63 投じられた一石

 浮遊都市アークは着陸していた。より正確な表現を心掛けるのならば着陸せざるを得なかった。

 現在のアークはエーテルリアクターが完全に停止している。普段ならば延々と動き続ける半永久機関が現在稼働していない。

 

「今すぐにでもエーテルリアクターを再稼働させてこの地域から離れるべきだ!」


 評議会。都市の運営を決める最高機関。流石に六百年も都市一つを治めていればそれなりにノウハウも溜まるし、派閥めいた物も出来てくる。

 浮遊都市の場合派閥は大きく分けて三つ。

 

 現状維持。

 戦線を縮小して空の上に逃げるべきだと主張する一団。

 そして逆に戦力を増強して打って出るべきだと言う者たちだ。

 

 今叫んだのは二番目。非戦派とでも言うべきメンバーの一人だった。

 

「周辺偵察も不十分な地域に着陸するなど正気の沙汰ではない!」

「だったらエーテルリアクターが不安定な状態で離陸を強行するのは正気だと? 私からすればそっちの方がよほどどうかしているけどねえ」


 小馬鹿にするような口調で野次を飛ばしたのは三番目の好戦派の人間。その中でも頭目と言ってもいい。

 

「エーテルリアクターの出力が不安定になっているというのは既に技術部から報告が上がった通り。アシッドフレームレベルならばそれは多少の揺らぎで済むが、浮遊都市ともなれば一時の機能停止が即墜落につながる可能性もある。ちゃんと報告書読みましたかね?」

「その不安定なのもこの地域が原因なのだろう!?」


 原因はヴィクティムである。更に言うのならばヴィクティムとドッペルのモードトリプルシックス。それによって生じた莫大なエーテルの爪痕は空間にも残っていた。まるで残り香の様に周囲のエーテルをかき乱して霧散させていくのだ。そのせいもあって普段ならば安定してエーテルを供給してくれるエーテルリアクターの出力が非常に不安定になっているのが現状だった。最大値を記録した次の瞬間には出力がゼロになり、次の瞬間にはまた最大。

 そんな状況だがアシッドフレームの消費量的には多少不安定でも稼働させるのに支障はない。既に数度の戦闘をこなしているが特に問題は報告されていなかった。

 だが浮遊都市の場合は別だ。エーテルレビテーターに消費するエーテル量は膨大。エーテルリアクターの出力を全て費やし、尚貯蔵を削っていく大食家だ。そんな中で出力がゼロになるというのは貯蔵を一気に削り取る。それを繰り返していれば最悪墜落と言うのもあながち大げさな話ではない。


「ま、そうなんだけどね」


 泡を飛ばして叫ぶ非戦派の言葉に軽く肩を竦めて好戦派の頭目はちらりと安曇に視線を向けた。数秒待って何も口を挟むつもりがないと分かると再び口を開く。

 

「今回の異常が一体どの範囲まで広がっているのかが不明。移動してすぐに抜けられれば良いけどそうじゃなかったらそれこそお終いだ」

「エーテル結晶体があるでしょう! あれを使えば航続距離を伸ばすことが……」

「馬鹿言っちゃいけないよ。あれは本当に緊急時の緊急時。予備の予備だよ? こんな時間をかければ解決できる問題に使うようなもんじゃあない」


 頭目が言った言葉はつい先ほどまとめられたデータだ。徐々にそのエーテルリアクターの揺らぎが収束しつつあるという物。と言っても完全に収まるまでは一月近い期間がかかるという物だったが。

 

「馬鹿を言っているのはそっちだ! 一月ですよ!? 一月も留まれと言うのですか! ヴィクティムが動けないという事を忘れているのではないでしょうね!?」

「あのねえ。そもそもヴィクティムなんてここ半年で組み込まれた新参でしょうに。元々うちの防衛軍はヴィクティムなしでも立派に都市を守ってきていた。先日ロールアウトしたノマスカスもある。問題は無いでしょう」


 言葉に詰まる非戦派を横目に、頭目は再び安曇にちらりと視線を向ける。それを受けて安曇はゆっくりと口を開いた。

 

「双方の言い分はわかりました」


 その言葉を待ち構えていたかのように秘書官が手元の端末を操作する。評議会の議員それぞれの端末に一つのデータが表示された。単純に言うのならば浮遊都市を今離陸させた場合果たして何時墜落するかと言うシミュレートデータだ。

 三日間。わずか三日間でエーテルの貯蓄を使い潰して墜落するという無情なデータ。実際はそうなるまでに着陸を試みるだろうが、三日で完全に空になり緊急時の蓄えも無くなるというのは予想外だったのだろう。離陸を叫んでいた一人の顔色は面白いくらいに青くなっていた。

 

「技術部からの最新の報告です。この異常が起きている地帯は我々が考えているよりも広いとの事です」


 そう言い切られてしまっては議論の余地はない。非戦派の人間もそれを見せられてまでこの地域から離れると強弁することは出来なかったらしい。渋々と言った風情で浮かせていた腰を下ろす。

 それを見て安曇も小さく頷いた。

 

「ではこの件に関しては現状維持を結論とします。次。先日から議題に上がっていた防衛軍からの作戦提案について」


 再び秘書官が手元の端末を操作して各員の端末に一つの作戦提案書を表示させる。

 

 先日の大型ASID――ジェリーフィッシュと呼称されるようになった個体によるアークの襲撃。被害は大きかったが得る物もまた多い戦いだった。その最たるものとしてヴィクティムの完全稼働とジェネラルタイプを素体としたアシッドフレーム、ノマスカスの存在があるがそれだけではない。

 ある意味では最も有用な情報。ネスト――これまで所在も内部構造も何もかもが不明だったクイーンが潜むASIDの巣に関する情報をジェリーフィッシュの頭部から得ることが出来たのだ。ほぼ無傷で鹵獲できたジェネラルタイプの頭部はASIDに関する情報の宝庫だった。

 これまで受け身だった防衛軍も逆襲を、ネスト攻略作戦を提案するのは当然の流れと言えよう。

 

「これこそナンセンスではありませんか。今回の遠征でヴィクティムは大破したと聞いていますよ。そんな個体がいると思われる状態でASIDの巣に突っ込むなど到底正気とは思えませんね」


 先ほどの意趣返しの様に、口元を歪めながら非戦派の女性が否定の言葉を投げつける。好戦派の頭目は小さく首を振った。

 

「想像力が無いね。仮に、今回ヴィクティムをブッ飛ばしたような奴が何体もいるならばそもそもあたしらはそう遠くないうちに全滅だよ」

「だからこそ……」

「だからこそ打って出る必要がある。例え相打ちになったとしてもクイーンを落とせればこの戦いは終わる」

「そんなことをせずとも空に逃れていればいい! ヴィクティムとノマスカスがあれば着陸期は安全にやり過ごせる」


 結局のところ。両者の意見はここで平行線を辿るのだ。

 強大な戦力を得た。それをどう活用するかと言う話で片や専守防衛。片や乾坤一擲の大勝負。何より困り物なのがどちらも間違いなく人類の事を考えた上でその結論を出している。ただ二人の求めているものが人類の生存か人類の復興か。重視する物が違うが故の正反対の意見。

 

「まあ二十年、三十年くらいはそれで何とかなるでしょうね。だけどその後は? どっちも搭乗者が非常に稀な性質を持っているからこその大戦力だというのを忘れていませんかね。四十年後には乗れる人間がいないという可能性もある」

「それこそ、増やせばいい。そもそも柏木誠が本来の義務を放棄しているのがおかしいのだ。彼と嘉納玲愛の子供ならば今以上の戦力を得られるかもしれないではないか」

「それで上手くいかなかったら、って話でしょうよ。優秀な人間同士で子供を作ったって必ずしもその性質が遺伝するとは限らないなんて事、説明する必要あります? 今は奇跡的に戦力が揃っている。それを活用しない手は無い」


 ただこの二人にも共通していることがある。それは、ヴィクティムを――延いてはそこにのっている誠とミリアを完全な道具としてしか考えていないことだった。二人とも決して悪人ではない。悪人ではないのだ。

 その二人の言い争いを聞いていると安曇は申し訳ない気持ちになる。

 片や異邦人。片や一度は見限った者。コミュニティの外から来た者とコミュニティの外に追い出した者。だというのに都市の命運はその二人に懸かってると言ってもいい。その重要性は嫌でも大きくなり、今となっては戦略兵器扱いだ。文字通りこの最低最悪な戦争を終わりに出来るかもしれない。そんな甘い蜜を無視できるほどこの時代の人間に余裕は無い。

 

 誠は戦力を提供する。安曇は生活の場を提供する。元よりそういう契約だった。だがまさか本当に誠の双肩に人類の命運を賭けることになるというのは安曇も想像していなかったのだ。

 評議会の議論は更に白熱していく。そこに柏木誠の個人としての感情など考慮はされていない。元より、浮遊都市の運営側の人間には多かれ少なかれ一つの共通認識がある。

 

 男など、自分たちが保護してやらなければ生きていけない脆弱な存在だと。

 

 そのせいで傲慢になっているという点もあるだろう。半年以上も誠が比較的自由に過ごせたのは安曇の尽力とヴィクティムの戦闘力が決戦兵器と言える程でもなかったという事情からだ。だがその縛りは最早存在しないと言っていい。

 

 今回の遠征隊の失敗――持ち帰った成果ではなく帰ってきた状態だけを見ればそうなるのだ――は安曇にとっての痛手だった。元々強引に今回の遠征隊を押し進めた一面がある。それを利用して安曇の発言力を落とそうとする人間は多い。現状の維持。誠の今の環境を変えないようにするためにありとあらゆる手管を使ってきたがその大半を封じられた。

 

 もう安曇に誠を守る事が出来ない。

 非戦派、好戦派どちらが有利かと言えば好戦派だ。非戦派の発言は夢想でしかない。その最たる根拠として。

 

「浮遊都市の耐久年数。既に何か所か応急処置を行ったけど……後百年は持たない。そんな状態でどうやって空に逃げ続けろって言うんでしょうかね」


 浮遊都市とて物質だ。エーテルコーティングは物体の劣化も抑制するが、あくまで抑制だ。時間凍結と言う超技術が過去には存在していたがそんなものは浮遊都市に存在しない。当然の帰結として浮遊都市の船体が何れ限界を迎える事は明らかだった。

 それは今日明日の話ではない。だが無視できるほど遠い話でもない。

 

「船体を新造すれば――」

「その材料がどこに? どこでどうやって作ります? アークが作られた時の様に地上で建造できるわけでもなく、自分たちで採掘できる鉱山があるわけでもない。おたくらのいう事は理想論ですよ」


 既に散々議論されてきたことだった。軍部からの具体的な作戦提案。対してここに至るまで具体性に欠ける浮遊都市の新造計画。どちらを取るのかは最早明確だった。

 

「私たちはあの二人を生贄に捧げないと生き残れないのかしらね」


 誰にも聞こえないような声量で、安曇の私人としての本音がこぼれた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 レオナルド・クルーズはその日も何時も通りの日常を過ごしていた。

 昨晩の行為の気だるさを覚えながらも侍女の入れてくれたお茶を飲みながらの朝。外部からの情報は正規のルートでははいってこない。ただ昨日の寝物語で浮遊都市に帰還した遠征隊の話を聞くことが出来た。噂レベルではあるが大敗だったという事も。そういう話の聞き出し方に関して言えばある意味ではプロだと言えよう。何しろ十五の頃からほぼ毎日多種多様な人間が相手だ。練習の機会には事欠かないし、相手は大概が初めてだ。経験値では圧倒している。

 

「確か旧時代では僕みたいな人の事をたらしというのだったかな」

 

 その遠征隊が出撃する前に一度だけ顔を合わせた男の事を思い出す。自分たちとは違いこの場に縛られることのない唯一の自由な男性。その立場に羨望を僅かに覚えたが、生まれてからここにいれば慣れてしまう。

 果たして彼は無事なのだろうかと言う心配と、頼んでおいたものは得られただろうかと言う自分の興味。等量入り混じった感情を抱きながらもレオナルドから何かアクションを起こすことは無い。

 

 日が暮れて、離宮にいる者として最大の務めを果たす時間。何時も通り寝室で相手を待つ。これもまた日々のルーチンワーク。慣れてしまえば一々感情を動かすことも無い。義務的にこなすように努めないと辛くなるのが自分だというのはよく分かっていた。基本的に二度目は無い刹那の逢瀬。下手に入れ込んでしまうと互いにとって不幸なのだ。

 そのように心を静めているレオナルドでも今日の相手は僅かに表情を動かした。

 

 浮遊都市でも珍しいピンク色の髪。地毛なのか、染めているのか。その髪色も目を引くがそれ以上にスタイルが良い。薄手の布地を押し上げる胸元はレオナルドの遍歴の中でもトップを張れる。全体的に肉付きのいい肢体とは対照的に手の平だけはやや皮が厚く鍛えられているように見えた。

 そうした外見的な特徴も去ることながらレオナルドの興味を引いたのはその表情だ。如何にも面倒くさそうな顔をしていた。

 

 この離宮へ訪問する女性は基本的には希望者から選ぶ。ちょっとした宝くじの様な物だ。ここで男の子を産むことが出来たらその後は浮遊都市が存続する限り安泰な生活を送れる。逆に性行為に忌避感のある者は拒否権もあるのだ。故にここに来るのは希望者のみ。それなのに嫌々感を醸し出している姿は珍しい。


「レオナルドさんであってる?」


 その女性が口を開いた。事前に説明は受けているので誰かと言うのはわかりきっているはずだがわざわざ確認してくる。この段階でレオナルドは今日は何時もとは違う事になりそうだと感じた。

 

「確かに。僕がレオナルド・クルーズだが。君の名前は?」


 おや、とレオナルドは思った。自分から相手に名前を尋ねるなど何時振りだろうかと。大概は相手から告げられるし、それを怠った相手にわざわざ訪ねるような事はしなかった。自分の中に生じた衝動にほんの少しの戸惑い。

 

「優美香。優美香・バイロン。今日はまこっち――じゃなくて柏木誠の代理人として来たの」


 優美香は溜息交じりに、今日の己のスタンスを告げた。

 

「誠の代理人……?」

「そ、今彼は動ける状態じゃないから」

「それは、絶対安静の重傷という事かな?」


 昨日聞いたばかりの噂話を思い出す。大敗。誠がヴィクティムに乗っているという事は知っている。今回の遠征隊で戦力として帯同しているのはヴィクティムのみだという事も。その二つを繋げると動ける状態じゃないというのは重傷を想像させる。

 だがレオナルドの予想を優美香はきっぱりと否定した。

 

「肉体的にはほぼ問題なし。まあしばらく休んでればすぐに治る様な物ばかり」


 小さく小声で肉体的には、ねと付け加えたのをレオナルドの耳は捉えることが出来なかった。

 

「まあ今はちょっと外の方もごたついててね。だから私が頼まれた物を持って来たの」


 そういうが、どう見ても優美香は手ぶらだ。今来ている服も薄手のネグリジェで何かものを入れられるようなポケットの類も存在しない。訝しげな視線をレオナルドが向けるとひらひらと手を振った。

 

「ちょっと向こう向いてて」


 一体何をするのかとほんの少し楽しみにしながらレオナルドは視線を逸らす。背後から聞こえてくる衣擦れの音と難儀しているような優美香の声。時間にして三十秒も経っていなかっただろうか。もう良いという言葉に振り向くと先ほどまでは持っていなかった一つのチップを優美香は手にしていた。

 

「どこに持っていたのかな。それは」

「女の子にはいろいろと隠し場所があるんですよっと」

「含蓄のある言葉だ」


 これ以上聞いても答えは得られないだろうと思ったレオナルドはそこで話を切り上げた。むしろ今の興味は優美香が手にしているチップの内容にある。

 

 ちなみに隠し場所について後から彼女が語るところによると。

 

「いや、別に変な所じゃないよ。内腿に張り付けておいただけ。上から人工皮膚貼り付けて気付かれないように誤魔化しながら」


 という事だったらしい。それを聞いた誠は性別関係ねえなと突っ込んだという。

 

 閑話休題。

 

「そのチップは?」

「まこっちが持ち帰った旧時代の施設の物。私も中身をじっくり見たわけじゃないけどAMウイルスの研究資料だったみたい」

「なるほど。彼は僕が頼んだことを実行してくれたようだ……しかし何故こんな迂遠な手を使って持って来たんだ? データだけ転送して貰えればそれで済む話だと思うのだが」

「それが離宮への通信の許可が下りなくてね。まこっちも訪問を禁止されてるし」


 妙な話だとレオナルドは思った。確かに離宮へのアクセスにはしかるべき手続きが必要だが、今回のケースならばそう時間を取られることは無いはずだ。にも拘らず夜伽に紛れ込んでこまなければいけなかったというのは如何にも可笑しい。


「……このデータを僕に見られたくないという事なのか」


 AMウイルスの研究データ。一体何が記されているのか。途端に平凡なチップが得体の知れない物体に思えてきた。

 

「それじゃあ確かに渡したから。私は寝るね」

「ん?」

「おやすみ。ベッド広いから端っこ同士で寝てれば問題ないよね」


 一方的にそう告げて優美香はベッドの端に潜り込むと枕の位置を調整し始める。

 確かに、主目的がチップの受け渡しであったのならば性行為の必要はない。無いのだがこうも堂々と寝ると宣言されてしまうとそれはそれでレオナルドとしては釈然としない気持ちが残る。

 寝室に置かれていた端末にチップを挿入して中に入っていたデータに目を通す。内容はレオナルドが望んだとおり。AMウイルスに関する物だった。データ量は膨大だ。整理することなく関連しているであろうファイル全てをコピーしたのだろう。その精査から入るとなると一仕事だったがレオナルドは気にしない。どうせこれと子作り以外にやることも無いのだ。時間ならば腐るほどある。背後から聞こえてくる寝息を気にすることなく、レオナルドはその作業に没頭した。

 

 空き時間の全てをデータの閲覧に費やす事三日。そこから更にそのデータの確認のためのデータ収集に三日。それだけの期間を費やして、レオナルドは一つの結論に達せざるを得なかった。

 それを確かめるためにレオナルドは無言で通信室――都市側と連絡を取るための部屋に向かう。

 

「はい。こちら通信中継センター。ご用件をどうぞ」

「中央病院のマクレガン先生を呼んでほしい」

「かしこまりました。そのままでお待ちください」


 エルディナ・マクレガンと言う医師は都市内でほぼ唯一男性を診ることを許可された医師だ。同時にフレーム乗りの担当医でもある。必然、今のデータでレオナルドが分かったことに気付いていないはずがないのだ。

 焦れた気持ちで無音の通信機を前にする。モニターに明かりが灯ったのは約一分後の事だった。レオナルドにはその一分が過去感じたことの無い長さに感じられた。

 

「お久しぶり。レオナルド・クルーズ。先日の定期検診以来かな?」

「ええ。お久しぶりですマクレガン先生」

 

 緊張に乾いた唇を軽く舐める。その様子をエルディナも気付いていたが急かすようなまねはしない。わざわざ通信をしてきたにもかかわらず話題を切り出さないレオナルドに不審の念を抱いてはいるようだったが。

 

「単刀直入にお聞きします。マクレガン先生」

「ああ。なんでも聞いてくれたまえ」


 レオナルドにとって、エルディナはある意味で師匠でもあった。AMウイルスの研究を始めようと思い立った時に基本的な知識を与えたのは彼女だった。だからこそ、躊躇いがあったがそれを振り捨てて彼は決定的な言葉を口にする。

 

「AMウイルス。アンチマンウイルスなんてふざけた名前の物は存在しない。貴女はそれを知っていましたね? マクレガン先生」


 男性がほぼ死滅した原因。それが虚偽の物であるとレオナルドはここで宣言した。

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