに仕掛けられていたトラップ――クイーンのリアクターをそのまま自爆させるというASIDの組織構造を完全に破綻させるような罠にまんまと引っ掛けられていた。

 

 エーテルの閃光。それが何もかもを消し飛ばしていく。迷路染みた通路も、その過程にあった広間も、ぼくじょうの様な何かも。

 それは爆心地にいたヴィクティムであっても例外ではない。

 

 クイーンのエーテルリアクターの崩壊。それによって生じた破壊力を持つエーテルはヴィクティムのエーテルコーティングを優に上回る。

 装甲が沸騰して泡立つ。勢いに流されて機体が押し上げられる。ドッペルとの戦いでさえ、ここまで単純な破壊力の攻撃に晒された事はない。

 既に言うまでも無くヴィクティムは機体保護を最優先としている。全出力をエーテルコーティングに。機体の足を抱える様にして被弾面積を少しでも小さくする。

 背部は凄まじい速度で岩壁に叩きつけられ、掘削しながら地上を目指している。地面に押し付けられたなかったのは幸いだった。逃げ場のない破壊力にどこまで埋め込まれたか分かった物ではない。

 

 まず最初に膝を抱えていた両腕がもげる。次のその膝が反対方向にへし折れる。背部の装甲が大きく歪み、胸部装甲も溶けていく。頭部は爆発か、それとも激突か。どのタイミングかと意識する暇も無く飛ばされていた。

 岩盤を突き抜ける。地上に出たヴィクティムはその勢いのまま宙に投げ出された。その下から追いかける様に広がるエーテルのドーム。味方であるはずのASIDさえ飲み込んで――そして消えた。一気に解放されたエーテルは一瞬で霧散する。巨大なクレーターを残しながら。

 

 そしてヴィクティムにとっての危機はまだ終わっていない。

 

『機体損傷大。エーテルレビテーター破損。浮力形成レベル低。地面への衝突まで後十秒』

「ミリア。歯を食いしばれ!」


 一言叫ぶと誠も衝撃に備える。下手に口を開いては舌を噛み切る恐れもあった。ミリアも余計な問答をすることなく全身で踏ん張る。

 次の瞬間には衝撃。それも一度では終わらない。数度、まるで――ではなく事実跳ね回るボールの様に地面を転がってようやく止まった。航空機事故並みの衝撃を受けても中の人間が無事だったのは辛うじて生きていたエーテルレビテータによる浮力が落下速度を減衰してくれたのと、これだけボロボロになってもヴィクティムのエーテルコーティングが生きており、慣性制御をしていたからであった。

 

 とは言え、まだこれで終わらない。今のヴィクティムは文字通り手も足も無いのだ。ASIDに遭遇したら嬲られるしかない。シェイカーの中身の気分を味わった直後の誠は二重の意味で顔を青くさせるが幸いにしてその懸念は杞憂に終わった。

 

『ヴィクティムのビーコンを確認。至急回収に向かいます』


 距離を取っていたネイルが回頭しながらヴィクティムの元に向かっている。クレーンで釣り上げられたヴィクティムはASIDの襲撃を受けるよりも早くネイルの格納庫に収められることになった。

 

 機体から飛び降りた誠はヴィクティムの状態を見て表情を歪めた。その損傷は到底短時間で修復できるような物ではない。偶然クイーンが死んでおり、その崩壊に巻き込まれたという可能性は既に見ていない。あれは完全にクイーンを狙いに来た者への罠だった。

 

「まずいぞ……。まだASIDは活動している。ってことはあの地下の奴はクイーンじゃなかったってことだ。今この場にいないクイーンが向かった場所……」


 誠にはそれが浮遊都市しか思いつかない。考え過ぎならばそれでいい。だが長年引きこもっていたクイーンが動き出して何をするのか。ここ最近活発になったというASIDの動きを思えば荒唐無稽な話にはならない。そもそもその事態を想定して先手を打ちに来たのだから。だが早すぎる。

 

 この六百年の腰の重さに反してここしばらくのASIDの行動は素早い。クイーンの代替わりという事態を想定し切れなかったが故だが、そんなASIDの生態まで把握するというのは酷な話である。

 

《優美香嬢の用意がこの様な形で役に立つとは思いませんでした》


 ヴィクティムが呟く様に言うと、格納庫の奥から別の機体がクレーンで吊り下げられながら移動してくる。

 

《ヴィクティム・オービットパッケージへの換装作業を開始します。換装作業中も本艦は浮遊都市擱座地点へと急行。完了と同時に最大速度で射出します》


 マナがそう告げて残骸と成り果てたヴィクティムからコアユニットの解体を始める。ヴィクティムのAIユニットとRER。この二つさえあればヴィクティムは比較的容易に再建できる。逆を言えばこの二つのどちらかに損傷を受けた時がヴィクティムが完全に破壊された時と言えるだろう。

 

 そしてこの機体。ヴィクティム・オービットパッケージ。旧時代に、ヴィクティムが宇宙空間で戦闘する時を想定して設計された強化ユニット。だがその強化された推力は大気圏内での戦闘でも十二分に強みを発揮できる。殆どの面で通常のヴィクティムを上回る事の出来る装備だ。欠点らしい欠点はほとんどない。

 唯一にして最大の問題は、替えの聞かない事。元々旧時代でも量産する前に人類は空に逃れた。正真正銘、あの施設から回収した物で全てなのだ。

 

 それ故に、温存していた。地下空間では通常装備のヴィクティムとそう変わる物では無い。予備パーツからあえてもう一台のヴィクティムとでも言える機体を用意しているに留めたのだ。

 もしもこれを使う時があるとしたらそれは、クイーンと入れ違いになり既にクイーンが浮遊都市に向かっていた場合。

 

 ネイルの最高速度を優に上回るスピードで急行するために。

 

《作業には三十分ほどかかります。その間は少しでも身体をお休めください》


 誠たちはその言葉に甘えてしばしの休息を取る。内心では焦れていた。今まさに浮遊都市が襲われていると思えば落ち着いてもいられない。一方で今は休むしかないというのも分かっていた。休憩室として使っている個室でそれぞれ休む。

 

 ミリアは緊張で身を固くしていた。怖かった。もしも負けたら。自分たちがどうなるのか。その末路の一つを見てしまった。あんな生き物に対する扱いとは思えないような扱いを受けたくはない。膝を抱えてそう思う。

 別の末路も考える。力及ばず、戦場で力尽きる未来。その可能性も十分にある。その事を考えると決まってミリアの頭に浮かぶのは雫の事だ。最も身近な人物の死と言えばそれしかない。雫があの時どんな気持ちだったのか。ミリアには分からない。

 

 悔いがあったはずだ。やり残したことがあったはずだ。好きな人がいたはずだ。だというのに何故、あんな風に何も思い残すことは無いという様に逝けたのか。

 考えて、考えて考えて。乏しい経験の中から最適解を見つけようと思考を回す。そうして漸く出た一つの解。それが雫にも当てはまったのかは分からない。だがミリアの中ではそれは疑いようの無い事実。

 

 しばし悩んで、誠のいる部屋に向かう。ノックをすれば嫌な顔もせずに迎えてくれた。

 

「ごめんなさい。休憩しているのに」

「いや、気にしないでいい。正直、一人でいたら嫌な事ばかり考えていたからな……」


 誠が考えていたのは二度の敗北の事だ。

 旧時代に、自分のせいで敗れてしまった時の事。そしてマーチヘアに雫を奪われた時の事。

 

 同じ過ちを繰り返す訳には行かない。もう二度と自分が守りたい人を奪わせない。

 

 そこでだが、と弱気の虫が顔を覗かせる。本当に自分に出来るのだろうかと。

 既に自分は二度失敗している。二度ある事は三度あるという訳ではないが自分に三度目の失敗が無いとは言い切れない。

 

 そんな答えの出ない思考に囚われていた誠としてはミリアの来訪は歓迎する物だった。一人で考え込んでいるよりは誰かと話していた方が気がまぎれる。

 

「それでどうしたんだ?」


 態々来たのだから何か言いたいことがあったのだろうと思って誠が先を促すと返事はない。代わりに軽い衝撃。先ほどまで目線の正面にあったミリアの顔が、今は目線を下に向けても見えない。見えるのは旋毛だけだ。

 抱き着かれている。震えている。その事は誠にも分かった。怖いのだろうと内心で納得する。みんなを助けたい。そう決意したとはいえ怖い物は怖い。この小さな体で逃げ出さないだけでも大したものだと誠は思った。

 子供をあやす様に誠は掌をミリアの頭に当てる。髪が揺れる。ミリアの匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「……?」


 何かを感じた。掴もうとした何かが手のひらから抜けていくようなあやふやな感覚。どこかでこれと同じ何かを感じたことがある。一体どこで何を。そんな誠の思考はミリアの言葉で遮られる。

 

「好きです」


 シンプルで、疑いの余地も無い言葉。

 

「誠さんが、好きなんです」


 もう一度放たれた言葉はミリアがミリアへと向けた言葉だった。自分の思いを口に出して再確認する。好き。その言葉にミリアは納得の笑みを浮かべる。ようやく、自分の中にあった思いを口にできた。

 対して誠は完全に固まっていた。ミリアにその言葉を告げられた時、誠の脳裏を過ったのはもういない一人の女性だった。その事に誠は自分でも予想外な程に動揺していた。自棄になっていたときにそんなことが思考の片隅に乗った。だが今までそれを意識することが無かった。ミリアが今自分の思いを形に出来た様に、誠も漸くその想いを自覚して認めることが出来たのだ。

 

「いつ、から……?」


 それはミリアへの問いでもあり、誠自身への問いでもあった。

 

「初めて会った時、何も気にしないで私に声をかけてくれた時。凄く嬉しかったんです」

「いや、でもそれは」


 ただ単に誠が無知だっただけだ。知っていたら。その時は果たして声をかけられただろうか。もしも、の想定に意味はない。それでも考えずにはいられない。もしも知っていたら。そうしたらきっと誠とミリアは接点が生まれることも無くこうしてこの場にいることも無かっただろう。

 

「分かっています。その時の誠さんが何も知らなかったっていう事。それでも、私にとってはそんなの関係ない」


 ミリアは自分の中から溢れる思いを抑えようともせずに語る。

 

「色んなお話を聞かせてくれて嬉しかったです。自分の身も顧みずに助けに来てくれて嬉しかったです。私を、要らない子じゃないって言ってくれて嬉しかったです」


 だから、好き。

 

 そう呟いた。誠は返事をしようとする。返事をしようとして口から出てきたのは少しだけ違う言葉だった。

 

「俺は、どうやら雫が好きだったみたいだ」


 失ってから気付くなど本当に間抜けにも程がある。笑みを作ろうとして失敗した。

 

 思えば、そんな自分の雫に対する行動には自分でも不可解な点があった。時々思い出したように嫌がる事をしていたのは、ただのヴィクティムのパートナーとしてではなく自分を見て欲しいという欲求があったからではないのか。余りに子供っぽいやり方だった。

 

「ヴィクティムから降りた後も俺についてきてくれて嬉しかったよ。正直に言うと、あいつに後ろから叱られている時間が俺は好きだったみたいでさ……」


 声が震えた。今はミリアの告白に返事をしなければいけないのに、何故自分はこんな心情を暴露しているのだろう。

 

「でもさ、あいつは俺の何気ない願いを叶えようとして無理をして……。俺の本当の願いは、ずっと後ろで仕方ないみたいな顔をしながら俺を叱ってくれることだったのにな」


 本当に、それだけで良かった。別段特別な事を望んでいた訳ではない。側にいて欲しい。それ以上は望んでいなかった。そのささやかな望みさえ、叶えられることはなかった。

 

「だからごめんな。俺はミリアの気持ちには答えられない」


 誤魔化すことはしない。自分の気持ちに嘘をついて、後悔しないとは思えない。真っ直ぐにミリアの眼を見つめて少女の幼い恋心を切り捨てた。真正面から断られてミリアはそれでも健気に笑う。

 

「はい」


 一筋涙が零れた。

 

「知ってました。最初から」


 でも、と拳を握って気合いをアピールする。目が赤いまま、どこか冗談めかした口調で。

 

「諦めません! 優美香さんも言ってました。諦めなければきっと振り向いてもらえると。振り向いて貰えなかったら首を掴んで振り向かせろと」

「え、あいつそんな肉食系だった……な。機械限定だけど」


 ミリアは色んな人から影響を受けている。それはきっとそれまでほとんど人と接してこなかった事の反動で、だからこそミリアの将来がどんな風になるのか。在り来たりな言葉だが、未来には無限の可能性がある。

 

 その可能性を閉ざさないためにも自分たちは戦うのだと決意を新たにした。

 

 その後は誠もミリアも他愛の無い話をした。そんな中でふとミリアが思い出したように口にした言葉。

 

「そういえば、最後にあった時。また花冠を作ってくれるって約束しましたけど未だに出来てませんね」

「言われてみればそうだな。と言うかあの花畑ASIDに燃やされちゃったしなあ……」


 あそこが再建されたという話は聞いていない。だが、クイーンを倒せば様々な余裕が出来る。これまではスペースの無駄遣いと批判されていた観賞用の植物も増えていくだろう。いや、ASIDを駆逐できたら空にいる必要などない。ここから再興が始まる。

 

「じゃあ誠さん。また約束してください。何時か、花畑が蘇ったらもう一度花冠を作ってくれるって」

「ああ。約束だ」


 指を切る。それと同時、ヴィクティムの換装作業が完了したとアナウンスが入った。

 

 ヴィクティム・オービットパッケージ。大型化した肩部と脚部はそのまま増設された推進器が収められている。背部には大きく横に張り出たスラスターの群れ。四肢とは違い、純粋に加速を求めるためだけの部位。腰部から伸びる二対のシリンダーは高濃度圧縮されたエーテルを貯蔵するタンク。そして主武装にこれまでのエーテルカノンとハーモニックレイザーを組み合わせた複合武装、ヴィクターレイが二本両腕に握られている。機動力と火力を兼ね備えたヴィクティムの最終決戦仕様と言ってもいい。

 

 そして最大の特徴とも言える可変機構。そこまで複雑な変形をする訳ではない。ただ、全てのスラスターの向きを揃え、一度に多大な加速をする為だけの形態だ。

 それが今最も求められている機能でもある。更にオプションを装着したならば瞬間的な速度は第二宇宙速度を上回り、何もしなければ地球の重力圏を突破してしまう。だが今はそこまでの速度は出せない。それでも十分すぎる速度だ。ヴィクティムの形状で音速の10倍も出せるのならば最上だった。

 

 これならば、間に合う。間に合わせると誠は気合を入れる。浮遊都市で戦っているであろう玲愛の事を思う。そこで眠っているルカの事を思う。傷ついた機体を必死で直している優美香の事を思う。一人、裏切り者と蔑まれながらも孤独に立つリサの事を思う。誰一人だって失いたくない。

 ミリアは最後の戦いを前に小さく祈りを捧げる。見ていて欲しいと。自分に様々な事を教えてくれた雫を思う。自分はまだまだだけど、それでも教わった事を忘れずに少しは成長したつもりだ。まだ沢山学びたい。沢山色んな人と話をしたい。まだしばらく会う事は出来ないけれど。一生懸命に生きぬいて見せるからと。

 

 ヴィクティムは二人から流れ込んでくるエーテルを解析する。同調は高水準をキープしている。過去にあった揺らぎは存在しない。今ならば、切り札である完全同調、モードトリプルシックスもそれなりの時間維持できるだろう。

 己の武装を確認する。ヴィクターレイは強力な武装だが、あくまでこれらは今までの延長線上にある武装だ。エーテルカノンとハーモニックレイザー対策を取られていた場合、決定打にはなりえない。

 トーチャーペネトゥレイトは今回使用は難しい。良くも悪くも破壊力がありすぎる。これまでと同じだ。守るべき物まで破壊してしまう。そう考えると、切り札となるのはもう一つ。ディストリオンコア。ステータスチェックは入念に行う。

 

《カタパルト接続。ネイル、機体射出形態に移行》


 杭型の戦艦が姿を変えていく。中央から割れ、上下に広がるのはレール。ヴィクティムを弾丸に見立てた巨大なリニアキャノン。

 

《初期加速を上乗せします。ユーハブ》

《アイハブ。機体チェック完了。全システム異常無し》

「ヴィクティム、発艦だ!」


 促すと同時、身体を押しつぶすかのような加速を感じた。一瞬のうちに背部モニタに映るネイルが小さくなっていく。向かう先はアーク。今決戦が行われている地だった。

 

 ◆ ◆ ◆


 余りの衝撃に、これが死かと玲愛は思った。

 だが一瞬おいてどうも違うらしいぞと思い直す。この感覚は過去に味わった物とは比較にならない程力強い加速度。そしてアークの中では感じることの無い浮遊感。

 

「間に合わないかと思った……」


 通信回線越しに聞こえてきたのは覚えのある声。


『ミリア?』


 今はここにはいないはずの少女の名を小さく呟いた。

 

 玲愛に何が起きたのか、例によって俯瞰していたリサの方がよく理解していた。

 

 高速で飛来した何かがノマスカスを掴んで悠々と空を舞っているのだ。その何かの形状。それをリサは知らない。戦闘機、等と言う概念は六百年の昔に消え去っている。

 尾部から漏れる煌々とした輝きはエーテルか。まるで自分の撃つライフルの弾丸の様だと感じた。

 その印象は間違っていない。事実、この機体はそう大差ない理論で飛んでいるのだから。

 

 流線型からはみ出た腕の様な部分がノマスカスの腰を抱えている。通信機越しに聞こえてきた声からその正体を推測は出来る。だが余りにリサの知る形状からはみ出ていてその二つをイコールで結ぶことが出来ない。

 

 地表へと降下してくるそれはノマスカスを地面に降ろすと自身も着地する。

 一体どうやったらそうなるのか。流線型に亀裂が入ったかと思えば次の瞬間には人型に――それもある程度は見慣れた姿に変わっていた。

 

『ヴィクティム……という事はやっぱり誠君ですか!』


 本人は意識することなく弾んだ声は戦場に役者が揃ったことを告げていた。

 

「間に合ったみたいだな……」


 誠は深く安堵の息を吐く。自分たちが留守の間に浮遊都市が落とされてしまったでは悔やんでも悔やみきれない。それが裏をかかれた結果だというのならば尚の事。

 

「優美香さん凄いね……」


 ミリアの感嘆の声は最早崇拝の域に足を突っ込んでいる。正直な所、あれを尊敬するのは止めた方が良いと誠は言いたい。声を大にして言いたいのだが、今回見事に助けられた身としては控えめに同意しておくしかない。本来ならば彼女が浮遊都市の危機を救ったと言っても過言ではないので只管に感謝を捧げるべきなのだが。

 

 強引に思考をそこから逸らす。

 

「ヴィクティム。新しいボディの調子はどうだ?」

『良好。実機調整無しでここまでの適合率は優美香嬢の能力の賜物である。誠に遺憾ながら彼女は当機を隅々まで理解していると認めざるを得ない』


 誠はヴィクティムのこんなに嫌そうな声初めて聴いたなと思う。こんな状況下だというのに優美香の凄さにまた一つ加わってしまった。


『誠君気を付けてください。クイーンはかなりの適応能力を見せてきます!』


 やはりクイーン、と相手を補足した瞬間、誠の周囲から音が消えた。意識がその個体に集中する。相手の特徴的なウサギ耳の様なアンテナだけが視界に焼付く。

 

「そうか……お前が……クイーンか」


 過去に感じたことの無い獰猛な感情。どこか感謝すら覚えていた。雫の仇。それを逃した事は誠にとって痛恨のミスだったと言える。だがそれを探すなどと言う余裕は無く、この決戦に臨んだ訳だが最後の最後で見つけ出すことが出来た。

 

「嬉しいぞ……会いたかったぞ」


 激情の爆発。その余波はミリアでさえ震えあがるほどだった。誠がここまで怒り狂っているのは見たことがない。プラスからマイナス。雫へと向けていた思いがそのままクイーンへの敵愾心へと変わる。

 

「今度こそ……跡形も残らずに磨り潰してやる。クイーンタイプ」


 正真正銘。今度こそこの地球上に存在するクイーンとの戦いにヴィクティムが臨んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る