72 ハーモニアス
「それじゃあ次は格納庫、優美香さんの所です」
「格納庫?」
現状自分には縁遠い場所――万が一にもフレームをアーク内で暴れさせた場合には大惨事となるのが理由だが――へ連れて行くと言われてリサは困惑の表情を作る。そして何故わざわざ玲愛が同行しているのかを理解した。万が一にフレームを奪われたとしても即座に対応できるようにという意図があるのは明白だった。
どうせ行けばそこで理由も説明されるのだろうとどこか投げやりな気分でリサは脚を動かす。妹が無傷とまでは言わずとも、奪われることなく取り戻せた。それだけで自分の行動には意義があったと今でも思っている。縁もゆかりもない十万人よりも、妹を取る。その選択に悔いはない。
格納庫と言えば優美香だろうと当たりを付けたリサは無意識に彼女の姿を探す。そして見つけた。非常に分かりやすかった。
「うへへへへ。ダーリンセクシーだよ。この大腿部のフレームとかもう芸術的」
《裁判記録7045号。痴漢された住人の供述内容の理解把握が促進出来る環境である。至急ドライバーの救援を要請する》
「つれない事言わないでよダーリン。ほら……ここはこんなに正直なのにさ……」
《提言。右腕部フレームの反応速度をコンマ3プラス修正》
「ん、そうだね。まこっち達の操縦の癖から言ってそっちの方が良いね……んーまこっちによってダーリンがどんどん敏感にされていく。この湧き上がってくる気持ちは何?」
《適切なワードを検索。ヒット。働け、この色ボケ野郎》
非常に、分かりやすかった。
「……何をやっているんですか優美香」
「ん? おお、リサちー来たね。お勤めご苦労様」
普段から言われている事ではあるのだが、今この状況で言われると違う意味合いに聞こえてくる挨拶だった。
「おかげさまで快適だよ」
未だ手錠で縛られた腕を持ち上げて肩を竦める。それを見て優美香は割と本気でかっこいいね、と返した。やはり一味違う感性の持ち主だと妙な感慨を覚えたところで視線をずらす。
「それで、これはヴィクティムなの?」
「うん、ダーリンだよ」
そう確認したのはリサがこれまで見たどのヴィクティムとも姿が全く違っていたからだ。変化度合いで言うのならば嘗てトータスカタパルトと交戦した際の特殊仕様、自称へヴィアーマーが近いだろう。尤も、そのベクトルは逆方向だった。
今のヴィクティムは骨格だ。装甲が外され、内部機器が外され、一番の基幹であるフレーム部が露出していた。外観からヴィクティムだと判断するには頭部の有無しかないだろう。その頭部でさえフェイス部分以外は全て外されて様々なデバイスが外気に晒されている。
「オーバーホールでもしてるんですか?」
「まあ近いかな。ネスト突入作戦前に最終調整、ってとこ」
「ネスト突入作戦……漏れ聞こえてくる会話から近々行われるのだろうとは思いましたが」
こうしてヴィクティムの最終調整が行われているという事は本当にあとわずかな期間で行われるのだろうという事が分かった。
「それで、ボクが呼ばれたのはなんでなんですか? まさかヴィクティムのヌードを見せたかったわけではないでしょうし」
《ウェイン嬢。その形容は誠に遺憾である。付け加えると、その様な発言はバイロン嬢が多用する当機への評価に近い》
「うぐっ……」
遠まわしに優美香と同じようなこと言ってるぞお前と言われリサは予想外の衝撃に胸を抑えた。この機械マニアと同列扱いされるのは不本意どころの話ではない。
「いや、リサちー。その反応は酷くないかな……? まあいいけど。とりあえずこっち来て」
リサの失礼な反応に流石の優美香もやや傷ついた様な表情を浮かべていたがすぐに気を取り直してそこにいる面々を先導する。
その先に格納されていたのは最早忌々しさすら感じる機影だった。
「これは……」
「旧時代に開発されたダーリンの量産プラン。機体名は……ハーモニアスだったかな。全部で三機発見されたけど残っているのはもうこれだけ」
全三機中二機がASIDと化し、親しい人物を奪った因縁の機体。その最後の一体が無表情にリサたちを見下ろしていた。
「大体予想が付きますけど……ボクに何をさせたいんですか?」
「まあ大体予想が付いているみたいだけどこれに乗って欲しいんだよね」
優美香の言葉はリサにとって予想通りの物だった。わざわざ連れてこられてその先にあった物が無関係などと言うのは考えにくい。とは言え、納得がいかないところがあるのも確かだ。
「どうしてボクなんですか? 他に幾らでもいるでしょう」
わざわざ拘禁されている人間を担ぎ出して貴重な機体に乗せるというからには何か理由があるはずだとリサは判断していた。自分の中の考えは兎も角、周囲の評価はそこまで甘くはない。
「このハーモニアスって機体だけどさ……とんだ欠陥機なんだよね」
口を開いた優美香の言葉は一見すると全く関係の無い内容の様に思えた。だが優美香と言う女性は無駄な事はしても無意味な事はしないとリサは知っている。この言葉にも何か意味があるはずだと聞き耳を立てた。
「ヴィクティムの量産プラン。それ自体は悪くない考えだし、アークでも考えていた事だよ。でもそうして出来上がったのはヴィクティムに負けず劣らずの欠陥機だった」
淡々とした優美香の口調には機械の事を語っているというのに常の熱が全く籠っていない。それ自体がちょっとした異常事態だと思いながらリサは疑問を口にする。
「そもそも、欠陥機と言いますけどヴィクティムのどこが欠陥だって言うんですか? まあ確かに融通の利かないところはありますけど」
《遺憾な評価である。当機は常に問い掛けに対する適切な回答を行っている》
そうかな? と首を傾げながらも優美香の様子を伺うと何時も通りの笑みを浮かべていた。
「まあ確かにダーリンはもう最高のメカだけどさ。いや、ホント結婚したいくらい」
《不可能である》
「でも兵器として見た場合は欠陥品だよ。やっぱり。搭乗者が限られているなんて論外だよ」
「それはまあ、そうですね」
誰が乗っても同じスペックを発揮できること。一人の特別な人間だけが扱える兵器などと言うのは邪道もいいところである。ヴィクティムの条件はそれが訓練でどうにもならないというのが性質が悪い。完全に個人の才能に依存しているのは最早乗り手も含めて一つの芸術品だ。
「ハーモニアスもそんなヴィクティムを下敷きにしているからその頸木からは逃れられなかったんだ。ヴィクティムとの連携を前提とした遠隔型のRER……ハーモニアスエーテルリアクターって旧時代の人は呼んでいたみたいだけど、それを搭載したほぼヴィクティムと同等の機体性能」
「……? それのどこが欠陥機だって言うんですか。良い事尽くめの様に思えますが」
少なくともリサからすると問題は見当たらない。遠隔型のRERという事は即ち一人の搭乗者に対して複数人がペアを組めるという事だ。その分機体戦力は向上する。そこまで考えたところでリサも優美香の言う欠陥に気が付いた。
「つまり、親機がやられたら子機も全部出力が低下するという事ですか」
「正解。そもそも、一人に対してそんなに大勢の適合者がいるとも思えないし、出力がバラバラじゃ連携も取りにくい。結局は個人に頼る兵器の枠組みからは逃れられない」
そこまで言われればリサも何故自分がここに呼ばれたのか理解できた。
「つまり、ボクしかまともに乗れる人がいないんですね」
「雫っちがいたらあの子が乗っていたかもしれないけど……まあその場合でも多分リサちーだっただろうね」
ハーモニアスは単座だ。当然乗り手の技量がそのまま戦力に反映されるのであって、管制官上がりの雫が戦うには厳しい仕様だろう。
「まこっちとミリアっちがネストに突入したらアークの防衛戦力は激減する。れあれあのノマスカス一機じゃ辛い場面もあるだろうしね。戦力を遊ばせておく余裕は無いってこと」
玲愛のノマスカスはヴィクティムを除けば間違いなく浮遊都市最強の機体だがヴィクティム程圧倒的な性能ではない。そうなれば当然数に、或いは同格のジェネラルタイプに押し切られる可能性がある。そこにもう一機同格の存在が味方にいるだけで戦術の幅は大きく広がる。
《当機の見立てでは本作戦におけるノマスカスとハーモニアスの戦力はほぼ同等である》
「そうなんですか? 少なくとも出力はノマスカスの方が高い様ですけど」
「んーまあ出力だけならね。ただあの機体はその出力を殆ど外に出せないから」
ノマスカスにある武装は殆どが近接兵装だ。原型のASIDから作り出した四本の刀剣。試作型のエーテルダガー。そしてエーテルバルカン。ヴィクティムの物と比べると出力効率も低い。そう考えると、ジェネラルタイプ由来の高出力は活かせていないと言えるだろう。
《故に当機から提案がある》
「提案?」
《肯定》
それを聞いた優美香は何とも悔しそうな顔をした。
「そうか。その手があったか」
「……いや、まあ確かに盲点と言えば盲点ですが」
リサとしてもそんな言葉しか出てこない。何とも大胆な提案であった。
「さっそく準備させる。間に合うかな……」
若干話が逸れたと思いながらリサは何か言いたげにしている玲愛に視線を移した。
「それで、まだ何かあるんですか?」
常よりも刺々しい口調にミリアが表情を曇らせた。リサとしても、そんな声を出すつもりは無かったので少し驚いた。どうやらと言うべきか。やはりと言うべきか。思ったよりも腹の底には溜まっている物があったらしい。
「貴方がこの機体に乗る条件」
「別にボクが乗せてくれと頼んだ訳じゃないですけど」
その言葉を黙殺して玲愛は手にしていた物を差し出してくる。それを見てミリアがまた表情を曇らせた。
「やっぱりそれは……」
「んー私も必要ないと思うんだけどなあ」
優美香もどこか苦々しい口振りだった。二人からの非難の視線に晒されながらも玲愛は表情を変えない。彼女が手にしていた物は首輪。それが冗談や特殊な趣味が目的でないことは一目でわかる。明確な機械部分を持つそれはリサの知識に当てはめると遠隔式で動作する何かだ。
「反逆防止用の首輪、らしい。念の為に言っておくが私が決めたわけじゃない」
玲愛はそう言ってリサに首輪を手渡した。反逆は即処刑だというのにこんな物があるのが驚きだった。
「遠隔操作で信号を受信したら首輪の内部にある爆薬が炸裂する。まあ多分人の首くらいは飛ぶと思う」
私が作ったと、優美香が顔を顰めながら説明してくれる。とりあえずリサは優美香が作ったのなら誤動作は恐らくないだろうと変なところで安心する。
「これの着用と、全戦闘への出撃。その二つが条件」
「なるほど。分かりやすいですね」
それを命じた人間は自分の命などどうでもよいと思っているのだというのが伝わってくる。その命令を下したのが、誰なのか。それは今は考えない。自分の生みの親が命令を下す側にいる人間のトップだという事実は今は頭から抹消する。
「乗って戦うのは望むところ、と言いたいところですが。ボク向けの調整はして貰えるんですよね?」
「もちろん。まあ私はダーリンの調整で手一杯だから別の子にやってもらうけどね。注文は?」
その問いかけにリサは当然と言う顔をして答える。
「精密に動く腕部ととびっきり遠くまで見える眼をお願いします」
◆ ◆ ◆
誠は目を閉じて息を吐く。
ヴィクティムのコクピット。そこは彼が六百年近くを過ごした場所だ。その記憶は残っていないとは言え。
思い出すのは――思い出そうとするのは冠木華という女性の事。自分の記憶に残っているのは虫食いだらけ。残っている記憶もどこまで正しいのか自信が持てない。
黒いヴィクティムに乗って、六百年前共に戦っていた女性。恐らくは恋愛関係にあった人。だというのに顔を思い出すことも出来ない。
その癖、その穴抜けが何よりも大事な記憶だったという事だけは残っており性質が悪い。
悲しみたいのに、それを悲しむだけの記憶がない。ただただ虚無感だけが残る。
だがその結末、今となっては推測することが出来る。
「ヴィクティム。ドッペルの戦闘データを」
《了解》
機体のモニタに一蹴された時の戦闘とその後撃墜した時の戦闘のデータが表示される。自分の動きを先読みしているとしか思えなかった動きを見せたヴィクティムと酷似した機体。
無意識に喉が震えた。
「こいつは、俺が六百年前に乗っていたヴィクティム、何だな」
ヴィクティムの簡易量産であるハーモニアスがASIDになったのではこうはならない。RERの存在。ASIDが独自に生み出したのでなければそれはある場所から持ってくるしかないのだ。そうなればその材料は一つしかない。
動きの先読みも道理だった。これがヴィクティムだとしたら六百年前の誠の戦歴が残っているのだ。そこから動きを予測するというのは不可能ではないだろう。
外観を見れば、胸部に残った傷跡の様な装甲の変形。まるで、コクピットを貫いたかのようなそれは、搭乗者の末路を雄弁に語っていた。
分かりきっていた事ではあったが、誠が眠りについた後の華はASIDと戦い、そして敗れたのだろう。その後ヴィクティムはASIDの材料となった。人間を積極的に襲わなかったのは恐らく、ヴィクティムの中にあったAI部分がASIDの意思に抵抗したのだろうと誠は推論を立てる。
全て過去の出来事で、今となっては確認する術もない。
《現状》
ヴィクティムの言葉に誠は答えの出ない問いの連続から意識を戻した。
《現状入手した情報からドライバーの推論が確定事項であると判断できる物はありません》
「ヴィクティム?」
《当機がこうして存在しているように同型機が存在していた可能性があります》
「それは確かにそうだが」
確かにヴィクティムは少なくとも二機存在していたのだ。それ以上、があっても不思議ではない。
《現状の情報から判断すると、六百年前にドライバーが搭乗していた当機の同型と、そのドライバー冠木華がどこかで時間凍結を行って眠っている可能性もあります。何故なら、RERの性質上二名が揃っていない当機の戦闘力は高いとは言い難く、わざわざ無駄遣いするよりはドライバー誠が目覚める時代に合わせて目覚めるようにした。その可能性も捨てきれません。他にも――》
ヴィクティムはつらつらといくつもの可能性を挙げていく。だがその何れも、こういっては何だが夢物語と言ってもいい内容だった。確かにそれを否定する情報は存在しない。だが同時に肯定する情報も存在してない。
不定な状態だから語れる想像だ。
これまでにヴィクティムがこんなに益体も無い、不確定な話を続けたことはない。目を見開いていた誠だが、ヴィクティムの発言が意図する物に気付いて呆然と呟いた。
「お前、まさか……励ましているのか? 俺を?」
ヴィクティムが語っているのはもしもそうだったら誠も多少は救われるという様な想像の話だった。そんな話をする理由。ヴィクティムが壊れたのでなければ誠には一つしか思いつかない。
《当機に励ます、と言う機能は存在しません――が、現状当機のAI部分には深刻な障害が発生しています》
「障害だって?」
それを聞いて思い出すのはドッペルがヴィクティムに行った通信の事だった。それが何かと思ったのだがヴィクティムがそれを否定する。
《当機のAI部分。論理思考機能に不明なエラーが発生。システムチェック。並びに復元を試みていますが復旧に失敗。現状も不具合は継続中です》
「不具合、なのか?」
《当機のメモリにエラー発生以後主観的なデータの追加が行われています。不具合です。当機のメモリ機能にその様な物は存在していません》
それを聞いていて、更にこの頃のヴィクティムの様子を合わせると誠にも一つの予想が生まれる。
「もしかして何だが」
《ドライバーには当機の不具合原因に心当たりがあるのでしょうか》
「いや、原因と言うかなんというか。それは感情が芽生えたとかそういう事なんじゃないのか?」
その言葉にしばしヴィクティムは沈黙して。
《当機にその様な機能は存在――》
「していなかったのが、追加されたんだろう」
今度こそヴィクティムは完全に停止した。一瞬機体電源が落ちたのかとも思ったがコンソール類は正常に動いているのを見て安堵する。
《現状では当機での判断は不可能。ドライバーに質問があります》
「何だ?」
《人は、自分が感情を持ったとどうやって判断するのでしょうか》
その言葉に誠は小さく笑みを浮かべた。
「残念だが。気が付いた時にはあるものさ。感情なんて物は」
ヴィクティムの戸惑い。それが如実に感じられて誠は何だがおかしかった。
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