69 生贄

 ヴィクティム。

 

 現在人類が保有する戦力の中で最大の戦闘力を誇る機体。次点が大きく差を開けてノマスカスである事を考えると、その気になれば単機で浮遊都市を制圧することも可能な機体。

 

 だが、その機体について誠が知っている事はそれほど多くは無い。むしろ未だ既知の領域の方が少ないとさえ言える。物理的に目に入る部分は優美香がほぼすべて解析している。だが、RERの内部構造。3.5次元空間に収められている数々の武装。そうした物の中には今ある状況を引っ繰り返せるほどの爆弾が眠っているかもしれない。引っ繰り返した結果が吉と出るか凶と出るかは別として。

 

 その爆弾は既に誠たちは目にしている。

 

 モード666。その後の自律戦闘。それはヴィクティムが搭乗者の意思を無視して戦う事が可能だという事実に他ならない。優美香はその出来事を危惧していたし、誠とミリアも自分たちと言う存在が消失の危機にあったという事を理解している。

 

 だからこそ。それをはっきりとさせない限りはヴィクティムを動かすことは出来ないという判断が三者にはあった。

 

 現在のヴィクティムはRERから伸びる全てのケーブルが取り外されている。エーテルの供給を断たれた事によってヴィクティムは完全な彫像と化した。この状態ではASIDからの襲撃があった場合に全く抵抗が出来ない。目前にASIDが迫っている以上そのリスクは秒単位で高まっているのだが優美香はそれ以上にヴィクティムが人類の敵になるかもしれないという可能性を潰すことを優先したのだ。

 

 その行為は彼女の機械愛に反している様に見えるが、実際はその逆だった。彼女は機械と言う物を熟知している。機械とは時に人よりも容易く外部からの影響で全く別の行動をとるという事を数々の経験と実証から知っていた。ヴィクティムが誠とミリアを積極的に害する筈はない。他者が聞いたら失笑を漏らす様な機械への信頼から彼女はヴィクティムの行動ログを調べ、そしてその信頼が正しかった事を察したのだ。

 

 ヴィクティムは、そのAI部は兎も角機体部分は外部からのコントロールを受け得る状況にあると。

 

《体調の方は如何でしょうか》


 挨拶を置いてからの第一声はその言葉だった。ヴィクティムに体調を気遣われた事など無かったので誠はやや面食らう。ミリアも同様で、目を見開いていた。外部から観測している優美香だけがその言葉に驚きを表していない。ここ数日、誠とミリアがヴィクティムに寄り付かずその容体も不明だった事で再三再四ヴィクティムからその問い合わせを受けていたのだ。

 

「問題は無い」

「うん、私も」

《了解。当機の懸念事項の一つが取り除かれました》


 ヴィクティムの発言にチクチクとした違和感を覚えながらも誠は口を開きかける。それは問いかけと言うよりも最早詰問と言った方が良い内容で、実際に言葉として発した場合、人間相手ならば確実に不和を招く様な物だった。

 それを制したのは誠よりも半秒早くヴィクティムに問いを投げかけたミリアだった。

 

「ねえヴィクティム」

《イエス。マイドライバー》

「あれは何だったの?」


 あれ、と言うのが何を指しているのかは明確だった。改めて問い直すことも無くヴィクティムは答える。

 

《RERの本来の出力と推測されます》

「本来の?」


 予想外の答えに誠は眉根を寄せた。ログを見る限りでは現在のヴィクティムの更に七倍以上の出力を叩き出したあの瞬間。あれがRER本来の物とすると一体今は何なのか。

 

《肯定。RERの本来の使用方法はアレであったと思われます。搭乗者二名を確実に犠牲として膨大な出力を得る。推定になりますが、あのまま継続していた場合ドライバー二名の生エーテルは完全に融合し、死に至っていたのはほぼ確実でした。その融合した生エーテルを燃料としてRERは約十年間の連続運転が可能になったと判断》

「ゾッとしない話だな……」


 思わず誠はこの会話が誰かに聞かれていないかと気になってしまう。つまるところそれは、誠とミリアを生贄とすればヴィクティムは誰にでも乗れる兵器となるのだ。都市の人間には嘉納玲愛を始め幾人か誠よりも圧倒的に搭乗者として上回る人材が揃っている。これまで不可能だった組み合わせ――男女の縛りさえ無くなるのだからそれによる相乗効果は単純な計算では表せるものではないだろう。

 

《ご安心を。この情報を当機から外部に公開する予定はありません》

『いや、流石に私もこれは言わないから安心していいよ。記録も削除しているし』


 ヴィクティムと優美香からの言葉に安堵するが、それ以上に誠は気になる事がある。

 

「ヴィクティム。お前はそれを何時から知っていたんだ?」


 そこが重要だ。度々ヴィクティムは聞かれていないからと言う理由で情報開示をしてこなかった背景がある。今回聞かれたから初めて答えたという可能性を捨てきる事が出来ない。

 

《当機がこの情報を取得したのはドッペル撃破後になります。より正確を期すならば以前から存在していた不明なデータを参照できるようになったと言った方が正しいです》

『以前から存在していたデータっていうとダーリンの中にあった形式も何もかも不明なデータの事?』

《肯定。当機の使用しているフォーマットとは一切合致しないデータから多くの情報を得ることが出来ました》


 その言葉を聞いて誠は考え込む。何故それが突然読み取れるようになったのか。そもそも、何故ヴィクティムの開発者はヴィクティム自身に読み取れないようなデータを入力したのか。疑問は次々と浮かんでくる。だがそれらを確認するのは後回しだ。気になる事ではあるが今は追及するような時間は無い。

 

「ヴィクティムは」


 誠が考えている間にミリアが先んじて口を開いた。

 

「私たちの味方?」

《肯定。当機の優先順位の第一位にはドライバー柏木誠の保護。第三位にドライバーミリア・ガーランドの保護が存在します。いかなる理由があろうとそれが変わる事はありません》

「あのモードについては?」

《ドライバーからの要請が無い限りは決して使用することはありません》


 その言葉でミリアは満足したのか口を閉ざす。入れ替わるように誠が問いかけた。

 

「そもそもの暴走原因は?」

《トーチャー・ペネトゥレイト自体にそれを発生させるソフトウェアの混入を確認。言ってしまえばコンピュータウイルスの様な物です。当機の制御を奪い、ASIDの殲滅を最優先とするロジックが組まれていた模様》

「とんだ地雷だな」


 切り札が一転、ババになったような心地を味わいながら誠は吐き捨てる。

 

《既に該当ウイルスへの対策は実装済み。また、当機の制御を取り戻す切っ掛けとなったのは》


 そこでヴィクティムが言葉を切った。ほんの一瞬の沈黙。何故だか誠はその一瞬をヴィクティムが困惑しているように感じた。

 

《ドッペルから送られたワクチンプログラムによる物でした》

「どういう事だ……?」


 暴走を静めたのは敵対対象だった。確かにその暴走によってドッペルは窮地に陥ったのだから、それを止めようとするのはそこまでおかしくない。だがそれ以上にタイミングがおかしい。自身が撃破されたようなタイミングで暴走を静めても意味はない。何より外部から何故正確にその対処が行えたのか。

 RERを搭載しているという時点で不可解だったがドッペルの行動も不可解に過ぎる。あれはASIDであり、敵対者だった。その根底が僅かに揺らぐ。

 

《敵機の意図するところは不明。しかしながらそれらを元に当機は機能を回復》


 その答えを受けて、誠は遂に問いかけた。

 

「ヴィクティム。お前は俺たちの、いや人類の敵か?」


 小さく息を飲む音が背後から聞こえた。短い問いかけの中には誠がこれまでに抱いてきた不信が詰まっている。


《否定。当機の存在理由は人類の守護。ASIDの殲滅です。例え外部からの干渉があろうと、当機はその存在理由を最後まで全うします》

 

 これまでのただ事実を述べた言葉とは違う様に誠は感じた。ここに至って先ほどから感じていたヴィクティムの違和感がようやく形になった。意思を感じるのだ。

 ただ用意されたテキストを読み上げるのではなく、己の中にある心情を語っている。膨大なパターンの組み合わせによる会話ではなく、己で思考して試行して施行している。

 

 そこから出てきた言葉を誠は信じることにした。息を吐いて胸の中に淀んでいた不信を纏めて吐き出す。そして小さく笑みを浮かべた。

 

「だったら俺とお前は最後まで一緒に戦える」

 

 ミリアも同じ考えだったのか小さく頷く。

 

「じゃあヴィクティム。これからもよろしく」

《はい。当機のドライバーはお二人以外にいないと考えております。どうか私を一人にしないでください》


 今確認すべきことは終わった。

 後やるべきことは一つだけ。

 

「優美香。ヴィクティムを出す」

『りょーかい。管制室にはこっちから連絡入れておくよ。ケーブル接続作業開始! 超特急だけどミスらないようにね!』


 控えていた整備チームが一斉にヴィクティムに取りつく。切り離されていたRERに伸びるケーブルが手際よく繋ぎとめられていった。これまでに幾度となく繰り返してきたルーチン。対してミリアはこうして浮遊都市から出撃するのは初めての筈だった。初陣の突発的な物とも違う。遠征隊での少人数を守る物とも違う。都市そのものを守る戦い。それに緊張を隠せない様だった。

 

「RER出力正常。機体フレーム戦闘行動に支障なし。武装は……酷いなこれは」


 機体フレームも万全とは程遠い状態だったが、火器類はそれに輪をかけて酷い。ハーモニックレイザーとエーテルカノンは損失。突貫工事で取り付けた左腕はエーテルバルカンとエーテルダガーにラインが繋がっていない。武器庫である3.5次元空間へのアクセスも周囲のエーテル異常の影響か、まともに機能していない。実質使えるのは右腕のエーテルダガー。エーテルバルカン。そして特に調整の不要なランス二基のみ。

 

 とは言えやりようはある。残された三つの武器でさえ通常型を相手にするには十分な威力だ。ジェネラルタイプは前衛にいるノマスカス、玲愛と連携するのが次善の策だろうと誠は考えた。

 

『こちらアーク作戦司令室。ヴィクティム応答されたし』

「こちらヴィクティム。発進ゲートをお願いします」


 常とは違い、ミリアが入ってきた通信を応対する。これまで誠が行っていたその手順に別人が入ってきたことに管制官は小さく目を見開いた。

 

『都市内部へのASID侵入のリスクを避けるため、進行方向逆のゲートを解放します。三番ゲートよりどうぞ』


 その指示に誠は小さく笑った。今この場でその事に笑えるのは恐らくは誠だけであろう。浮遊都市で初めて戦った時。あの時は雫の誘導で三番ゲートから出撃した。浮遊都市に初めてASIDが攻め込んできた時。その時は三番ゲートを守るために出撃した。そしてまた、三番ゲートから都市の脅威を排除しようとしている。その奇妙な一致に彼は小さく笑ったのだ。

 その事自体は単なる偶然である。偶然なのだが妙に因縁めいた物を感じずにはいられなかった。

 

 ミリアがヴィクティムの歩を進める。ミリアの操るヴィクティムが都市外部に第一歩を刻んだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 今回のASIDの襲撃はある意味一般的な群れだったと言える。

 リーダーであるジェネラルタイプ一機。そこに従う無数の通常型。編成としては有り触れた物だ。ただそのジェネラルタイプが普通とは少し違った。見た目は極々一般的な人型。盾と剣を持つというのがやや特殊だがそれ以上ではない。特に変わった物ではなかった。異常なのはその戦いぶりだ。

 

『ちっ!』

『嘉納さん、下がって!』


 ノマスカスのエーテルダガーがジェネラルタイプの盾を浅く削る。幾度目になるか分からない巧みな防御に玲愛は舌打ちを堪えきれない。受け流された斬撃。既にその数は二十を超える。玲愛は決して猪武者ではない。その戦果に見合っただけの技巧を持っている。ただ今回は相手がそれを上回る武芸を持っていたというだけで。

 全力での攻撃は当然ながら避けられた時の隙も大きい。しかしながらこの相手に下手な手加減は却って危険なのだ。中途半端な力の込め方ではカウンターの好餌となる。

 故に全力。手加減をせずに相手を受け手に回らせる。

 

 だが全力の攻撃を凌がれた後は相手のターンだ。手に持つ刃は刺突に特化した物。玲愛やルカと同じく一点に集中させたエーテルは出力以上の攻撃力を発揮する。ましてやジェネラルタイプ。出力はノマスカスとほぼ同等。胸部を狙われたら装甲を容易く引き裂いて玲愛を物言わぬ死体に変えるだろう。

 それをフォローするためにリサが狙撃をする。それを嫌って追撃が一瞬止まる。エーテルを集中させているという事はその分他の防御力は下がっているのだから。

 

 一瞬の停滞。そして怒涛の連撃。先ほどまでが重いストレートならば今度は軽いジャブの応酬。互いに隙を作り出すための繋ぎの攻撃。だがその繋ぎの攻撃が長い。互いに生半可な攻撃では当たらないという確証を得たのか。確実に当てる状況を作り出そうとする。

 

 高速の格闘戦。余りに高度な攻防に第三大隊の面々は碌な援護も出来ない。リサも下手に撃ってはノマスカスに当てると判断したのか。呼吸を掴んでいない玲愛相手ではあの応酬の中に手を突っ込むことは出来ない。銃口を暴風の様に暴れ回る二体から外して次々と後方に抜けていく通常型に狙いを定める。的確な狙撃が一射で二体を屠るがリサの顔は晴れない。

 

 抜けていく数が多すぎるのだ。第三大隊が如何に精鋭とは言え、乗機はハイロベートだ。一度に相手取れる数には限度があった。そしてその限界を超えた敵は次々と後ろに流れていく。それは遮る物も何もなく浮遊都市に殺到しているだろう。

 

 せめて、ヴィクティムが出撃できていればいいとリサは思う。だがそれは同時に、大敗を喫して戻ってきた誠たちを酷使しているという事である。彼が浮遊都市に帰還してきてから一度も顔を合わせていない。交代での即応待機に入ってしまえばその様な事はままある。今回が初めてではない。何時もと違うのは、彼が負けて何かしらを喪失してきたこと。大丈夫なのかと不安になる。

 

 会えていないと言えば妹であるルカともだった。待機任務から外れた理由。機体を立て続けに失ったから、と言うだけではないだろう。

 雫とは友人だった。その友人が死んだと聞いて虚心ではいられない。

 ミリアは大丈夫なのだろうか。あの怖がりな子は戦いの結果を知って何を感じたのだろう。

 

 頭の中を雑念が巡る。これはリサの悪癖と言ってもいい。その狙撃技能は驚異的だが、反してメンタルが強いとは言えない。一度リズムが乱れてしまうと克己して物事に当たる事が出来ないのだ。故に、大きな隙を晒す。

 

 背後から接近するASID。その存在に気付けなかった。直前で気付いて機体を前方に倒す。アシッドフレームの重心は高所にある。その位置エネルギーを前方に転がるための運動エネルギーに変え、ただ前に歩くよりも早くASIDの攻撃から逃れた。そのまま一回転。後で整備兵に怒られるなと思いながら機体は地面を転がる。二回転する頃には見事な機体制御でリサのハイロベートは背面を向くことに成功した。

 

 発砲。碌に狙いをつけたとは思えない一射は正確に頭を貫く。崩れ落ちる姿を最後まで見ることなく先の愚を繰り返さないように周辺を警戒する。接近する敵影なし。浮遊都市に向かう敵の駆除を再開する。

 今回の群れの通常型は先日浮遊都市を襲撃した武装を持ったタイプだ。一直線に浮遊都市に向かう姿を見ているとASID側の変化を明確に感じる。これまで無作為に襲ってくるだけだったASIDは、浮遊都市を狙っている。より正確にはそこにある何かを。

 

 リサはその事に思考を巡らそうとして自戒する。つい先ほど同じような事をして失態を晒したばかりだ。今はただ集中すべき時間だった。

 

 後方から接近する機影。ASIDが引き返してきたのかとリサは身を固くする。

 該当データは存在しない。つまりはハイロベートではない。更にはエーテルリアクターの出力。ノマスカスには劣るが通常型よりも遥かに高い。つまりはジェネラルタイプ。だがそれが浮遊都市の方角から来るというのが不可解。そのリサの疑問は続けて入ってきた通信で氷解した。

 

『第三大隊。こちら臨時編成小隊小隊長ルカ・ウェイン。試作機一機、ハイロベート三機。そちらの指揮下に入ります』

「ルカ」


 よく見知った顔が画面に映り込みリサは安堵の息を吐く。無事な姿を見れた事に安心した。


『了解した。リサ・ウェイン。すまないがうちの隊の指揮経験者に空きがいない。任されてくれるか?』

「了解しました。臨時編成小隊は私が指揮します。そちらから一人お借りしても?」

『構わない。瞳。リサ・ウェインの補佐に着け』


 第三大隊から一人借りて六機編成の部隊を組む。連携という点では先ほどまで大差ないが、一つだけ大きな変化があるとすれば呼吸のタイミングまで分かっている相手が加わった事だろう。

 

「ルカ。その機体は?」

『誠様が遠征で持ち帰った機体です。最低限のデータ取りと機能が判明したので実戦投入することになりました』


 その言葉にリサは表情を崩さないようにするのに苦労した。それはつまり、そんな未知数の機体を投入する程に後方は逼迫しているという事ではないか。一見するとヴィクティムの意匠が見える機体ではあるが、流石に単機で戦況を左右する程の期待は出来ない。

 

『都市前面に展開中の防衛線は辛うじて敵の侵攻を止めていますが、流入量が多すぎます。ですから私たちは遅滞防衛を行うためにここに派遣されました』


 と、そこまで言って通信画面の上にランプがともった。プライベート通信、リサとルカの一対一通信だ。

 

『ですが急ごしらえの編成です。残り三人のハイロベートは数合わせもいいところですし、乗り手も未熟です』


 その言葉に自分のミスで死なせてしまった少女の事を思い出す。見込みはあった。だがその種子を開花させる前に彼女は戦場に散ったのだ。今ここにいる三名がそうならない保証はない。

 

『ですから私が前衛に立ちます。他の方は援護を』

「その機体は、大丈夫なの?」

『少なくともハイロベートよりはマシかと……それに何だか機体の反応が良いんです。まるで考えると同時に動くみたいに』

「へえ……」


 MMIが違うのだろうかと相槌を打ちながらリサは方針を決定する。

 

「あそこのジェネラルタイプは嘉納さんに任せましょう。私たちは緩やかに後退しながら浮遊都市に侵入するASIDの数を削ります」


 この調子ならば何とかなるかもしれない。

 

 リサがそう思ったのはヴィクティムが浮遊都市から一歩目を踏み出した時だった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 都市周辺に群がる通常型の駆逐。それ自体はそれなりの時間がかかったが滞りなく終了した。幾ら武装が限られているとはいえヴィクティムの性能ならば通常型など敵にもならない。極論、素手で殴りつけるだけでも多大なダメージを与えられるのだから。

 更に侵攻してくるASIDの流れを逆流するように叩き潰しながら誠は違和感に顔を顰める。

 

「これって……」


 ミリアも気付いたのだろう。困惑を色濃く乗せた声。こちらに向かってくるASIDの数が徐々に増えているのだ。前方では第三大隊が遅滞防御を仕掛けているはずである。その防衛線に穴が生じているのか。支えきれない程の数なのか。どちらにせよ急がないといけないと誠は思った。

 

「ヴィクティム! もっと速度を!」

《了解。エーテルレビテーター、出力上昇》


 地面を走っていたヴィクティムのつま先が地を離れる。この流れの処理は後ろに任せてでも元を断つべきだと判断したのだ。

 レビテーターも万全とは言えない。やや不安定な飛行を続けながらも最前線に辿り着く。そこで誠が目にしたのは右腕を貫かれるノマスカスの姿だ。

 

「な、んで」


 凄腕である玲愛が傷を負ったことに対する驚きではない。問題はその傷を負わせた相手だった。

 

 どこかヴィクティムの意匠を残した機体。だが同時に明確に違う簡易型のそれは、誠が地下施設で見つけ持ち帰った機体。三機あったうちの一機はASIDと化した。だがそれは忌々しいウサギの様なアンテナが付いているはずだ。一機は今尚浮遊都市で保管されている。そして最後の一機は、誠たちに先んじてこの場に立っているはずだった。

 その搭乗者はルカ・ウェイン。

 

『ルカっ! やめてください! ルカ!』


 リサの涙交じりの懇願が、誠の鼓膜を揺らした。

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