77 女王対女王
金属質の叫び声。それはクイーンと目されている個体が天を仰いで発していた。何か司令を出すかのような鳴き声にリサは警戒心を強める。敵が何をしてくるのか。その一挙一投足さえ見過ごさないと目を凝らす。
瞬間、抱き着く様に飛び上がるASIDが視界に入る。その動きは、かつて自分の部下だったエルザを失った時の物に酷似していた。その嫌悪感が即座の迎撃を行わせたのはリサにとって幸運だったと言えよう。触れるよりも早く、抜き打ちで抜き放ったエーテルライフルが空中で打ち落とす。
着弾と同時、閃光がモニタを埋め尽くす。
「なん、ですかっ!」
咄嗟に機体を後退させた。今の現象が何か。エーテル爆雷が炸裂した時によく似たその光はリサの背筋に冷たい汗を流させるには十分だった。
自爆。今あの個体はこちらに密着して自爆しようとしていた。エーテルリアクターの自爆は破壊力だけならばエーテル爆雷並みになる。生産しているエーテルからすると計算が合わないのだが、数字よりも現実だ。そんな物を至近で受けたらリサのハーモニアスとて無傷では済まない。
とは言えASIDが自爆などと言うのは滅多にすることではない。だからこそ不意を突かれたとも言える。
危なかった。と安堵しかけたところで、今しがた見た滅多にすることではない自爆がそこかしこで行われている事に気付いて戦慄した。ハイロベートに抱き着いた通常型ASIDがそのまま身を顧みることなく自爆を敢行したのだ。
当然、ハイロベートのエーテルコーティングでは耐えきる事が出来ない。周囲の機体も巻き込みながら爆散する。
他のパイロットも敵が自爆攻撃を仕掛けてきたことに気付いたのだろう。だがハイロベートではハーモニアスの様な反応性は見込めない。それ以前にハイロベートの武装では射程が短すぎる。あれでは密着される前に撃破しても爆発に巻き込まれてしまう。
先ほどの鳴き声。あれはこの自爆攻撃を支持する物だったのかとリサは慄く。仮にも群れのトップが、己の配下に死ねと命ずる。そしてそれに異を挟むことなく命を捨てる。
歪だった。これまでASIDから感じられた生物らしさが抜け落ちている。自爆するために突撃してくるASIDからは生の気配を感じない。ただの木偶人形だった。
ASIDへの考察を打ち切ってリサはエーテルスナイパーライフルとエーテルガトリングを構える。突撃してくる敵をガトリングで削り取り、その後方をスナイパーライフルで射抜く。曲射ちにも程があるやり方だったが、今ここでこの自爆軍団を有効に押し留める手段を持っているのはリサだけだった。
『全機! エーテル爆雷埋設地点まで後退! ハーモニアスは敵を押さえろ』
「っ。了解!」
元々そうするつもりだった。だが改めて言葉にされるといら立ちが募る。ここで使い潰しても構わないという意思が見え隠れするのだ。
自身も後退しながらの殲滅戦は予想以上にきつい物があった。敵の終わりは見えている。壁の向こう側にクイーンの姿が見える。だがその壁が何と厚い事か。容易に突き崩せない壁がこちらを押しつぶそうと向かってくるのは悪夢でしかない。そしてリサに出来るのはその壁に弾痕を刻むことだけ。
まともに交戦したらハイロベートは一溜りもない。だがそれはハーモニアスでも同じ事が言える。あの壁と真っ向からぶつかれば飛ばされるのはこちらだというのが分かっていた。
言ってしまえば。今の戦闘は軍勢を相手にしているのではない。高精度の誘導性を持つミサイルを相手にしている様な物だった。一発当たれば終了。リサにとって幸いなのは、命中すれば自爆の為に活性化しているエーテルリアクターが爆発を起こし、周囲のASIDも巻き込んでくれることだった。
再びの鳴き声。僅かな優位さえも奪うようにASIDが拡散した。広く、薄く。それはリサがカバーできない範囲が増える事と同義であった。とうとう背後へ抜けていく個体が現れ始める。リサも最早後方の味方に構っていられる状態ではなくなりつつある。囲まれないように立ち回るので手一杯だった。
これまでにない行動の数々。クイーンによる物だというのは明白だ。だがその対策が打てない。クイーンを倒せば解決するというのが本末転倒としか言いようのない対策だった。
後方での爆発。それがエーテル爆雷による物なのか。自爆による物なのか。前者である事を祈りながらリサは単独で敵を削り続ける。
単機で百近い数を落とした。とは言えその全てが通常型だ。余り自慢にはならない。いよいよ敵の圧力に耐えられなくなってくる。後退の許可はまだ出ない。
「こんなところで、まだっ!」
心が折れそうになる。味方から見放された状況と言うのは予想以上に精神的な負担が大きかった。己に鼓舞を入れながら必死で生き延びる。
撃つ。討つ。打つ。
時間の感覚が無くなってくる。一人で取り残されてどれだけ時間が経ったのか。一時間過ぎた様な気もするし、実際は十分程度の様な気もする。この感覚は一度覚えがあった。そして、また思い浮かぶことは同じだった。
「全く、誠君もドジですね。クイーンを倒しに行くと言って出て行ったのに入れ違い何て」
軽口をたたくと少し気が楽になった。
だが状況の打開は見えない。そもそも一人で引っ繰り返せるような戦いならば、人類は既にASIDに勝利しているだろう。今度こそここまでかもしれないとリサは思った。
左右から敵が迫る。ジェネラルタイプ。そう認識したリサの行動は早い。フロートボードからのエーテルミサイル一斉射。弾数に限りのあるミサイルをここで全て撃ち干す。ジェネラルタイプを撃破出来る機会は逃さない。例えそれが己の寿命を縮める行為だとしても、人類には大きく意義のある事だと信じている。
大義の為ならばリサは己を犠牲にすることを厭わない。その癖親しい人間を見捨てることが出来ない。ほんの少し歪な愛情は周囲の人間をやきもきさせるが、幸いと言って良いのか。今リサの付近にはそれを咎めてくれる人はいない。
どんな能力を持っていたのかも定かではないジェネラルタイプ二体が撃破された。その爆炎の向こう側から別の個体が飛び出してくる。センサが極大のリアクター反応を捉えた。
「クイーン!」
見間違え様が無い特徴的なシルエットはそれがこの惑星におけるASIDの頂点である事を示していた。巨大な四本足の下半身と、そこから生えた人型の上半身は一見すればハーモニアス・チャリオットと同系の形状だ。だが致命的なまでに違う。相手の姿は異形としか言いようがない。
ただひたすらに悍ましいのだ。これまでのASIDは何らかの生物を模していた。だがこのクイーンは違う。パーツパーツを見ればモチーフとなった生き物はいるのだろう。だがそれをごちゃ混ぜにした姿はもはや冒涜とさえ言える。
混沌。その一言が相応しい。多種多様な生物を組み合わせて新しい何かを創造しようとしている。
半ば直感的にリサはこれはここで倒さないと行けないと感じた。クイーンASIDと言う人類の仇敵だからではない。ここでこれの創造を止めないと、何か取り返しの付かない事になってしまう。原初の海を思わせる姿にリサはそんな予感を覚えたのだ。
残武装を確認する。恐らく出力差から、まともにダメージを与えることは難しいだろう。狙うのならば一点集中。針の穴を通すような精度の攻撃を要求される。
恐らく、そこまでしても撃破の可能性は低い。残酷なまでの出力差が立ちはだかる。エーテルリアクター出力が現状攻撃力と防御力に直結する以上、格上を落とす事は難しいのだ。玲愛は半分くらい例外に足を突っ込んでいるが。
機体を滑らせながら距離を取る。それを追うクイーン。狙いがリサのハーモニアスにあるのは明白だった。クイーンの下半身の正面が大きく開いた。それがまるで巨大な咢の様に見えてリサは慄く。どこまでも生物から外れた構造を持っている。
リサとしては、距離を置いて狙撃する時間を稼ぎたい。だが、クイーンの速度はハーモニアス・チャリオットの速度を上回っているように思えた。少なくとも直線速度では劣っている。真っ直ぐに逃げるだけではすぐに捕まってしまうのは明白だった。それ故に周辺に散らばるASIDを盾にするように進んでいるのだが、クイーンは針路を塞ぐASIDをその咢で咥えこみ、そのまま吸収している様だった。
一体を吸収するごとに歪なオブジェが増える。つまり、あの異形はそれだけのASIDを取り込んできた証左でもある。更に言うと次の狙いも見えた。クイーンはハーモニアスを取り込もうとしている。何故、等と言う疑問は覚えない。少なくともそれが人類にとって戦力面でマイナスになるのは間違いないのだからリサは全力で阻止するだけだ。
撃ち尽くしたミサイルポッドを切り離す。更に軽くなったハーモニアスは一際強い加速を見せ、背後に迫る口腔から逃れる。今のは危なかったとリサは胸を撫で下ろす。
長くは持たない。しかしながらリサも闇雲に逃げていた訳ではない。一度引いた友軍と合流するために徐々にだが浮遊都市に近づいていた。問題は、どれだけ体勢を整えることが出来ているか。立て直す前にクイーンを誘引したらそれは即座に瓦解に繋がる。だが、リサのハーモニアスがクイーンに吸収された場合、事態はより厄介な事になる。単純な戦力が足りなくなる。今でさえ薄氷を踏むような立ち回りを要求されているが、ハーモニアスを欠いたらそれは水中に没するのと大差ない。
エーテルカノンを無造作に地面に向けて打ち込む。巻き上がる粉塵の中に逃げ込んで時間を稼ぐ。生み出される時間は十秒も無い。足止めも妨害も、ほとんど効果がない中で十秒と言うのは貴重過ぎる戦果だった。
感覚器であるセンサの性能はエーテル出力とは関係ないのが幸いな所か。出力がいくら高くとも、それでセンサの性能が向上する訳ではない。それ故に今の様な小細工は意外な程時間が稼げたが、それも限界だ。野生の勘としか言いようがない動きでクイーンはハーモニアスの動きを補足している。
砂煙が晴れる。背部カメラが捉えたのは巨大な咥内。悲鳴を上げる暇もない。手元だけは冷静に。リサはハーモニアスのフロートボード切り離しを選択していた。
固定されていたハーモニアスの下半身が自由になる。フロートボードを蹴り飛ばして、恐るべき咢から逃れる。一口でアシッドフレーム一機近い全長のフロートボードが半分になった。あのままいたらハーモニアス本体も半身が食いちぎられていただろう。
飛び上がった勢いのまま、機体を反転させる。頭が地面を向いたタイミング。天地が反転した瞬間にリサはフロートボードにエーテルスナイパーライフルの一射を打ち込む。構造は把握している。エーテルを溜め込むタンク部に突き刺さった一射は先ほどまでの敵のお株を奪う様な爆発へと変わる。
閃光と爆風で機体を煽られながらもリサはしっかりと足から機体を着地させる。今ので倒せたとは思えない。だが相応の手傷を負わせることが出来れば、と言う期待は数秒後に裏切られる。
取り戻された視界の中にはほぼ無傷のクイーンがいた。無傷と言うのは正確ではない。今しがたフロートボードにかぶりついていた巨大な下半身の大半を占める口部の端の辺りに僅かな損傷が見えるが、そんな物は相手の行動に何の制限も与えないだろう。どれだけ頑強なのかとリサは舌打ちした。
機動力を支えていたフロートボードはもう無い。徒歩でもハーモニアスはそれなりの機動力を発揮できるが、クイーンには及ばない。追い詰めた事が分かったのか、本来の頭部――兎耳が付いている方の――口元が三日月の様な笑みを作った。勝利を確信したような仕草にリサは肩を竦める。
「まあ……よくやった方ですかね」
そもそも、リサの役目はクイーンを倒す事ではなく露払いだ。過程は自慢できるような物ではないが、クイーンを孤立させることには成功した。
「後は――」
『私の仕事』
リサの言葉にかぶせる様に通信が入る。その声にリサは安堵の息を漏らす。間に合わなければ残った手段は自爆しかなかった。
その僅かに緩んだリサの表情が画面に映った友軍機を見て凍りつく。
「ソレ」をノマスカスが装備している事は知っていた。だが。今。このタイミングで。それを使うとは思ってもいなかった。
「ちょ、待っ」
操作が間に合ったのは奇跡的と言ってもいい。リサはハーモニアスのエーテルコーティングを最大にまで出力を上げる。
瞬間、一つの銘が通信回線に乗る。
『ハーモニック、レイザー』
戦場に全てを切り刻む風が吹き荒ぶ。
◆ ◆ ◆
長期戦は不利。クイーンを目視した瞬間、玲愛はそう判断した。元の出力差。それはそのまま継戦能力の違いとも言える。どう足掻いても、ノマスカスではクイーンの出力について行きながら長時間の戦闘には耐えられない。
故に、初手から切り札を切る。手加減などしない。あらゆる手段を飛ばして最強の一手。
ハーモニックレイザー。その本来の担い手たる機体はここにはいない。だがそれでも、この惑星上で最強にカテゴライズされる武器の一つは十全に能力を発揮する。
振動数は最大。ノマスカスの全能力を機体保護に回す。友軍は全て後方――よく見たら付近に一体だけいたがまあ何とかするだろうと一瞬で頭から弾きだす。その扱い、リサは怒っても良い。
高速振動し、全てを切り裂く刃がクイーンの装甲を掠める。浅い傷。それは確かにクイーンの防御を突破できることを示していた。
問題は、その状態を後何分維持できるかと言う点。
ヴィクティムでさえ、RERがその出力を発揮できるようになるまではハーモニックレイザーの使用時間に制限があった。本来それを使う事が想定されていないノマスカスで使用できる時間――僅かに278秒。五分に満たない時間しか許されていない。
それを過ぎればハーモニックレイザーの余波でノマスカス自身が砕かれる。それ以前にエーテルリアクターからのエーテル供給が間に合わなくなるだろう。
クイーンの異形を見ても玲愛は怯まない。ただ妙に沢山腕の様な物が生えていて切り落とすのが大変だなと思っただけだった。
千里の道も一歩から。一振りで不定形の触手の様に伸びていた腕を三本まとめて切り落とす。やはり、本体よりも脆いと思いながら跳躍。クイーンの巨大な胴体を足場に、一気に本丸、本体である上半身に切りかかる。
クイーンもそれを座して待つわけではない。何より今ノマスカスが足場にしているのはクイーンの一部。足元から突き上げる様に無数の腕がノマスカスを襲う。
対抗するはハーモニックレイザーではない。機体にマウントされていたのはノマスカスのベースとなったジェネラルタイプの四肢。手持ちの刀剣に改修されたそれを切り離し足で掴んで振るう。こんなトリッキーな動きの為に、ノマスカスの足は人間と同じように指を備えていた。
片手はハーモニックレイザーで埋まっている。片足で一本を振るい、残り三本は片手で立て続けに振るう。一本を振るったら宙に浮かし、次の一本を掴み別の場所を切りつける。更に投げ、二本が宙にある間に三本目を振るう。ジャグリングの様に流れるような動きでクイーンの蝕腕を切り裂く。
その僅かな時間を休憩とでも言うように、ハーモニックレイザーは一瞬だが停止している。278秒。その一瞬も無駄にするつもりはない。
足元から伸びる腕を排除する。更に一歩。クイーンが振り落とそうと大きく身体を揺らすがその足場の悪さも気にしないように更に一歩。
振り落とせないと判断したのか。再びの大量の腕攻勢。煩わしささえ覚えながら玲愛は機体を躍らせる。伸びてくる腕を捌き――
『嘉納さん!』
リサの喚起の声。それと同時、クイーンの胴体から新たに生えた巨大な腕。その掌にノマスカスが押しつぶされるかに見えた。
本来ならば隙間なく閉じられるはずだった掌。そこに綻びを生み出したのは、玲愛がハイロベート時代から愛用している長槍。穂先と石突で押しつぶさんとする圧力に耐えている。一瞬の停滞。その一瞬で玲愛はハーモニックレイザーを再起動。巨大腕を一瞬で消し飛ばす。
脆いと玲愛は嗤う。本体は兎も角、そこから雨後の竹の子の様に生えてくる腕は脆いの一言に尽きる。ハーモニックレイザーの一振りで消し飛ぶ程度の強度では脅威足りえない。
切り伏せて、切り落として、一歩ずつ本体へと近付く。近付くたびに玲愛は違和感を覚えていく。
手応えが変わってきている。振りぬけていたハーモニックレイザーに引っ掛かりを覚えた。
一瞬だが、明確な抵抗を感じた。
そして、遂には受け止められた。クイーンの装甲の上で波紋の様な何かが震えたかと思えばハーモニックレイザーの振動波が全て受け流されていた。振動無しのハーモニックレイザーでクイーンの装甲を切り裂ける程の威力は無い。
「なっ」
流石の玲愛も顔色を変える。
ヴィクティムから得られた情報。ASIDは自らの脅威となる物に対して適合し、対応してくる。だがそれには長いスパンが必要だという話だった。ASIDの頂点であるクイーンだからこそこれほどに早く対応してきたのだろうか。エーテルコーティングがハーモニックレイザーの振動波を霧散させている。
数回切りつけてハーモニックレイザーが完全に効果が無いことを悟った玲愛は即座に思考を切り替える。無力化された武器に固執せず、即座にハードポイントから切り離した長刀に切り替える。
だが。それもどこまで効果があるかと流れる汗も拭わずに玲愛は考える。エーテルの出力差は絶大。極限まで収束させれば一太刀は浴びせられるだろう。だが次の手はない。対応されるされないにかかわらず、ノマスカスのエーテルリアクターが限界になる。一時的にエーテル供給が滞るだろう。
つまり、その一手でクイーンを倒さないといけない。
他に手はない。戦闘開始からわずか数分でここまで手を潰されるとは思っていなかった。その窮地を玲愛は素晴らしいと歓迎する。
自分がここまで追い込まれている。流石クイーン。この地球上で最も強いASID。と称賛の言葉しかない。叶うならば、自分一人でその時間を余すことなく楽しみたいが、そうも言ってはいられない。自分の楽しみに耽溺しながらもそう考えるだけの理性は残っていた。
「手伝ってほしい」
余計な言葉を口にする時間も惜しいと玲愛は口早にリサに作戦を伝える。通信機越しに唸る声が聞こえた。
『はっきり言って、かなり厳しいです。正直嘉納さんの動きにボクは息を合わせきる事が出来ません』
「それでもいい。援護ゼロよりは気が楽」
『背中、撃っても恨まないでくださいね』
「なるべく避けて欲しい」
それだけ伝えれば後は必要ない。厳しい、と言ってもリサが優秀な狙撃手だという事は玲愛も知っていた。それは単純に目標を撃つ精度だけの話だけではなく、目標選択の能力にも秀でている。格闘戦をしている時に針の穴を通すような狙撃を要求しなければ問題ないだろう。
援護射撃を得て再びの吶喊。
全てのエーテルを攻撃に注ぎ込むため、クイーンの妨害は全て機動で回避するしかない。
ノマスカスを迎え撃つのは節足状の触腕。その先端には槍の様な鋭い爪が生えている。それが一挙に数十本。
ここに至って玲愛は確信した。このクイーンの巨大過ぎる下半身はそれ自体が一種の工場であると。
ではその材料は一体どこから。その疑問もすぐに氷解する。これまで視界に入っていなかった地面。より正確にはクイーンから伸びて地を這うケーブル。
周囲からASIDの残骸やアシッドフレームの残骸を取り込んで原材料としている。その節操の無さに玲愛は怒りを覚えた。
馬鹿にしているにも程がある。クイーンにとってこれは戦いではない。ただ己の糧を得ようとする狩りに過ぎないのだと。
槍衾が迫りくる。正面は玲愛が捌く。側面、頭上はリサが打ち落とす。
一列目を超えた。間を置かずに第二陣。何度でも来いと玲愛は猛る。喉元に刃を突きつけられても戦う気にならないかどうか試してやるとばかりに一際強い跳躍。それを支えるのは的確に玲愛が対処したくないと感じる面倒なポイントを潰して行くリサの射撃だ。
なかなかどうして。厳しいと言いながらもこの援護だ。玲愛としては息が合っていればどれほどの事が出来るのかと驚嘆するしかない。
間合いが詰まった。ここまで温存してきた長刀が奔る。ASIDの頭部への投擲。ダメージを期待している訳ではない。視界を隠す役目程度の期待だ。すかさず握るのはハーモニックレイザー。エーテルコーティングを切り裂き、振動波を直に叩き込むべく一刀を振るう。
獲った。玲愛は確信する。一番危惧していたのは攻撃の一瞬。ノマスカスは全エーテルを攻撃に費やす以上、些細な一撃でも致命傷となる。だがその出力を極薄までに研ぎ澄ませたエーテルの刃は玲愛自身最高のバランスで生み出せたと自負できる。斬撃に乗せた硬縮エーテルコーティング。それはクイーンの守りも突破できる。
獲られた、とリサは確信する。俯瞰しているからこそよく分かる。完全な死角。斜め右下から一本の槍が伸びていく。無論リサもその一撃を指を咥えて見ていた訳ではない。打ち落とそうとした。だが弾かれた。その穂先は良く見ると高速でぶれている。ハーモニックレイザーと同じ振動兵器。例えノマスカスのエーテルコーティングが全開でも串刺しに出来るであろう一撃。
玲愛の渾身の一刀。それを受け止めたのはクイーンではない。
地面を這うケーブルが引き上げたASIDの残骸。ジェネラルタイプの胴体をハーモニックレイザーが薙ぐ。豆腐を切るが如き容易さで切れ目が入っていく。両断する。その残骸の行方を見ることなく、玲愛は己の敗北を悟った。
研ぎ澄ませ過ぎたのだ。
ジェネラルタイプという不純物を介しただけで、ギリギリのバランスを保っていた硬縮エーテルコーティングは霧散した。クイーンの装甲に傷を付けられず、どころか逆にハーモニックレイザーが押し負け、ノマスカスの手から弾かれる。
死角からの一撃に気付いていた訳ではない。だがこれで終わりだろうと玲愛は目を閉じた。ノマスカスはエーテルを使い切ってもう指一本動かせない。
玲愛の矮躯を過去最大の衝撃が襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます